第10話 日本への帰還
「うっ、ん…」
目を覚ますとそこは知らない天井だった。
真っ白な清潔感のある天井、俺はそこにあるベッドに寝ていた。
体を動かそうとして気付く、体が上手く動かない。
まるで、しばらくの間動かしていなかったかのように。
首だけを動かし、周りを観察すると、俺の左腕にコードのようなものがついていた。
コードの伸びた先には点滴と思われる器具に繋がっている。
「ここは病院?」
どうみてもそうとしか思えない部屋であった。
そういえば、俺はどうしてこんなところにいるんだろうか。
記憶が曖昧で、なぜ自分が病院にいるのかわからない。
ガラガラという音とともにスライド式のドアが開かれ、そこから看護師の女性が入ってきた。
「あ、春野さん、目を覚ましたのですか!?すぐに先生を呼びますね。」
看護師の女性は俺を見るなり驚いた表情になり、枕元にあったナースコールを操作した。
それからすぐ、部屋に白衣を着た40代の医師が病室にやってきた。
その医師は診察をしながら、俺にいくつかの質問もしてきた。
「春野さん、ここがどこだかわかりますか?」
「えーと、病院ですよね?」
「では、なぜ病院にいるのかわかりますか?」
「……なぜ俺は病院にいるのでしょう?」
ここが病院だということはわかる。
だが、いくら考えてもどうして病院にいるのか分からなかった。
「春野さん、君は海外で事故に巻きこまれました。現地の病院では君に有効な治療が出来ないので、日本に帰国させ、この病院に入院することになりました。事故以前の記憶はありますか?」
「えーと、夏休みにじいちゃんに遺跡の探索に連れていかれて、それで…もしかして、探索中に事故に巻き込まれたんですか?」
「私がその場にいたわけではないので詳しいことは知りませんが、私が聞いた話では、君は地下を探索中に天井の崩落に巻き込まれたそうです。幸い、外傷は大したことなかったのですが、頭の打ち所が悪かったのか、中々目を覚まさず、2ヶ月近くも眠ったままだったんですよ?」
医師に説明され、いろいろと思い出してきた。
そうだ、俺は新たに見つかった遺跡にじいちゃんと一緒に訪れ、そこの探索をしていた。
確か5日目くらいに、地下への通路が見つかって、そこに降りていき、3つの扉がある部屋にいった。
そこで、扉が開いたと思ったら気を失ったんだ。
「先生、今はいつですか?先ほど2ヶ月近く眠っていたと言ってましたが。」
「今は10月8日です。でも、目を覚まして本当によかった。君の妹さんなんか毎日君のお見舞いに来ていましたよ。」
「朔夜が?」
「はい、君が日本に戻ってきてここに運ばれた時に真っ先にやってきたのが彼女でした。いい妹さんじゃないですか。逆に君の両親には驚かされました。お母様はハリセンでぶっ叩けば目を覚ますだろうとか言って本当に実行しようとするし、お父様は自分が開発した目覚まし君1号だ、とか言って君を実験台にしようとするし、本当びっくりしました。」
「…すいません、両親が。」
朔夜にはすごい迷惑をかけたみたいだ。
そして、両親は相変わらずのようで、息子が意識不明になったくらいじゃ動じないみたいである。
「それでは、私は戻ります。まだしばらくは安静にしていてください。家族への連絡は此方でしておきます。もし何かあるときはナースコールを押してください。では、失礼します。」
医師はそう言い残し、看護師とともに病室から出て行った。
それにしても、遺跡に行ってから2ヶ月もたったのか。
ずっと眠っていたせいか、あまり実感がわかない。
夢も全く見ていなかったらしく、ついさっきまで遺跡で探索をしいていたように思われる。
「体の感覚が鈍いな。それに、筋力も相当落ちてるぞこれ…」
体を起こそうとしてみたが、腕で体を起こすことが出来なかった。
手は徐々に動く様になってきたので、少しすれば体も多少動くようになるだろう。
そう考え、しばらくは大人しくしていることにする。
暇だけど仕方がない。
暇を持て余して数時間、突如部屋のドアが勢いよく開かれた。
「にい!」
入ってきたのは、息を切らせ、額を汗で光らせた朔夜だった。
「朔夜、そんな急いで…」
「にい、よかった。」
朔夜が俺に抱きついてくる。
俺はまだうまく腕が動かないので、抱きしめ返すことが出来ない。
「ごめんな、心配かけたよな。」
「にい、事故に遭ったって聞いて、日本に戻ってきても目、覚まさないし。心配した、心配したよ。」
朔夜の腕に力がこもり、その声は震えている。
それだけ俺のことを心配してくれたんだろう。
「俺はもう大丈夫だから、な?」
抱きしめたり、撫でてやれない分、精いっぱい優しい声音で朔夜なだめる。
「心配かけた分、お前のしたいことなんでもしてやるからな。」
「本当?」
「ああ、もちろんだ。」
「じゃあ、ん。」
朔夜が目をつむった。
一体どういうことだろうか。
「朔夜?」
「ん、んーーーー」
唇を突出し、何かを求める朔夜。
「いや、朔夜それは…」
これは要するにキスをねだっているのだろう。
「にい、嘘ついたの?なんでもしてくれるって言ったのに?」
「朔夜、限度があるぞ。俺とお前は兄妹だ。」
「関係ない。だから、ん。」
再び唇を突き出してくる。
キスをするまでこのままのようなので、仕方なしにキスをする。
もちろん唇ではなく、おでこに。
「ちゅっ、これで勘弁してくれ。」
「嫌。ちゅっ、ん」
「ん!!!!」
おでこにキスをし、顔を近づけていたところで、朔夜から唇を奪われた。
今まで一度たりとも一線を越えることはなかったのに、とうとうやってしまった。
朔夜の唇は柔らかく、彼女たちと何度かした俺であるが、心臓は早鐘をうってしまう。
「ぷはっ、とうとうしちゃった。」
少し顔を赤らめながらも、妹とわかっていながらも魅入られてしまうような笑顔を俺に向けてくる。
「おま、何を…」
「にいのファーストキス貰ったの。」
「いや、俺は初めてってわけじゃ…」
そこで、気付く。
俺は一体誰とキスをしたんだ。
俺はこれまで彼女がいたことはないし、キスもしたことはないはずだ。
だけど朔夜にキスされて、その時誰かの顔が頭をよぎった気がしたのだ。
そんなことはありえないのに。
「にい、誰とキスしたの?いつしたの?どこで?」
朔夜の瞳から光が消えた。
言葉の平坦なものに変わっている。
「ねえ、にい答えて。私の知らないところで女作ってたの?」
「いや、俺の気のせい?気のせいだ。目が覚めたばかりで、混乱してたみたいだ。」
朔夜が怖い。
「本当?」
「ああ、俺に女っ気がないことは朔夜が一番知っているだろ?」
「……そうね。……にいに近づく女は私が排除してたし。」
今朔夜が言った言葉の最後の方よく聞き取れなかったが、納得してくれたようだ。
俺もどうしてあんな勘違いしたんだろう。
「今なんて言ったんだ?」
「なんでもない。ところでにいはいつ退院できるの?」
「まだわからない。しばらくは安静にしてろって言われただけで、詳しい説明はされてないんだ。」
勘違いしたのは、さっき朔夜にも言ったようにずっと眠っていたから、記憶が混乱したんだろう。
俺はそう結論付け、面会時間が終るまでの間、久々の朔夜との会話を楽しんだ。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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