ナイフの少女
茂木加奈子が立ち去った後、昇降口から帰る途中だった真田。今日は魔王の息子に会ったり、炎の壁の中に閉じ込められたり、痛いところを突かれたり、英雄の孫娘に出会ったりと、この一日で一ヶ月分の人生を浪費したような疲労があった。
「……そういえば朝の3人、入学式に行ったの? タールと青髪はいなかったけど」
そうして校舎から出たところで———腹を刺された。
「え?」
横から小柄でガリガリの少女が真田の横腹にナイフを突き刺して来た。あまりに唐突な事で反応できなかった。
少女は赤校の制服を着ている。同学年、同級生、同じ始まりの仲間。
「……パパの仇……死ね」
「かはっ!」
血が喉まで迫り上がって来て、口から吐き出してしまう。少女はナイフを抜いて、一歩、二歩とよろめきつつ退がる。長い前髪に隠れた表情は狂った笑いを浮かべていた。
真田は痛む腹を抑える。なぜ刺されたのかわからない。
「な、なんで……ごほっ!」
「どんなに、どどど、どんなに家柄がぁ、よくてもぉ、さあ…………どんな屈強な英雄でも寝ているところを少女の持つナイフで心臓を一突きされれば死ぬ……ということ、くひっく………絶対な安全なんて存在しない、死ねよ、パパの仇、ねぇ、なんでパパは死ななきゃならなかったの?」
「話は、通じそうにないわね」
真田は腹から手を離し、そして拳を握る。その目には目の前のナイフの少女を殴るという意志が宿っていた。
殴られる気配を察した少女だったが、しかし、笑みを浮かべる。
「お前ら、真田家の伝統、親の能力を伝承するヒーロー能力の特質からしても、お前ら一家の能力は【拳】だ…………」
「そうね。闘うものとしてあらかじめ教えておくわ」
ギュッと握った拳を体の前に構えて、腰を落とす。
「真田家に代々伝わり継承する能力は【拳】。真田昭人と真田玄人、双子の拳士の名前はまだ廃れてはないでしょう? そして、真田家に伝わる拳法の名は【真拳】」
「あー………胸の防御力を見て腹を刺したけど、やっぱ心臓を狙うべきだったかぁ?」
ナイフの少女は大きな笑みを浮かべると、服のあらゆる場所からナイフを取り出した。その数、数えきれない。
そしてそれを投げつける。
「あなたは、何かの能力者? いいえとても能力者には見えないわね」
飛んでくるナイフを、拳だけで弾き落として行く。何本も飛んで来たが、さきほど刺された腹を狙って来ていたので防ぎやすかった。
「杜撰、荒い、酷い。あなた、いいやアンタ、能力も無しに真田家の娘に勝てるとでも?」
「勝てるから挑んだんだよ、パー子!」
さらに投げられたナイフ、だが飛んでくる途中で急に軌道が変わった。見ればナイフの尻の先にはチェーンがついていて、ナイフの少女はそれを操り軌道を変えた。
狙うは、真田の足。
「くあっ! いぐづッ……」
深々と太ももに刺さり、よろめく。
「これで、接近戦最強の拳も使えない」
トドメとばかりに、今までよりもさらに数倍増えたナイフ達を一斉に投げつけて来た。万事休す。
しかし瞬間、歯噛みした真田の拳が輝き始めた。彼女の頭の中には姉から受けた最後の言葉、穢らわしい、という言葉がぐるぐると回っていた。だがここでやらなきゃ死ぬと思うと力が漲ってきた。
「我流【光拳・浮雲】!」
光り輝く拳は、拳の先から光でできた拳を作り出して、真っ直ぐにナイフの少女目掛けて飛んでいった。空飛ぶ拳。それは飛んでくるナイフを弾き飛ばしながら、少女をぶっ飛ばした。
「なっ! まさか、魔法と能力の融合! ぐああ!」
最後に少女は正体に気づいたが、顔にパンチが叩き込まれて気絶した。
校舎の壁に叩きつけられた少女が、もう攻撃してこない事を確認してから、真田は腹の痛みを思い出して蹲る。
「ぐ、ううう、こ、こんなところで、終わるの?」
血を流して倒れる真田。
そこへ、黒髪の少女が現れた。特徴的な三つ編みを揺らして現れたのは、先程出会った茂木加奈子だった。
「あ、れ……帰ったんじゃ、なかった、の」
「嫌な予感がして戻って来たの。ミア婆ちゃんとこに連れて行くよりも、こっちのが早いわよね」
茂木はどこからともなく瓶を取り出して、中の水を真田の腹にかけた。刺された傷はあっという間に完治してしまった。
「え! あ、もしかしてそれ、湖の水?」
「そう。でも効力は知ってるわよね。傷が治っても体力が戻ったわけじゃない。あなたの家はどこ? 送るわ」
「ここから北にずっといった頃にある、梅っていう名前のマンション……って、そこまでしなくても」
「いいえそれは無理な話ね。私も、そこに住んでるから」
「ええー⁉︎ あ! じゃあさ! お泊まり会したい! 友達ができたら一度やってみたかったのよ!」
「……? 待ってちょうだい、いつから私たちは友達になったの?」
「ダメ?」
さっきの弱々しかった真田はどこへやら、今では一転して押しが強くなって茂木加奈子に詰め寄る。そして最後に捨てられた子犬のような目で懇願。
茂木加奈子は頭を抱えて、ため息をつく。
「言っとくけど、私の家にはアレはないからね」
「アレ?」
「お嬢様パンツ」
「はあ⁉︎」
いきなり何を言い出すのか、と真田はそこで思い出した。さっき階段で尻餅をついた時、真田は足を広げていた。当然、階下の踊り場にいた茂木にはスカートの中身が見えていたわけで………。
「〜〜〜っ! か、からかわないでよっ!」
「まあいいわ、おいで。友達はまだわかんないけど、体力が戻るまで一人にさせるのもどうかと思うしね」
「あ。ふふっ、優しいよね加奈子は」
「うっさい、余計なこと言うなら面倒見ない……加奈子?」
白の子と黒の子、二人の少女は自分達のマンションへと帰っていった。途中、何人か同じ学校の生徒や隣の緑校なら生徒が集まっているところに出くわしたが、初めてできた友達にはしゃぐ真田は気づかなかった。




