第十三話 後輩思い
作中にサンドイッチを書いてたら、美味しいパン料理が食べたくなりました。
「ふぅ……着いた……」
乗合馬車から下車し、名店のパン屋のサンドイッチを携えているジェシカは、気迫を放つ建物にたどり着いていた。
そこは帝都と帝国を守り抜く者達が集い、所属する帝国兵達の勇猛さを物語っている帝国兵本部と、中央区の兵舎だった。
一般人からしたら少し近付き難い場所だが、ジェシカは入り口の門番室で事務作業している門番に、臆すること無く窓口から話しかける。
「すみません兵士様。少しお時間よろしいでしょうか?」
「ん? なんだい、お嬢さん」
話しかけた門番は強面だったが、声色は率直であり、色眼鏡をしなさそうな雰囲気を出していた。
なのでジェシカは、門番の心中に入り込む為に"踊り子リリス"の演技を始める。
「こちらに所属しているトニーさんに用事がありまして、いらっしゃるなら面会の許可を頂きたいのですけれど……」
「……失礼だけど、キミは誰だい? 身分を証明できる物はある?」
懐疑的な目線を送る門番。それもそのはず、今は感謝祭の準備により、不審な人物が多く見かける為、帝都は警戒を強めている。一般人でも怪しい行動をしていれば帝国兵が尋問する位にだ。しかし、ジェシカは帝国兵の情勢を理解しており、決して臆したりせず、慌てる演技をしながら自己紹介を始めた。
「し、失礼しました。私はリリスといいます。今度の感謝祭で舞踊を披露する者です。あっ……えっと……こちらがライセンスカードです」
ジェシカは身分を証明する物を門番に渡し、門番はライセンスカードを検査装置である魔道具にかける。
門番は検査装置から表示されたステータス画面を確認した後、椅子から立ち上がり、ライセンスカードをジェシカに返却した。
「ご提示ありがとう。いや〜、キミって『アダルバリエの名花』の踊り子なんだ、凄いね〜。あっ、オレは(ラーシュ)。トニーの先輩なんだ、よろしく!」
トニーより少し年上の男は軽く会釈し、先程までの強面と疑問を抱いていた表情からガラリと変わり、歯から光を放つ様な笑顔を向ける。
その変わり様に、ラーシュの笑顔に下心がある様にジェシカは見えてしまった。
(アダルバリエの名花と知った途端にこの変わり様……。まぁ、選りすぐりの美女と美少女がいる集団だし……っていうより、この人も単純な部分が丸わかりね……)
内心呆れながらも、ジェシカは感情を表に出さず、演技を続けながら挨拶と社交辞令をする。
「初めましてラーシュさん。あの……アダルバリエの名花を知っていてくれて、ありがとうございます。帝都の方に知って貰えて凄く嬉しいです。西区で練習しているので、よかったら観に来てください。ラーシュさんの様な明るい男性が来てくれると、他の子達も喜ぶと思うので……」
「ほ、ほんとか? なら今度の休みにでも観に行こうかな〜」
恥じらいながら当たり障りの無い言葉で褒めると、ラーシュは頬を染めて顔を綻ばせた。
その反応を見たジェシカは、ラーシュに対する印象が「残念な男」になりつつあった。
(トニーみたいにヴェールを外して魅了させる必要も無かったわね……)
ジェシカはトニーの時と同じ、自慢の素顔を見せて魅了させる戦法が必要になるかと思っていたが、箔が付いている踊り子隊の名前と、大抵の男が可愛いと思う女性の仕草をしただけで陥ちたラーシュを見て、不要と判断した。
(きっと強面のせいで、女性に縁が無い人なのねこの人は。笑顔は中々良いと思うのに……)
少ないやり取りで、ラーシュの女性経験の少なさに気づいたジェシカは、ラーシュに同情する。
「ところで、リリスはトニーとどういった知り合いなんだ? アイツ奥手だし、キミみたい可愛い踊り子に接点は無いと思うんだけど……」
先ほどまで浮かれていたラーシュは、改めてジェシカにトニーとの関係性について尋ね、疑問符を浮かべる。
「昨日、巡回していたトニーが踊りを観ていてくれて、そのあと食事に誘ってくれたんです。それで仲良くなって……」
照れ笑いしながらジェシカは経緯を語ると、ラーシュは呆然としてしまった。
「マジ、かよ……。ーークソ〜アイツ〜ッ! 先輩を差し置いて良い思いしやがって〜〜ッ!」
涙目で悔しがり始めたラーシュの姿は、他人から見れば"見苦しい"そのものであり、ジェシカは思わず、本心が入り混じった苦笑いをしてしまった。
(女の子の前でそんな姿を見せちゃ駄目でしょ……)
心の中で駄目な部分を指摘しながら、ジェシカの中でラーシュに対する残念な印象は増していった。
しかし、この後のラーシュの言葉によって、それは止まることになる。
「ちくしょう、トニーの野郎……。怪我人じゃ無きゃ殴りに行ってんだからな……」
(……えっ、怪我って……)
ラーシュの何気ない発言の中に、気になる言葉が存在し、ジェシカは聞き逃さなかった。そしてラーシュに尋ねる。
「あの……今、怪我人って……トニーに何かあったんですか?」
「ん? あーそっか、リリスは知らないんだよな。
実は夜中の一時位に、トニーが何者かに襲われて怪我をしたんだよ」
(一時……私が隠れ家に着いた時にそんなことが……。 兵舎に忍ばせていた家蜘蛛達も城の調査役にしちゃったし、何があったのか知ることが出来ないわね。……いや、それよりも)
兵舎で起きた事件が少し気になるジェシカだったが、すぐに別の案件を気にする。
「……トニーは、彼は、無事なんですよね?」
ジェシカはトニーの容態を心配した。いくら情報を引き出す為に利用した人物とはいえ、昨日初めて接触した時に、改めてトニーの実直さを感じたジェシカは、彼を心配せずにはいられなかった。
トニーの安否を心配するジェシカに、ラーシュは慌てず、他者を安心させるような声色で伝え、トニーの容体を語る。
「大丈夫、アイツは無事だよ。軽傷だったけど、今日一日は大事をとって、治療室で休むことになってるんだ」
「そう……よかった……」
命に別状が無いこと知れたジェシカは安堵した。その気持ちには、"踊り子リリス"としての気持ちだけじゃなく、"ジェシカ"としての気持ちも混じっていた。
すると、ジェシカが安心する姿を見たラーシュは、ある提案を持ちかけた。
「よかったら見舞いに行ってやってくれよ。実はアイツ、犯人を逃してしまって落ち込んでるんだ。だからキミが来ればアイツも元気を出すと思う。これ、入場許可証。これを持っていれば兵舎に入れるぞ」
妙案を思いついたと思っているラーシュは、許可印が刻まれているカードをジェシカに渡す。
「えっ、いいんですか? あっ、でも……」
ジェシカはカードを受け取るのを躊躇ってしまう。
「ん? どうしたんだ?」
「……あの、こう言うのもなんですけど、不用心だと思いますよ? 私がトニーを襲った犯人かも知れませんし……」
ラーシュの提案は優しさに満ちていたが、後輩を襲った人物がまた現れて襲う可能性を軽視してる部分が感じられ、ジェシカは思わずラーシュを咎めてしまう。
「ハハッ! 確かに、少し不用心だよな!」
しかしラーシュは、初対面の人に咎めらても嫌な顔せず、改善点を受け入れて笑い声をあげた。
「でも、さっきライセンスカードを確認した時、キミの外出記録があったから、それも確認したんだ。それで見てみたら、昨日の夜八時半から今日の朝八時まで外出してないって記録だった。仮に夜中に抜け出しても、宿泊所からここまでは遠いから、乗合馬車を利用する必要がある。だけどその時間にリリス位の歳の子が乗ってたら、今の期間は警備が厳しいから、乗員している警備兵に絶対捕まる。そして途中下車、さらに尋問とかされて、行くのが難しくなる。な? どう考えてもキミには無理だろう?」
アダルバリエの名花の宿泊所はライセンスカードを受付に提示し、出勤や帰宅といった外出記録を報告、そして情報をカードに記録する必要がある。なのでラーシュは先程の証明確認の際に情報を目検した時、ジェシカ(リリス)には犯行不可だと断定したのだ。
「確かに……そうですね」
街の移動手段の状態、距離などを把握しているラーシュの答えに、ジェシカは頷く。
しかし、ラーシュの推理に穴があり、ジェシカは嘘で頷いていた。
(カードに記録した後、部屋と外部のワープシートで脱出と行き来しているなんて言えないわね)
ジェシカは宿泊所の自分の部屋を含み、東区の隠れ家や利点のある場所にワープシートを設置し、移動手段を確保している。(今回馬車を使ったのは怪しまれない為と、昼間だと人目が多く目撃される可能性があるから)そんな事実を知らずに推理したラーシュのことを、ジェシカは少し気の毒に思っていた。しかしそんな事とは露知らず、ラーシュはジェシカにカードを渡そうとする。
「最初はトニーを知っていたからキミのことを怪しいって思ったけれど、カードの情報は偽造されていないし、ちゃんとアリバイが立証されている。だからオレはキミのことを通して良いと判断できるんだ。だから頼むよ。後輩が少しでも元気が出るなら、これを受け取ってトニーに会ってくれ。な?」
懇願の意を込めて頼み込むラーシュに、ジェシカは断ることが出来なかった。
(残念ところはあるけど、後輩思いの良い人ね)
ラーシュの想いに根負けしたジェシカはカードを受け取る。
「私で力になれるなら……喜んで」
「ありがとなリリス! 西側の奥にある第一治療室にトニーがいるからそこに行ってくれ。もしわからなかったら、遠慮なく近くの兵士に聞いていいからな。それじゃ頼んだぞ!」
再び歯を光らせる笑顔を見せ、ジェシカを見送るラーシュ。残念な部分があるものの、頑張れば光る可能性を秘めている彼に、ジェシカは考え事をし始めた。
(門番を任されているから実力はあるし、給金も安定しているわよね……誰かいい人いなかったかしら)
優良物件の枠に"一応"は入っているラーシュに、ジェシカは彼を気に入りそうな女性がいないか考える。
本来ジェシカは、仇であるイエガーに心酔している帝国の人間達のことを嫌っているが、他人を思いやれる人は嫌いにはなれず、なんだかんだで世話をかくことをしている。(勿論周りにバレないように)
(ほんと、私ってコソコソしている癖に、人に優しくしてしまうわね……。まぁ、あのイエガーと比べると、周りは良い人に見えてしまうからかしらね)
自分が他人に少し甘いことを改めて認識したジェシカは、携えているサンドイッチをチラッと確認し後、"味が劣化しない内に渡しに行かなきゃ"と考えながら、トニーがいる治療室に向かった。
*補足*
『帝都の乗合馬車』
帝都の各地にある停留所から発車する公共交通機関。
馬車の大きさ:一階建、長さ7m、車幅2.5m、車高3m。
馬車の中:乗車可能人数は訳20〜30人程。窓を背にして座る木製の縦座席。
馬:馬はグレートホースという品種が担当。体高は約210cmを超え、体重も1500kg以上もある屈強な馬。見た目的に鈍足かと思われがちだが、なかなか俊敏。
御者:主にテイマーとしての能力がある人物が担う。(理由はグレートホースが暴れた際に、事故を防ぐために動物を抑止できる能力者が必要な為)採用されるには上記の能力の他に、御者としての技術や知識、人間性が必要な上、帝国が管理する御者の国家試験に合格しなければならない。
読んでくれてありがとうございます!




