第十二話 苦手な人
晴れやかな天候が続いている帝都の昼時。今日も救世の勇者イエガーの感謝祭の準備に追われる人々で、賑やかな雰囲気と活気を生み出している。
西区の大広場で踊りの練習する『アダルバリエの名花』の踊り子達は、見物している男達をいつもの様に恍惚させ、ジェシカも、"踊り子リリス"として舞踊を披露していた。
しかし頭の中では、イエガーだった男のことを考えていた。
(朝になっても目覚めなかったのよね……。顔色は昨日より良かったし、寝息もしていたから死んではいないと思うけど……)
朝を迎えた今日、イエガーだった男はまだ眠っており、声をかけたり揺すったりもしたが、起きる気配は一切無かった。ジェシカはとりあえず、男が目覚めた時を想定し、男用に軽食とメモ書きを残し、本日の踊りの練習に向かったのだ。(ちなみにスライムは隠れ家にて留守番)
しばらくすると、踊り子達の監督が小休憩の合図を示す。踊り子達が各々休むと、見ていた男達も各々好みの踊り子に口説き始める。そしてその光景を遠目で見ている女達の呆れた視線が交差する。
一方ジェシカは持ち前の隠密スキルで、囲まれた踊り子達と集まって来た男達を避け、噴水の縁に腰掛けると、遠目で男達と逢引の約束をする踊り子達を眺めていた。
(根回ししたおかげで、今日も声をかけに来る人はいないわね)
ジェシカは他人に干渉されない為に、様々な根回しをしていた。秘密裏で別の踊り子の宣伝活動したり、踊り子達に見物しに来る優良物件の男の情報を流したりなど、自分に注目がいかないようにしていた。
(今のところトニーみたいに利用価値がある人はいないし、そうなると次は城のメイド服の入手ね。メイド服を預かっている洗濯店は確か……)
次の作戦を頭の中で構築するジェシカ。
そんな彼女の元に一人の女性が近づいてきた。
「リリスちゃ〜ん、お疲れさま〜。探したわよ〜〜」
「……あっ、アマルさん」
間延びした喋りをして現れたのは、ジェシカと同じ『アダルバリエの名花』のメンバーであり、踊り子達の専用の宿舎でジェシカとは部屋が隣同士。
美しい赤茶色の髪と、魅惑的な顔付きとスタイルを兼ね備えた二十代の美女。前言の紹介だけで人を惹き寄せる要素を持っているが、穏やかな上に人を選ばない性格の人物であり、男女問わず人気がある。人柄と隣同士という由縁があってか、踊り子達の中で一番接点がある。
しかし、ジェシカはアマルに対して、若干苦手意識を持っていた。
「すみません……アマルさんが殿方と仲良くしていたので、邪魔になるかと思い席を外しました……」
「ふふ、気を遣ってくれてありがとう〜。
……ところでジェシカちゃん。昨日の兵士さんとはどうなったの?」
「……え、み、見てたんですか?」
「だってアナタ〜、踊りを披露した後いつも雲隠れしてるでしょ〜? そんなアナタが男性と仲良くしてる姿は珍しい光景だったから、意識しなくても気づくわよ〜。他の子達は何故か気づかなかったけどね〜。どうしてかしら?」
顎に人差し指を当て疑問符を浮かべるアマルを、ジェシカは警戒心を生み出していた。
ジェシカがアマルに対しての苦手意識を抱いているのは、彼女が目立つ存在なのと、広い視野の持ち主だからだ。トニーに口説かれていた時、目立たないように踊り子達から距離を置いていたり、アマルを含めた踊り子達は多人数に囲まれたりで、ジェシカは自分が口説かれている場面を他の踊り子に見られていないと思っていた。
一筋縄ではいかなそうなアマルに、ジェシカは動揺を隠し、平然を装い嘘を語る。
「私……物心ついた時から恥ずかしがり屋で、人を避けたり気配を消すのが得意になってしまったんです……。でも、踊りをしている時は別人になれてるみたいで凄く自信が湧くんです。その自信に乗じて、頑張って昨日の兵士さんとは楽しく会話や食事ができたんですけど、内心とても緊張してました。今日も踊りが終わった途端、恥ずかしくなってすぐに皆さんから離れちゃいましたし……、アルマさん、心配させて、本当にすみません」
ジェシカは渾身の演技しながら頭を下げる。それが功を成したのか、アマルの表情から罪悪感が表れていた。
「……そんなこと無いわ。謝らないといけないのはこっちよ。事情も知らないでズケズケと聞いたりして……ごめんなさい、リリスちゃん」
間延びした口調をせずに謝罪するアマルを見て、ジェシカは難を逃れたと思い心の中で安堵し、気落ちしているアマルを気遣う。
「だけど安心してくださいアマルさん。先程も言いましたが、昨日の兵士さんとのデートは上手くいったんです。今日も会う約束をしているんですが……まだ来ていないんですよね……」
ジェシカは辺りを見渡すと、大広場は多くの人間がいたが、トニーの姿は見当たらなかった。
しかも今回は前半に踊り子達の会合をしたため、練習の日時は昨日と比べるとずれている。なので今の時間なら、トニーが巡回して大広場に辿り着いてる状態でもあるのだ。
(昨日の食事の後また観に来るって言ってたし、あのなトニーなら、必死で私のこと探しているわよね……)
口説いてきた相手の特徴を理解しているジェシカは、演技を止めて素の状態でトニーを探す。
「何か急用でもできたのかしら……」
トニーが来ないことに違和感を感じるジェシカ。すると、一緒に大広場を見渡していたアマルが口を開いた。
「う〜ん、というより、今日は兵士さんが少なくな〜い? いつもならたくさん見かけるのに〜」
アマルの言葉にジェシカはハッと気づく。
今は感謝祭によって多くの他地方や他国の人間が帝都に来訪し、人を探すのに苦労する状態となっているが、帝国兵の姿を見かけない日々は無かった。しかし今日はアマルの言う通り、兵士の姿が少ない。
(あの男のことばっかり考えすぎていたわね……。私としたことが……)
「はぁ……」
ジェシカはイエガーだった男を気にしすぎて、自分の視野を狭めてしまった事に気づくと、自分自身に呆れて溜息をつく。
「落ち込まないで〜リリスちゃん。今日は兵士さん達に何かあったのかもしれないわ」
アマルはジェシカが昨日の兵士と会えなくなってしまったことで、ジェシカが落ち込んでいると勘違いし、フォローをし始めた。
「あっ! そうだわ! 中央区の兵舎に行けば、昨日の兵士さんに会えるかもしれないわ〜。あそこは別の区の兵士さんも寄るし、今から会いに行ってみたらどう?」
アマルのいう通り、中央区の兵舎は帝国兵の本部と連結しており、他の区の兵士も必ず赴く。その上、帝国兵の情報は本部だけじゃなく兵舎の方でも管理しており、探している兵士の情報を聞くことも可能なのだ。(例として、息子に会いに来た故郷の母親が訪ねて来た時など)
名案を思いついたと思っているアマルは兵舎に赴くことを勧めるが、ジェシカは気が進まなかった。
「良い提案ですけど……この後練習が……それに勝手に抜け出すなんて……」
ジェシカの言う通り、今は軽く休憩をとっている状態。しばらくしたら練習が再開する状態で退席するのは面倒事になるとジェシカは感じ、アマルの提案を拒否しようする。しかしアマルは、不安気なジェシカとは対照的に笑顔で語る。
「大丈夫よ〜、だって次の練習は自作演舞でしょ? "本番まで内容を秘匿したいから、見えない所で練習したい"っ言えば問題ないわよ〜」
「た、確かに抜け出せる口実にはなりますけど……」
「それに、リリスちゃんが直接兵舎に行けば、あの兵士さんは喜んでくれるはずよ〜。監督には上手く説明しておくから、ね?」
「…………じゃあ、お言葉に甘えて……」
温情の眼差しで語るアマルによって、断る理由を潰されてしまったジェシカは、承諾するしかできなくなっていた。
その後、アマルはジェシカの事情を監督に話しに行き、数分も経たない内に、"昼休憩が終わる前に戻る"を条件に、ジェシカは席を外す許可を得ることになった。アマルの人柄と巧みな話術に絆された監督を見て、ジェシカは怒りを通り越して呆れる。
そしてジェシカが兵舎に向かおうとすると、アマルがジェシカにある話題を持ちかけた。
「お詫びとしてなんだけど、リリスちゃんに良い情報を教えてあげる。西区の一番街に「デイジーズ」って言う美味しいパン屋さんがあるから、兵士さんへの差し入れをそこで買うと良いわよ〜。頑張ってね〜、ふふっ!」
中央区に行く道中にある名店をお勧めしたアマルは、穏やかな笑顔と手振りでジェシカを見送る。その姿に見てジェシカは、改めて自分がアマルが苦手な理由を認識する。
アマルの様な温柔敦厚な人間は、復讐に身を焦がす自分にとって、厄介な存在なのだと。
(ああいうお節介な人は……やっぱり苦手……。
全て打ち明けてしまいそうなんだもの……)
疲労感のある感想を心の中で述べながら、他の踊り子達に気づかれない様に気配を消し、ジェシカは中央区へ向かって行った。
一方、隠れ家にて留守番しているスライムは……
ぷか、ぷか…
「〜〜♪」
水がたっぷり入れられている皿にて
楽し気に浮かんでいた。
※水はジェシカがスライムに用意した昼食。
読んでくれてありがとうございます!




