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第十四話 怪我人のトニー


 門番のラーシュに頼まれ、目的地の治療室に向かっているジェシカ。穏やかに太陽の光が差し込んでいる窓が並ぶ廊下を、彼女は疑問を抱きながら歩いていた。


(兵士が少ない……? 家蜘蛛で毎日調査してた時、この時間帯なら誰かしら廊下を歩いていてもおかしくないのに)


 ジェシカは治療室に向かって数分ほど兵舎の中を歩いていたが、兵士に一人も遭わず、違和感を感じる。


(受付とか事務作業してる兵士はいたけど、それ以外は見かけないわね。家蜘蛛を全部城の調査に回さないで、数匹残しておけばよかったかし……あっ!)


 考え事と後悔をしながらも、ジェシカは『第一治療室』と書かれた表示板がある部屋を見つける。ドアをノックすると中から、"どうぞ"と、年配の女性らしき人物から入室の許可をもらい、ジェシカは治療室に入る。


「失礼します……」


「えっ! リ、リリス!?」


「あらあら、うふふ、可愛らしいお嬢さんね。こんにちわ」


 治療室の中ではベッドで横になっていたトニーが年配の女性と話していたらしく、ジェシカが現れると、トニーは飛び上がる様に驚く。その様子を見ていた年配の女性はクスクスと笑いながら、ジェシカに近づいていった。


「初めまして、私は治療士の(マーガレット)。この治療室を任されている者よ。よろしくね」


 優雅な佇まいと雰囲気を出しながら自己紹介するマーガレット。ベテランが出す雰囲気で、部屋の空気が変化したことを肌で感じながらも、ジェシカは冷静に自己紹介を始める。


「初めまして、私は踊り子のリリスといいます。トニーと仲良くしている者で、彼のお見舞いに来ました」


「あら〜そうなのね。わざわざ来てくれてありがとう。どうぞあちらにおかけになって。今お茶を用意してくるから」


「ありがとうございます。お言葉に甘えます」


 マーガレットに案内され、ジェシカはトニーのベッドの近くの椅子に座わる。そしてマーガレットは治療室の向かい側である給湯室へと向かった。マーガレットがいなくなると、治療室にはトニーとジェシカだけとなり、少しの静寂が生まれる。だが、その静寂を打ち破る様に、ジェシカは顔のヴェール外しながらトニーに話しかける。


「トニー……無事でよかった。怪我は大丈夫?」


 患者服姿のトニーを改めて確認したジェシカは、艶やかな瞳で心配そうに見つめ、その姿にトニーは赤面した。


「あ、う、うん、なんとかね。そそ、それより、リリス、どうしてキミがここに?」


 自分が緊張していることが悟られたくないからか、トニーはジェシカに訪問して来た理由を尋ねる。


「昨日と同じ時間になってもトニーが現れないから、練習を抜け出して様子を見に来たのよ。そしたらラーシュさんから怪我をしたって聞いて……。本当に無事でよかった」

 

「……心配させちゃってゴメンね。でも大丈夫! オレは丈夫さが取り柄だから、怪我とか全然へっちゃらさ! ほら!」


 心配させたことを申し訳ないと思ったトニーは、明るい笑顔をしながら、右前腕に巻かれている包帯に残っている血の跡が気にならないくらいに元気よく、怪我をした右腕で力瘤を披露する。しかしジェシカは気にしてしまった。


「そこを怪我したのね……まだ痛い?」

 

「平気平気! リリスの顔を見たら、痛みがどっかへ行っちゃった!」


 相手の不安を底抜けの明るさで緩和してくれるトニーの人柄に、ジェシカは演技としてではなく、自然に笑みが溢れた。


「ふふ、それなら良かったわ。ーーあっ! よかったらこれ食べて。私からの差し入れ」


 安心したジェシカは、携えていたサンドイッチをトニーに渡す。


 ジェシカが購入したサンドイッチは三種類のセット物で、一つはふんわり食感の卵サンドイッチ、二つ目は、細切り人参、玉ねぎ、キュウリ、キャベツのシャキシャキとした食感が楽しい野菜サンドイッチ。そして三つ目はニンニクソースで炒めた鶏肉とチーズを挟んだチキンサンドイッチ。バリエーションが豊かで、匂いだけじゃなく、見た目でも食欲を沸き立たせる。


「ありがとうリリス! ってこれ! デイジーズのじゃん! オレここのパン好きなっ」



 ぐうぅぅぅ〜〜



「あ……」


 包み紙に記されている店の標章(ロゴ)を見つけて喜んでる最中に、トニーは腹の虫の音を大きく鳴り響かせてしまう。好意を抱いている相手の前でみっともないことをしたと思い、トニーは別の意味で顔を赤くする。しかしジェシカは、彼の体が健康体なことに微笑ましく思い、羞恥心を解こうとする。


「トニー、そんなに恥ずかしがらないで。食欲があるのは元気な証拠よ? 私だって稽古の後に、お腹を鳴らしてしまうことはあるんだから。だからどうぞ、気にしないで食べて」


「あ、ありがとうリリス。じゃあ……いただきます! ん! うまい!」


 ジェシカの慰めによって、トニーは心情が緩和され、サンドイッチを食す。前回の食事よりも口に入れるスピードが速く、あっという間に平らげてしまった。


「ふぅ〜ごちそうさま! いや〜うまかった〜」


「ふふ、トニーは食べっぷりがいいわね。そういうところ、私好きよ」


「えッッッ!? あ、いや、ア、アハハハハ! そ、そんなに良かった?」


 "好き"という言葉に過剰に反応し、本日三回目の赤面状態になったトニーは、腹をさすりながら自分の食事光景が良かったか尋ねた。


「ええ、とてもね。でも、昨日より食べるの早かったわね。もしかして朝ご飯を食べてないの?」


 腹をさするのを見たジェシカは、トニーが朝から何も食べていないと感じ、疑問をぶつける。


「いや、朝はここでミルク粥を食べたんだけど、オレ消化が早くて……アハハハ」


「うふふ、それだったら今日の地下道調査の時に渡そうと思ってた差し入れも、一緒に持ってくればよかったかしらね」

 

 穏やかに流れる時の中で、昨日の会話にあった差し入れの件をふと口にし、トニーの空腹を揶揄するジェシカ。



 しかし彼女は気づけなかった。



 何気なく発したある言葉で、穏やかな時間は終わらせてしまうことに。

 

 

「ーーッ! …………」


 ジェシカはトニーを揶揄ったことで、彼が可愛らしい照れをすると踏んでいたが、トニーは()()()()()し、突然無言となった。


 予想とは別の反応を示したトニーに違和感を感じたジェシカは、下を向きながら無言となっているトニーに話しかける。


「……トニー?」


「えっ!? ……あ〜、確かに差し入れ欲しかったかな〜。でもよくよく考えたら、治安が悪い場所の調査だから、リリスは行かないほうが正解だったよね。いや〜、調査に行けなくなった代わりに、リリスの安全は保証されたし、こうして楽しい時間をまた一緒に過ごすことが出来たし、正に"怪我の功名"だよね! よかったよかった!」


 急にトニーは多弁と化し、差し入れを残念がったり、ジェシカの身の安全について安心したり、自身の怪我で物事がいい方向に進んだと豪語しながら語る。


(なにか様子が変ね……)


 口がよく回る様になったトニーを不自然に感じ始めるジェシカ。そんなジェシカからの疑いの視線には気付いていないトニーは、何か思いだしかの様な顔をし、自身の横に置いてあった鞄から何かを取り出そうとする。


「どうしたのトニー?」


 背を向けながら鞄の中を探るトニーを気にするジェシカ。トニーは一ジェシカの顔を確認するかの様に振り返り見た後、何をしようとしているのか説明を始めた。


「実は先輩から良い物貰って、鞄の中にしまっていたの思い出したんだ。今リリスにもお裾分けするよ! え〜と……。 あ! あった!」


 鞄から取り出されたの一通の封筒で、高級感を感じさせる美しい黒の色合いと金色の花々が描かれており、封筒だけで希少さを示している。


 先程まで疑惑を抱いていたジェシカだったが、トニーが予想外な品を取り出したことで、封筒の方に目を向ける。


「……随分お洒落な封筒ね。それはなんなの?」


「実はこれ『グラー・シュル』の商品券(チケット)なんだよ! しかも、どんな商品も半額にしてもらえる特別仕様付きなんだ!」


 グラー・シュルとは、帝国内の栄えている所には必ず展開している、帝国随一の高級服飾店である。歴史も長く、時代に合わせての服や装飾品を生み出し、顧客も多い。冒険者向けの装飾品を取り扱っており、値が張るが効果が高い品々を用意しており、裕福な冒険者が購入しに来たりする。


「グラー・シュルの? ……凄いわね。先輩さんはそれをどうやって手に入れたの?」


 高級服飾店の商品が全品半額になれるレアアイテムを目の当たりにし、ジェシカは動揺を必死に隠しながら質問した。


「先輩が南区で開催してたくじ引き大会で手に入れた物なんだけど、"目当ての物じゃない"って理由でオレに譲ったんだよ。オレはあまりオシャレに興味は無いから宝の持ち腐れになっちゃうし、だからリリスにあげる! 好きに使って!」


 チケットが入ってる封筒を笑顔で渡すトニー。その笑顔は、受け取らなければ罪悪感が生まれそうなほどに真っ直ぐで、ジェシカは無碍にできず封筒を受け取る。


「ありがとうトニー。大事に使うわ」


「どういたしまして。 あっ! 渡しておいてなんだけど、それ使用期限が来週までだから、使うなら早めが良いよ。それに感謝祭の準備で帝都に来る人もどんどん増えてるし、良い物が売り切れになる可能性高いから気をつけてね」


「ええ、わかったわ」


 チケットをしまいながら、ふとジェシカは壁の時計を確認する。時刻は乗車予定の西区行きの馬車が、あと十分後に到着するのを示していた。乗り遅れてしまえば約束の時間に間に合わなくなり、ジェシカは顔にヴェールを再び身につけ、帰り支度をする。


「ごめんなさいトニー。私そろそろ戻らないと……」


「ううん、気にしてないよ。忙しい合間に来てくれてありがとう」


「どういたしまして。それじゃ、また明日ね」


「……ねぇリリス」


「……?」


 部屋を退室しようと瞬間、トニーに呼び止まれたジェシカは彼の方を振り向く。するとトニーの表情は、違和感を感じた時と同じ様に、神妙な顔つきでジェシカを見ていた。


「どうしたのトニー? さっきから様子が変よ」


 らしくない表情と雰囲気を表しているトニーに、ジェシカは心配をするが、トニーは否定する様に首を横に振る。


「……いや、そんなことないよ。まだ出会ってまもないオレなんかにお見舞いに来てくれて、スゲー幸せだなって思って、少し感傷的になっちゃっただけさ。ほんとうに来てくれてありがとう。()()()()()()()()()()。グラー・シュルの買い物、楽しんできてね! バイバイ!」


 いつもの明るさで見送るトニー。ジェシカは彼に手を振りながら退室すると、ティーセットを乗せたトレーを抱えているマーガレットと鉢合わせる。


「あら? もしかしてお帰り? 何か急用でもできたの?」


 ティーポットに淹れられている、紅茶の上品な匂いを香らせながら、マーガレットはジェシカに尋ねる。


「はい。すみません、折角用意してくれたのに….」


「うふふ、いいわよ。女は男より用事ができやすい生き物ですもの。またいらっしゃってね」


「ありがとうございます。失礼します」


 軽く一礼をして、ジェシカは未だに人けの無い廊下を、早足で歩きはじめる。その道中、ジェシカはトニーの違和感ついて振り返っていた。


(あんな急に黙ったり、大人しい表情は今までしたことがないわね。……練習が終わったら家蜘蛛達を回収して、明日張り込ませましょう)


 作戦利用者の違和感を調査すべく、ジェシカは頭の中で計画を立てながら兵舎を後にした。歩く速度は変わらずに。




――――――――――――――――――――――――





 一方、治療室では、マーガレットは紅茶を飲みながら事務作業をしており、トニーはマーガレットに背を向けながら横になっていた。


 この時マーガレットは、トニーは就寝していると思っていたが、眠ってはいなかった。



 正確には()()()()()()



 トニーは人知れず、ある作戦を実行し、その結果が気掛かりで眠ることができなかったのだ。



 そして胸を締め付けながら、ある願いを抱いていた。



 今まで生まれた自身の中にある、幾多の願いを後回しにしても構わないと思う程に。


 

 願いを叶える神がいるなら、今すぐ叶えて欲しいと懇望(こんもう)してしまう程に。





(リリス……どうか早く、見つからないうちに……ッ!)





 トニー願い、それは……


  


    


(……逃げてッ! 逃げてくれ!!)





 一人の踊り子が、迫る来る危険から逃れらることだった。

 

  

 

 

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