クッキングクラブへようこそ⑥ 戦闘機vs女子高生
「伏せて!」
飛んできた声に従い、反射的に床へ身を伏せる。すぐ側にいる日比野も英伊弦も、指示を出した新須茉茶華自身も同じ行動をとっていた。
爆音が耳を劈き、爆風とともにガラスの破片が室内に飛び散る。
幸い、着弾点との距離と角度の関係から、僕たちの位置までは破片が飛んでくることはなかったが、その破壊力に身が竦む。
本物だった。そのサイズに即した破壊力ではあるのだろうが、一発でガラスを粉々にする程度の――つまりは人間を殺傷するには十分の威力を持つ――本物の兵器だった。
(何だよこれ! なんだよコレ! ナンダヨコレ!!!)
混乱と恐慌に陥る僕とは対称的に、新須茉茶華はすぐに立ち上がると、慌てず騒がずてきぱきと次の指示を出していく。
「代表はいざという時の補給と、第二陣がいるかもしれないから警戒を頼むわ」
「承知」
「日比野さんはそのボウヤとそこの後ろに身を隠して。こっちに攻撃が来たら私が対処するから、なるべく動かないように」
「は、はい! 水原くん、こっち!」
日比野に促され、どうにかして身をかがめたまま調理実習台の後ろへと身を隠す。
英伊弦は、壁際の棚からタッパーを一つ取り出した。そのままその位置で室内全体を見渡している。
そして、僕たちが隠れた調理実習台のすぐ横に立つ新須茉茶華は——団子を食べていた。
「……だっ、団子?」
そう、団子を食べていた。
三つ並んでいる、団子。
串に刺さっている、団子。
どれだけ我が目を疑おうとも、この明らかな緊急事態下において、新須茉茶華は優美な指つきで串をつまみ、あの代表的和菓子である団子にかぶりついていた。
「ちょ、ちょっと、こんな時に何食べてんですか? どっから出したんですかそんなの!?」
あまりのことに一瞬恐怖を忘れ、思わず身体を乗り出して、声を張り上げてしまう僕に一瞥をくれると、その髪の長い美女はクールに言い放った。
「はひほ。ひひははひっほんへははいほ」
言われたとおり、身体を引っ込める。
窓の一つが、ガラスを砕かれ、枠だけ残した状態になっており、そこから敵機が突入してくるが、新須茉茶華はこれまたどこから取り出したのか、のんびり湯呑みのお茶など啜っている。
――そうだ、武郷アイナは? あの人間離れした戦闘力を見せつけてくれた女傑はどうしてるんだ?
思い至り、彼女が立っていた地点に目を向ける。そこは、ミサイル攻撃の爆風と飛来するガラスの破片をもろに受ける位置でもあった。
「いない……?」
闖入してくる者を、あるいは物を、迎え撃つ役割であろう武郷アイナは姿を消していた。
いや――いた。いつの間にか四機のラジコン飛行機の側面に回り込んでいる。窓際の実習台の上に片膝をつき、今にも攻撃に移行しそうな前のめりの姿勢をとっている。
零戦とヘリが一機ずつ、旋回して彼女の方へと機首を向ける。目標を定めたということだろうか。
そしてもう二機は――教室中に機銃を乱射しはじめた。
パパパパパパと、思いのほか発射音は軽かったが、威力は本物だった。机、壁、棚や調理器具などに着弾し、容赦なく破壊されていく。
「わわわわわわっ!」
日比野が悲鳴を上げ、頭を抑えて床に伏せる。
僕も同じような声を上げ、同じような姿勢をとっていた。
「動かないで。あなたたちはそこでじっとしてなさい」
これは新須茉茶華の指示。何ら動揺の色のない、落ち着き払った声。
言われたとおりじっとしながらも、こちらは気持ちを落ち着けることなど極めて困難、というより不可能だった。
「どりゃあああああ!」
銃火器の音と、物が破壊される音を全て掻き消すほどの大声が轟く。武郷アイナの声だ。
そういえば、大喝一つで百人からの不良を震え上がらせたとかいう、嘘みたいな武勇伝を耳にしていたが、この瞬間それは本当なのだろうと納得させられた。
「アイナ! 落ち着いて動きなさい! あなたを狙ってる二機だけに集中して!」
わけがわからない。怖い。
いきなり襲撃してきたラジコン戦闘機も、このクッキングクラブと称するよくわからない集団も、すぐ側で身を伏せている、一ヶ月ほど隣の席で慣れ親しんだクラスメイトでさえも、おっかなくてたまらない。
――が、一種の好奇心、今この室内ではどのような光景が繰り広げられているのか、見てみたいという気持ちがこの時は上回ってしまった。
この放課後の時間、色々あり得ないことが起きすぎて、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
そっと調理台から顔を出し、様子を窺ってみる。
「うりゃあああああ!」
丁度、武郷アイナのジャンプキックが、天井近くにいるヘリコプターの胴体を捉えたところだった。
飛んでいるラジコン機を蹴っとばす女子高生。なかなかにシュールな光景である。
ものすごい勢いで吹っ飛ばされ、僕たちのいる側の壁にぶつかり、床に落ちたその機体は、怪獣に踏みつぶされでもしたかのようにひしゃげていた。金属製かそれっぽい樹脂素材で出来ているのかはわからないが、いずれにせよ尋常なキックではこうはならない。
「よーし! 一機撃墜!」
調理実習台の上に着地して、武郷アイナは指を一本立てた。
その後方、室内を無差別破壊していた零戦が旋回し、機銃の残弾が尽きたのか、彼女めがけて突撃を仕掛ける。一発残ったミサイルを抱いたままの、特攻。
――危ない!
思わず声が出そうになるが、それよりも先に、こんな時でも涼やかな声が聞こえた。
「この鉄クズ」
透きとおるような美声で、吐き捨てるような口調。
その発信元である新須茉茶華は、白く長い人差し指を零戦に向けていた。
空気が揺らぎ、武郷アイナを狙っていた機体は、まるで見えない弾丸にでも被弾したかのように空中で大破した。
「ンダヨ、援護はいらねえって言わなかったか?」
「それじゃ、あとは一人でやりなさい」
「当り前だ!」
そんな言葉を交わすと、勢い込んで残り二機へと向かい合う。
「一気に終わらしてやるぜ!」
また構えをとる。声も表情も身のこなしも、自信に満ち溢れていた。
それぞれ一機ずつになったヘリと零戦はお互い一定の距離を保ち、機首を武郷アイナに向けたまま、後退していく。
が、退却ではなかった。それらが搭載する銃火器には十分に射程内、そして武器を持たぬ人間の攻撃はまず届かない位置で留まる。
何ら動じることなくニヤリと笑った赤い悪魔を目標に、銃口が火を噴き、ミサイルが発射される。
銃声が、砲声が、そして爆音が轟きわたる。
銃弾が、ミサイルが、容赦なく破壊した。
武郷アイナが――たった今までいた調理実習台を。
「おりゃあ!」
ターゲットの武郷アイナは、電光石火の横っ飛びで攻撃を回避していた。
とんでもない速さだった。
いや、速いなんてもんじゃない――彼女は残像を残し、気がついたら3メートルは離れた場所へと移動していた。
校舎裏で見た時よりも更に、いや、比べ物にならないスピードだった。人間に可能な動きではない。
「ぬおおおおお!」
そして跳躍。
ヘリが方向転換するよりも。
零戦が旋回するよりも。
飛翔する女子高生の方がはるかに速かった。その拳が零戦の胴体を捉える方がはるかに速かった。
JKにぶん殴られた戦闘機は、一直線に吹っ飛んでいき、その先には僚機のヘリ。
回避は間に合わず、もろに激突する。
床に着地し、ポーズを決める武郷アイナの後方で二機が爆発するその絵面は、まるで映画のクライマックスシーンのようだった。
「フッ……」
ババババッと手足を動かし、また別の、より見栄えのするポーズをとる。
「立ち塞がるものはすべて破壊する! そいつがオレの――」
「それにしても今回も随分めちゃくちゃに壊されたものね」
「まだ、決め台詞を言ってる途中でしょうが!」
武郷アイナが口をすぼめて抗議するが、新須茉茶華はつれなかった。
「まだ終了時刻にはなっていないのよ。第二波があるかもしれないから、あなたは引き続き警戒に当たりなさい」
「へいへい」
ぶつくさ言いながらも、武郷アイナは襲撃がある前と同じように、室内前方の位置にて歩哨を再開する。
新須茉茶華は、破壊された室内を見まわし、軽く溜息をつく。
「また派手にやられたものね。学校の備品はいくらでも補充がきくとはいえ、こういうのが続くと戦管にもいい顔されないでしょうね」
そう言うと、自らが――おそらくは指先から何かを発射して――撃墜した戦闘機の残骸を冷たい目で見下ろした。
「少しリスクは上がるけど、屋外での迎撃も考えた方がいいかもしれないわね」
「おう。中だろうと外だろうと、オレに任せておけば凄いんだぞ!」
戦いの興奮のせいか、おかしな言葉を発している武郷アイナのことはスルーして、新須茉茶華はまたてきぱきと指示を出しはじめた。
「私は備品の補充・修繕の届出書を書くから、日比野さんはその辺を片付けておいて。敵機の残骸には触らないでね」
「は、はいっ」
「代表はそのボウヤが逃げ出さないように見ててもらえる?」
彼女が指差す先にいたのは、当然僕である。
何気ない所作ではあったが、ゾワっと背筋が凍りそうになる。
この指を向けられた物体がどのようなことになったか、目の当たりにした光景を踏まえると無理ないことだろう。
そんな僕の様子に口元を緩め、新須茉茶華は手を下ろした。
「もしおかしな行動があったら処分して構わないから」
「承知した」
そして剣呑なことをさらっと言う美人副代表と、あっさり頷く美少女代表。
突然の襲撃で忘れかけていたが、元々僕は大いなる危機の中にいたのだった。
しかしどうにもならない。抗うことはせず、英伊弦が指し示した椅子に座ろうと、向きを変えた時だった。
武郷アイナのジャンプキックにより最初に撃墜され、ひしゃげた胴体を床の上で晒している戦闘機が、ほんの僅かに動いたような気がした。
「?」
他に誰も気づいていないし、そもそも気のせいかもしれない。
僕のことを見張っておくよう言われた英伊弦は、再び黒いカバーの付いた本を開き、今度は何やら書き込んでいる。
戦闘機の機銃は、彼女の方を向いている。




