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リリアンがここぞとばかりにルーカス様の腕に抱きつこうと手を伸ばした、その時。
ルーカス様はうつろな目でリリアンを見つめ、苦痛に満ちた声で呟いた。
「あぁ……君か、リリアン嬢……。私はいま、猛烈な孤独と絶望に苛まれている……。誰かに……誰かに私を温めてほしい、私を慰めてほしいのだ……!」
「き、キャーッ!!」
リリアンは心の中で歓喜の悲鳴をあげた。
『慰めてほしい』!? それってつまり、私に甘えたい、私を求めているということではありませんか!
「もちろんですわ、ルーカス様! 私があなたの傷ついた心をたっぷり癒やして差し上げますわ! 今夜、日が変わる時……裏庭の薔薇園でお待ちしておりますわね!」
「あぁ……頼む……君だけが私の救いだ……」
ルーカス様は悲痛な顔で頷くと、そのままフラフラと立ち去っていった。
(勝った……! 完全に私の勝ちだわ! ルーカス様は私にメロメロ! 今夜の密会で、完璧に私の虜にして差し上げますわ〜!!)
勝ち誇ったリリアンは、己の勝利を確信して高らかに鼻歌を口ずさみながら、自室へと戻っていった。
……彼女は知らなかったのだ。
ルーカス様がその足で向かったのが、屋敷の奥深くにある「離れ」であることを。
そこには、アルスター伯爵家の前当主であり、規律と礼節を何よりも重んじる、厳格きわまりない私たちの『お祖父様』が隠居生活を送っているということを。
◈
そして、運命の深夜。
月明かりがうっすらと照らす、伯爵家の裏庭・薔薇園。
夜の冷たい風が吹き抜ける中、一人の影がこそこそと忍び込んできた。
リリアンである。
今夜の彼女の装いは、常軌を逸していた。
「ルーカス様を誘惑し、一網打尽にする」という野望に燃えた彼女が選んだのは、胸元がヘソの近くまで深く抉られ、背中は完全に全開、スカートの裾には太ももまで深いスリットが入った、まるで踊り子の衣装のような極端に露出度の高い勝負ドレスだった。
寒さに体を震わせながらも、リリアンはうっとりと薔薇のアーチに寄りかかった。
「ふふふ……寒いわ。でも大丈夫、ルーカス様が来たら、その温かい胸の中に抱きしめてもらうんですもの……! ああ、ルーカス様、早く私を抱きしめて……!」
リリアンが瞳を閉じて、ルーカス様との甘い抱擁を妄想していた、その時。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ——!!
不穏な、大勢の足音が薔薇園を取り囲むように響き渡った。
「え……? ルーカス様……? 大勢でおいでに……?」
リリアンが目を開けた瞬間。
眩いばかりの松明の光が一斉に焚かれ、彼女の全身を照らし出した!
「な、なに……!? 眩しいわ! なに事ですの!?」
目を細めるリリアンの前に現れたのは、甲冑に身を包み、槍を構えた十数名の伯爵家衛兵隊。
そして……その中央で、眉間に深いシワを寄せ、杖を突いて仁王立ちしている一人の老紳士だった。
アルスター伯爵家前当主——お祖父様である。
「お……お祖父様……!? なぜここに……!?」
リリアンは顔を真っ青にして後ずさった。
お祖父様は、松明の光に照らし出されたリリアンの「凄まじい露出度の姿」を上から下まで検分すると、その顔を怒りで般若のように狂わせた。
「お、お前……! アルスター伯爵家の令嬢でありながら……そんな破廉恥極まりない、娼婦のような格好で深夜の庭を徘徊しているとは何事だ……!!」
お祖父様の怒号が、夜の薔薇園に雷鳴のように轟いた。
「ひっ……! ち、違いますお祖父様! 私はルーカス様と密会の約束を……!」
「黙れ愚か者!! ルーカス殿がこのような下品な格好の女と密会などするものか! 『不審な露出狂が出没する』と聞いて駆けつけてみれば、まさか我が家の連れ子がその露出狂だったとは……! アルスター伯爵家の誇りと名誉をどこまで汚せば気が済むのだーっ!!」
「ち、違います! 露出狂じゃありません! 私はルーカス様に『慰めてほしい』と言われて……!」
「言い訳は見苦しい!! 全員、この破廉恥女を捕らえよ! 今すぐ開かずの部屋にぶち込み、頭が冷えるまで謹慎させよ!!」
「いやぁぁぁぁぁっ! 離しなさい! 離してちょうだい! 私はルーカス様の運命の人なのよーっ! お姉様ぁぁぁ! ざまあ見やがれ……じゃなくて助けてーっ!!」
衛兵たちに両脇を抱えられ、惨めな悲鳴をあげながら引きずられていくリリアン。
過剰な露出ドレスが夜風にたなびき、その姿はまさに「捕獲された不審者」そのものだった。
離れの窓からその様子を静かに見下ろしていた私とルーカス様は、温かい紅茶を口に含みながら、そっと笑みを交わしたのだった。
◈
翌日。
「開かずの部屋」で一夜を明かし、すっかり意気消沈したリリアンが、お父様とお祖父様、そして私とルーカス様が待つ応接室へと引きずり出されてきた。
彼女の髪はボサボサで、昨夜の派手なドレスの上に急いで羽織った地味なショールをぎゅっと抱きしめている。
「うう……ルーカス様……」
リリアンは縋るような目でルーカス様を見つめた。
『昨夜のことは何かの間違いですよね? 私を愛していると言ってください!』という必死の訴えが聞こえてきそうだ。
だが、ルーカス様は氷よりも冷たい、心底嫌悪感に満ちた視線で彼女を一蹴した。
「……リリアン嬢。私の名を騙って偽造文書を作成した上に、そのような破廉恥な格好で夜に待ち伏せし、私を誘惑しようとしたそうだな」
「な……ッ! 偽造だなんて……! ルーカス様が私に『慰めてほしい』とおっしゃったから……!」
「私がいつそんなことを言った? 私は単に、エレノアに拒絶されたショックを口にしただけだ。それを勝手に自分への誘惑だと勘違いし、あのような惨めな姿で夜這いを仕掛けてくるとは……呆れ果てて物も言えん」
ルーカス様は扇子で口元を覆い、心底軽蔑したように吐き捨てた。
「私の名を騙って夜這いとは、どこまで破廉恥で浅はかな令嬢なのだ。君の存在そのものが不快だ」
「ひ、ひえぇぇぇっ……!!」
容赦のない直球のバッサリ一蹴。
リリアンはまるで物理的な衝撃を受けたかのようにショックで崩れ落ち、その場でガタガタと震え出した。
お父様とお祖父様も、失望と怒りに満ちた目でリリアンを見下ろしている。
「リリアン……お前の身勝手な行動にはもう庇いきれん。当面の間、領地の修道院へ送り、頭を冷やしてもらうことにする」
「修道院……!? そんな……そんなの嫌ですわーっ!!」
泣き叫ぶリリアンは、そのまま侍従たちによって部屋の外へと連れ去られていった。
───
静かになった応接室。
「……ふう。これで少しは静かになると良いのだがね。しかし、少し話がある」
疲れ果てたお父様と、呆れた果てたお祖父様が退室した後、ルーカス様は一瞬で「冷徹な貴公子」から「甘々な婚約者」へと変身を遂げた。
「エレノア……! 昨日は君が『身を引く』なんて言って、本当に心が痛んだんだ……! 補填として、今すぐ私を抱きしめておくれ!」
ルーカス様は私をソファーに押し倒さんばかりの勢いで抱きすくめ、私の首筋に顔をうずめて深く息を吸い込んだ。
「まあまあ、ルーカス様。お祖父様たちが見ていらっしゃるかもしれませんよ?」
「構うものか。私は君の香りを嗅がないと、昨夜の悪夢(あの破廉恥な姿)が頭から離れないんだ……! ああ、エレノア……やっぱり君が世界一美しい。君以外の女性など、私にはカボチャやジャガイモと同義だ」
「ふふ、例えがよく分からないですわね」
私は笑いながら、彼の柔らかい黒髪を優しく撫でてあげた。
ルーカス様は喉を鳴らすように満足気な溜息をつき、私に甘えてくる。
手料理、惚れ薬、舞踏会でのドレス破り、そして自作自演の夜誘惑……。
すべての作戦が裏目に出続け、ついに修道院送り(暫定)となった義妹リリアン。
彼女が修道院で改心するのか、それとも更なる自滅の伝説を打ち立ててくるのか——。
完璧で愛しい婚約者の重すぎる愛に包まれながら、私は心穏やかな日常を噛み締めるだけだった。




