魔王の屋敷
昼下がり、担任教師高天ヶ原と戦った後。タールは“局”に向かっていた。
局とはストロベリー街を管理する機関のことで、SB管理局とも呼ばれる。タールは街の中心に立つ綺麗な建物の中へ、自動ドアを潜って入っていく。
広いエントランスホールの中心にある受付に向かっている途中で、カウンターに座る大柄な男がタールに気づいた。
「……今日は何の用事かな」
その男は管理局の副局長であった。視線が定まらぬ揺れる目のまま、タールに声をかける。
タールはそんな彼に言う。
「局長に会いに来た。いるか?」
「今出てる。バイクで街中をパトロール中だ」
「そっか。なら局長の次にこの局で知識のあるのは誰だ?」
「メリーさんでしょうな。彼は局長の側近だ……何か知りたいことでもあるのか?」
「いる?」
「局長の留守中は必ずいる。呼ぼうか?」
ぜひとも頼もうとしたところで、声がかけられる。
「待った、その必要はない。ちょうどこちらもタールに用があったんだ」
「メリーさん。では、後は任せても?」
「ええ。しかし副局長、次彼が現れた時はその強張った表情をやめてもらいましょうか。ここは街の玄関口、魔王に怯える英雄など、人間界全体の威信に関わりますから」
「……善処します」
言われて副局長はカウンターから出て、あとは女性役員に任せて去っていった。
一方でタールの前に来たメリーという名の局長の側近は、出入り口に向かって指を差す。
「では行きましょうか。話は、あなたの屋敷でしましょう」
「ん? ウチで?」
「ちょうど中央街のトップから仕事が来てまして。あなたの屋敷を改めて調査しろとのこと」
「局長も副局長も他の人間も、ウチの屋敷に何回も来てない?」
「何度だって調査するのです。それだけ警戒してますので」
「まあそっか」
タールは納得してメリーと共に局を後にした。
タールのメリーの付き合いは一ヶ月前、タールがこの街に来た時からになる。あの時一番に出迎えに来たのは管理局の人間であり、局長も副局長も、メリーもタールを出迎えた。
人間界に蔓延る『神の力』によって弱体化し、かなり参っていたタールを介抱してくれたのが、メリー。その時は嫌々だったが、一ヶ月経った今はメリーもタールに慣れてきたようでそれなりに話せる間柄になっていた。
「いい街でしょう、ここは」
「そうだなー」
昼間の雑踏が少なめの街を二人して歩く。
途中、メリーに呼ばれたという桜がさりげなく合流して、何も言わず、いつのまにかタールのそばを歩いていた。
三人で歩くさなか、タールはストロベリー街の街並みを眺めていた。
「この街は局長がここまで発展させたのです。二十年前までは、戦争の前線であり荒廃し切っていた場所でした。しかし『大きな湖』と人間界の技術力を総動員させ、加えて局長の手腕によってたった二十年でここまでの街に作り替えたのです」
「何回聞いてもすげーよな。魔王って何百年も前からおんなじ国に城を構えて住んでて、そういうゼロから街を興すのはなかなかない」
「魔界に近いという理由で、色んな考え方を持つ者がたくさん入ってきました。それらを押さえ込んで、なおかつ上手く活用しながら局長は立派な街を作り上げた。人間界でもナンバーワンの名士だと讃えられています」
一ヶ月経ってタールもこの街の良さがわかっている。魔王の息子だからと言って頭ごなしに蔑ろにしたりしない者が大半だった。
行きつけの服屋の店主や、スイーツ屋の店主など。何度も足を運んで顔を見せるたび、仲良くしてくれた。
「居心地いいよ、ここは」
「あなたが帰る時が楽しみですなぁ。ほんと、ストロベリーロスがとんでもなく激しく起きることでしょう」
「……」
それはないだろうなぁ、と答えようとして口をつぐむ。後ろを歩く桜の顔が暗くなり、メリーはそれに気づきつつも事情を詳しく知らないため、安易に突っ込むことはしなかった。
代わりに静かにそのまま屋敷まで歩いて行った。かなり遠めの距離だったが、三人とも苦ではなかった。
そして山を登っていくと、大きな屋敷が見えてくる。門の前にはこれはまた大きな門と———3本のツノを生やした“化け物”が立っていた。
「よー、カール。おつかれ」
タールはそれを慣れ親しんで、カールと呼んだ。彼はタールが人間界に行く折、タールのことを守り、世話をするためについて来た魔物集団のウチの一人。
タールの仲間だった。
鬼とサイの獣人のハーフである彼は頭に3つのツノを持ち、先ほど戦った高天ヶ原よりも、SB管理局で出会った副局長よりも、何倍も大きな体と筋肉をしていた。
「タール様。お帰りですか? 桜殿と、確か管理局のメリー殿でしたな」
重々しく低い声で、カールはタールの後ろにいる二人を注意深く確かめた。
門の前に来るまでずっと銅像のようにピクリとも動かず、佇んでいた彼だが、タールが来ると少し顔を綻ばせた。
弱体化して笑顔を無くしたタールと違って、カールは表情が乏しいものの、それでも笑顔になれる。
「どのようなご用向きでしょうか」
「人間界のトップから仕事を受けまして。再度屋敷内の調査をしに参りました」
「またですか。あまり頻繁に来られるとこちらも疑い目を持たなくてはなりません。この門の主人はオレです。オレの判断で通さないと決めれば例えタール様であろうと、決して通しはしません」
「申し訳ありませんが、これからも何度も来ると思います。ですがなるべく私や局長、それと私の部下だけが来るようにしますので」
「……承知しました。いいでしょう」
カールが門を開けてタール達を倒す。
タールがカールの前を通り過ぎる時、カールがぼそっと言う。
「毎日帰られる、と言うわけではないのですよね」
「ああ。今日はメリーの付き添いだから」
「そうですか。ですが、なるべく帰って来て欲しいと思います」
「わかってるよ。ありがとな」
カールに手を振って屋敷の執務室に向かう。
屋敷の玄関口まで行くと、扉を開けて二つのシルエットが出迎えに現れた。
一つはエルフメイド。
一つは執事服を着たオオカミ。オオカミと言っても二本足で立っていて、体も大きい。
「お帰りなさいませ、王子様。すぐに着替えの支度をリエルに持って来させますので」
「あ、うーん…………………………………」
およそ二分の熟考ののち。
「………いや、今日はすぐ戻ると思うからいいや」
「そ、そうなんですか?」
エルフメイドのリエルが寂しそうに目を伏せた。隣にいるオオカミに叱責の視線を向けられ、慌てて気を取り直した。
「そ、そうだ。魔法の方はどうでしょうか? 昨日お教えしましたが、やっぱり具合が悪くなったりは……」
「まあ実は結構しんどかったけど、なんとか戦いに活かせたな。一ヶ月後までにモノにしないとな」
「タール様は魔王の血を引いているため『神の力』に弱いですが、同時に人間であるため、魔界に充満する『魔神の力』にも弱いです。そのどちらからも弱体化の効力を受けているはずで……魔法も、使えばかなりキツイはずです。無理はなさらないでくださいね」
「おう。それじゃ、オレらは執務室に行くから」
リエルの心配を短い返事で答えて、タールはメリーと桜を連れて執務室に入った。
そして執務室のソファーに座ったところでメリーが手帳を取り出してメモを書き始めた。
「何書いてんだ?」
「今会った門番、メイド、執事の3名のことを書いてます。確かタールさんは彼らのことをあだ名で呼んでいましたよね。どう呼んでいましたっけ」
「カールと、リエルと、ウール」
「他にも仲間がいらっしゃるはずですが、今はこれだけでいいでしょう」
メモをし終えて手帳を胸ポケットをしまいかけて……また開き直し、タールに視線を向ける。
「あの三人の中で最も信頼しているのは誰ですか?」
「え? 最もって言われると困るが……ウールとカールかな。リエルは付き合い短い方だし」
「一番付き合いが長いのは?」
「カール。オレが向こうの国の城下町で好き勝手やってた頃からずっと一緒にいる」
「それって何歳頃ですか?」
「カールと初めて会った時はえーっと、4歳かな。いや5歳だったかも」
「そうですか」
メリーは、そんな年に会ったと言うことはタールの住んでいたであろう城などに出入りするような立場の魔物だったのだろうと推察した。
実際カールは、タールの国の重役の息子である。
「……それで、タールさん。あなたは局長に何かご用があったのですよね」
「ああ」
タールは聞いた。
炎路について……。




