赤の火炎と青の振動
住田は、いまだ続く高天ヶ原VSタールの訓練所での戦いを観戦していたが、中学からの友達が訓練所から出ていくのを見て追いかけた。
「島! どこに行くんだ? まだ見てなくていいのか?」
「もういい。もう見なくていい……それよりも」
「島くん、どこに行くの?」
その後ろからついてきた水色髪のメガネ少女も、島に尋ねる。島は自分の掌を見つめてから、返事もせずどこかへ足早に行ってしまった。
水色の少女はそれを追いかける。住田は、合法的に授業をサボれるとしてまた観戦に戻った。
そんな彼らとは別に、黒色の少女もまた島を追いかけていた。
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「奇跡はもうない……まさか俺を気遣って? ………まさかだろ」
自然と島の足は、昨日タールと戦った丘の公園に来ていた。
落ち着いて考えられる場所を探していたはずだが、今一番来たくなかった場所に来てしまっていた。
「くそ………惑うな、俺。落ち着け……母さんの仇を取るんだろ」
ぶつぶつと独り言をこぼしながら公園の奥に向かうと、ベンチに見知った赤髪が座っていた。制服を着ておらず、襟の立った青いシャツを着ているソイツは学校に行っていない事が一目で分かった。
「あ?」
その姿を見てイラッとした。島は炎路が嫌いだった。魔王と同じくらいに嫌っていた。
いつもの激しい感じとは違い、落ち込んでいるようで肩が落ちて項垂れている。蹴飛ばしてやろうかとも思ったがどうもそんな事をしても良い感じではない様子だ。
「ぐべあ⁉︎」
しかしまあ気を使うような間柄ではないので、思いっきり顔面に蹴りを入れてぶっ飛ばした。
炎路の座っていたところを念入りに払ってから、島は座った。
「……この辺に自販機あったよな。コーヒーでも買ってくるか」
「な、何すんだテメェ!」
「ソーダがあればそっちにしよう」
「ムシしてんじゃねーぞゴラァ! 死ねやボケ!」
炎の針が炎路の手から飛んでくる。それを躱して、やれやれと言った感じで両手を上げて首を振る。
「なんだいたのか」
「ぶっ飛ばした相手に何言ってんだお前! 痴呆が!」
「お前それで理性満々のIQ190なのか?」
「はあ? なんの話だ」
「お前は根っからチンピラ気質って事か。高いIQが泣いてるぞ」
「うっせぇ! なんなんだお前! いや待て喋るな、お前とこうして一分一秒でも無駄にしてる事が気にくわねぇ」
炎路は一気に島から関心をなくして、別のベンチに座った。島もいつのまにかコーヒーを買ってきていて、飲んでいた。ソーダはなかったようだ。
「…………」
「…………」
会話も何もない。互いに互いが嫌いなので話す気も起きなかった。
はずだった。
だが両者とも違和感を持っていた。中学までの頃なら島が蹴っ飛ばせばそこから喧嘩に発展して、いつも住田が間に入って止めていた。
(……いや、住田が止めていたのは一年前までだったか)
炎路は自分の行いに疑問を持っていた。なんで急に矛を収めたのか。
「……なあ、もしかして今蹴ったのって、俺への気遣いだったりすんのか?」
吐き気を催すほど嫌な奴に吐き気を催すほどの言葉を投げかけてしまったが、気づいた時にはもう遅く、炎路は口に出した事を自分で反芻して後悔した。
「今の無しだ。くそ、テメェとこうしてるだけでも虫唾が走るはずなのによ……調子狂う」
「………」
「なんか言えよ……お前、どうだったんだ? 魔王との戦いは」
「………」
「俺は、負けた。負けた。そう、負けた。ハッ、笑いたきゃ笑え。俺は負けたんだ」
「………」
「でも、可笑しくてな。そのあとアイツは再戦を約束してきた。なあ受けた方が良いのか? どうなんだろうな……なんか、怖えんだよな」
「………」
「……おい! いい加減返事しろよ!」
「………」
「おい! 聞いてんのか! オイ!」
炎路は振り返って、こちらに背を向けたままボーッとしている島に激昂した。
声が自分の方に飛ばされている事を察知した島は、澄ました顔でコーヒーを飲みつつ、
「あ? 俺に話しかけてたのか? アリにでも話してんのかと思った」
「アリに魔王どうこうの話なんてしねぇよ! どんなバカだ!」
「ついにおかしくなったか〜葬式は破壊しても大丈夫なんだろうか〜とか考えてたわ」
「ふざけんじゃねぇよ! てか俺がお前より先に死ぬわけねーだろ、俺がテメェの葬式ひっ潰してやるからよ!」
「は? お前は魔王に負けたんだろうが。俺は……まあ勝ちは勝ちだ。強さの順位付けはもうできてるだろ」
「……? 勝ったのになんでそんな感じなんだよ」
「………うるせぇ、ほっとけ」
島も苦いコーヒーを喉に通しながら、自分が何したいのかわからなくなっていた。
タールとの一戦、最後の決定打となった“黒い状態”。アレは半ば暴走状態で自分でも何をどうしてタールを倒したのかわからない。気づけばタールが気絶して勝っていた。
その後、家に帰ると夕方くらいに兄が帰ってきて、悩むならまた戦ってみればいいと言われた。
(もう一度、アレと戦えってのか)
“黒い状態”になるまで勝てる見込みは一つもなかった。スピードもジャンプ力も負けていた。
「ただ……ただ唯一、ある事を証明できれば、それが弱点となるはず」
島はこのあいだテレビの特集でやっていた『魔王の秘密』について思い出す。魔王は見た目から推察するに動物から作られた物だと言われている。魔界も魔王も魔物も魔神が作ったものだが、何もないところから作ったのではなく、素材として型としてテンプレとしてモチーフとして動物が使われたのではないかという説だ。
魔王=動物、というのならつまり、タールだって魔王の血肉を分かった体を持っている。なんの動物が元なのか分かれば弱点も生まれると考える。
「なあ、魔王ゴールドはどんな動物が元だと思う?」
「…………」
「たしか魔王ゴールドの親に当たる種族は、父親が魔妖精だったはずだ。魔王種の魔妖精だな。そして魔妖精はウサギから魔神が作ったと言われている。つまりタールはウサギの要素もあるはずなんだ……そしてそれを色濃く受け継いでいると俺は睨んでいる」
「…………」
「いや待て、お前に話しかけたのがバカだった。今のなしだ」
「あ?」
島はうざったそうに首を振る。話しかけていたつもりだった炎路は、いつのまにか自販機からコーラを買ってきて飲んでいた。明らかに話を聞いていない。
「なんでコーラはあってソーダはないんだ」
「は? なんだお前? あ、俺に話してたのか? ハエに話してんのかと思った」
「ウルセェ、聞いてなかったなら話しかけんじゃねぇ。ゴミが」
飛んできた炎の針を、首を傾けて躱してから島は空き缶を捨てに行く。
そして戻ってくると、炎路が立ち上がって帰ろうとしているところだった。それを完全に無視して島はまた同じ場所に座る。
と、そこで両者は同時にある事に気づいた。
「「お前学校は? は? 俺が聞いてんのにお前が聞いてきてんじゃね———同時に喋んじゃねぇよ!」」
些細な事でも彼らにとっては喧嘩の種となる。
一緒に喋った事に腹を立て、一気に喧嘩へと発展した。
またも炎路は炎の針を飛ばし、それを島は躱そうとして、しかしもう一本飛んできている事に気づく。
(ちっ! さっきから躱していたから先読みしてきたか!)
そこで島は“黒い状態”から得たものを使ってみることにした。あの時島が使ったのは『振動』。地球上何処にでもある普通の現象であり、一般人でも腕を振れば出せる凡骨な現象だが、タールをそれで倒したのは間違いない。
島は手から振動を出した。虫やコウモリが体を振って作り出す振動とは違い、手を動かさなくても空気を歪ませるほどの振動が手から飛び出した。
「な、なんだそれっ」
島が出した振動の塊に打ち消された炎の針を見て、炎路は汗をかいて焦る。一歩後退りした。
「お前、スピードの能力じゃなかったのか」
「……わからん。魔王の息子との戦いで勝手に身についたものだ。いやスピードとさほど変わらない能力かもしれない。全ての運動は振動に通ずる……まさか俺のスピード能力の本質はこれだった? それが魔王との戦いで発覚したと言うわけか、開花、したのか」
ぐっと握った拳を炎路に向けて、島は自分の能力に名前をつける。
「名づける。執魔破、これがこの技の名前だ」
「……ふざけんじゃねぇ。ザケンナ!」
炎路は十個の炎の球を空中に作り出して浮かし、展開。それを一気に投げつける。
いつもはスピードを活かして躱していた攻撃も、島はその場で立ち止まり、そして冷静だった。
「執魔破・銅鑼薔薇!」
横殴りに虚空を殴りつけると、拳を中心に振動の円が生まれて広がり、炎の球を振動で全て破壊した。範囲も広く四方八方から飛んできた全ての球を崩せた。
「ぐああ……音かよ、イラつく能力身につけやがって」
「試験段階だ。今初めてやったしな…………………………魔王の奴も魔法を覚えた。多分昨日の俺と戦った後だろう。奴と俺は今同じ土俵にいるのかも知れない」
「ナニ……?」
魔法を覚えた。そう聞いてさらに炎路の心境は狭苦しく暗いものとなっていく。さらに汗を流して身を縮こませる。
(もう一度戦う……なんでアイツはあんなこと言ったんだ。勝てるわけ……)
「……おそらく奴は、俺が不完全燃焼だったのを理解して魔法を覚えたんだ。悔しいが、度量は奴の方が大きい」
(……いや、そうなのか? 俺が最後に出した“アレ”に対抗するため? 奴は俺を見ている?)
「それと、なぜ俺は“黒い状態”になったのか……」
(そもそもなんで俺はあんなモノを作り出した? なぜ俺を殺してくれと懇願した?)
さっきまでの喧嘩はどこへやら、炎路と島は互いにタールを考えていた。自分と、自分の引き起こした謎の力たち。今までこの二人はぶつかり合う事が多かったのに、タールと戦っただけで予想以上の力が手に入った。
さらに自分も知らない自分が出てきた。黒い自分が。
「———それが、タールくんの闇であり光よ」
「あ?」
「………茂木加奈子、山の助の孫がなんでここに」
二人が膠着していると、そこへ黒い少女茂木加奈子が現れた。
「さっきまで魔王と高天ヶ原の戦いを前の方で観戦していただろうが。どうしてここにいる」
「付けてきたの。島くんの様子が気になって」
「おい! 邪魔すんじゃねぇ! 俺は今こいつをぶちのめして……」
「ぶちのめせるの? 炎路くん。今の状態で、成長した島くんを倒せるの?」
「るせぇ! 俺がコイツをぶん殴るって決めたらぶん殴る! ぶっ倒すならぶっ倒す! 外野にとやかく決められる事じゃねぇ!」
「黙ってろチンピラ。まずさっきの言葉を聞く。茂木、今のタールの闇やら光やらってなんの話だ」
飛んできた炎の針を振動で打ち消してから、島はクールに聞く。
「そのままの意味、あなたたちの中にあった闇が滲み出てきたのは、タールくんの闇に引き摺られ、もしくは光に当てられたから。私もそうだったからどう言うものかわかるわ」
「わかったように言われてもな」
「カリスマ、といえばわかりやすいかしら?」




