この子は……私の……
「保健室はベッドでイチャイチャするところなのよ。というわけで、おいで! タールくん♡」
「ふざけてないでこっち手伝ってよ!」
ベッドに寝っ転がって布団を捲り、タールを誘う茂木加奈子を叱る真田は、タールを体操着に着替えさせていた。
「なるほど! タールくんのお着替えの手伝いができるってわけね!」
「やっぱアンタは布団中で大人しくしてなさい。タール、バンザイして。三つ編みもほら、よけて………ん?」
「どした?」
「いや……なんか、昨日と髪の長さ違うような」
昨日は切り揃えた短めの髪だったのに、今では三つ編みにして肩にかけられるほどに長くなっている。
「そりゃ昨晩伸びたからな」
「の、伸びた?」
「タールくんはね、不思議な体質で、髪の毛を切ってもすぐに勝手に伸びちゃうの。魔界でも間近で見たわ。驚いた、急に伸びてくるんだもの」
「魔界……」
真田は魔界という言葉に眉をひそめた。
「どうしたの? 何か思うところあるの?」
「え! う、ううん! なんでも! さ、タール、バンザイして」
「なあそれサイズ合わないと思うんだけど。胸周りキツくないか」
「あ、そーいやタール、アンタ結構膨らんでるわね。カップは……」
「E」
「まあそんなもんか。トップがちょっと上に向いてて、それに対して肋骨の方が細いから、そんくらいになるか。骨が細いのかしら」
いつのまにか布団から出てきていた茂木加奈子が服を探して、大きいのを出した。
「こっちの大きめの方にしたら? タールくんは腰回りも外に広がってるから、ズボンも大きめがいいわ。さあタールくん! 脱いで脱いで脱いじゃってー!」
「大きいズボンで大丈夫なのか? ずれない?」
「心配しなくても大丈夫! それより真田、ちょっと外に行ってもらえる?」
「へ? なんで」
「誰か来たみたいだから。こっちに向かってる」
「え?」
真田は廊下に出てみる。すると出たところで、こちらに白髪の老婆が向かってきているところだった。廊下の少し遠くの方から歩いてきていた彼女は、保健室のドアを開けて顔を覗かせた真田を見て、目を細める。
「ん? お前は……真田家のご令嬢がここで何を?」
「あ、あなたは! すみません! しばらく使わせてもらってます! 体操着を借りたくて……」
「体操着ぃ? 新学期早々水遊びでもしたんかい?」
老婆は真田も知る人物だった。茂木加奈子の祖父であり赤校の校長山の助と同じ三傑の一人、光の手と呼ばれる高レベルの治癒能力を持つ赤校緑校の保険医、双葉未亜だ。
真田は体を避けて、双葉未亜は保健室に入り中を見た。
「この通り……その、魔王の息子を着替えさせるために」
中ではもうすでに茂木加奈子がタールを着替えさせ終わっているところだった。真田が目を離したのはほんの一瞬だったが、茂木加奈子がその一瞬のうちに着替えを終わらせて、今はタールにメロメロのまま抱きついている。
タールは体操着の着心地と、似合ってるかどうか鏡に映して確かめていた。
「……………」
「す、すみません! こんな勝手に!」
双葉未亜は黙ってしまった。真田はすぐさま謝る。
「でも! タールは、魔王の息子でも悪いやつじゃないんです! 私が面倒見ますから! だからあまりタールを……」
「…………」
「あの?」
双葉未亜は真田の顔を見て、思い詰めたように視線を下げて全然関係のない場所を点々と見てから、最後にタールにもう一度視点を合わせた。
視線に気づいたタールが髪を整えるためにかき上げながら、双葉未亜の方を向く。
瞬間、双葉未亜の体は硬直して、膝が震え出した。変な汗もかいている。
「双葉先生? その……あ! も、もしかして魔王の子が怖かったりします? ご、ごめんなさい! すぐにいなくなりますんで!」
双葉未亜が震えて汗をかき始めたのを怖いからだと判断した真田は、タールと茂木加奈子を引っ張って保健室を後にした。片付けは茂木加奈子が終わらせておいてくれていた。
保健室にポツリと残された双葉未亜は、立ち去っていった三人娘の背中を見送るでもなく、ずっとタールのいた場所を一点に見つめていた。
そして唐突になりふり構わず、その場で泣き崩れた。
「………あの子の、こど、も……………まちがい、ない………私の、孫……………」
この街の人間のみならず人間界でも魔界でもほとんどの者が知っていること、タールの母親は、『人間』だ———




