勘違い義妹の『密会作戦』
舞踏会での大惨事から二日。
アルスター伯爵家の屋敷は、未だにあの夜の余韻と噂話に包まれていた。
社交界で「完璧な夜の女神」と絶賛された私に対し、過剰で安っぽいドレスで失笑を買った義妹のリリアン。
普通ならば恥ずかしさのあまり一ヶ月は部屋から出てこられないような大恥をかいたはずなのだが……彼女の「勘違いメンタル」は、私の想像を遥かに超える頑丈さを誇っていた。
「お姉様! 本日はお話ししておかなければならない重大なことがございますの!」
午後の紅茶を楽しんでいた私の自室に、リリアンがノックもなしにドタバタと踏み込んできた。
その表情は、前回の敗北など綺麗さっぱり忘れたかのように自信に満ち溢れ、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「あら、リリアン。ノックくらいしてちょうだい。それで、重大なお話とは何かしら?」
私が静かにティーカップを置くと、リリアンは待ってましたとばかりに胸を張り、一枚の羊皮紙を私の目の前に突きつけた。
「フフフ……これをご覧なさいな! ルーカス様から私宛てに届いた、秘密のラブレターですわ!」
そこに書かれていたのは、一見するとルーカス様の美しい筆跡に似せた流麗な文字だった。
『親愛なるリリアン嬢へ。舞踏会では君に辛辣な態度をとってしまい、本当に申し訳なかった。実はあれは、エレノアの手目を盗むための演技だったのだ。私の心が本当に求めているのは、君なのだから。今夜、裏庭の薔薇園で待っている。二人きりで話そう。……ルーカスより』
(……うわぁ)
私は思わず内心で頭を抱えた。
ツッコミどころが多すぎる。
まず第一に、ルーカス様の筆跡。彼は幼少期から厳格な英才教育を受けているため、文字の留めや払い、跳ねに独特の癖がある。リリアンが模倣した文字は、表面的な形こそ似せているものの、線の力強さが全く足りない。
第二に、呼び方。ルーカス様が私以外の女性を「親愛なる〜」などと呼ぶはずがない。
そして第三に……あの極度のエレノア至上主義者であるルーカス様が、私を騙して他の女性と夜間に密会するなど、地動説がひっくり返ってもあり得ないのだ。
(これ、完全にリリアンが自分で筆跡を模倣して自作自演した手紙ね……)
哀れなほど雑な偽造工作に、私は呆れを通り越して感心すら覚えた。
リリアンは扇子で口元を隠し、高飛車な態度で私を見下ろしてくる。
「お解りになりましたか、お姉様? 舞踏会でのルーカス様の冷たい態度は、すべてお姉様の嫉妬から私を守るための『苦肉の策』だったのですわ! ルーカス様は本当は、若くて愛らしい私を求めていらっしゃるの!」
「まあ……そんな……」
私はとっさに、両手で顔を覆った。
(※必死に笑いを噛み殺しているだけである)
「お姉様、殿下は私を求めていらっしゃるの。……潔く身を引いてくださる?」
リリアンは悲劇のヒロインを気取り、どこまでも上から目線で言い放った。
私は肩を細かく震わせながら(※必死に腹筋に力を入れている)、涙ぐんだような蚊の泣くような声で呟いた。
「そんな……ルーカス様が私ではなく、貴女を……? ああ、なんてことでしょう……。わかったわ、リリアン……。そこまでルーカス様が貴女を求めていらっしゃるのなら……私は身を引くわ……」
「あら! ご理解いただけて嬉しいですわお姉様! さすがはお姉様、引き際だけは良くて助かりますわ〜!」
リリアンは大歓喜で両手を叩いた。
「では、私はルーカス様との愛の密会の準備がございますので、これで失礼いたしますわね! 部屋でせいぜい泣き濡れるといいわ! ざまあ見やがれですわーっ!!」
満足気な捨て台詞を残し、リリアンはスキップでもしそうな勢いで部屋を飛び出していった。
扉が閉まった瞬間、私は顔を上げて盛大な溜息を吐いた。
「……はぁ。本当に、どうしてあそこまで都合よく物事を解釈できるのかしら」
私は机の上のベルを鳴らし、控えていた専属の侍女を呼んだ。
「ルーカス様に連絡を。『義妹が面白いおもちゃを持ってきたので、ぜひ一緒に遊びましょう』と」
◈
その日の夕方。
アルスター伯爵家に、いつものように「婚約者への定期訪問」という名目でルーカス様がやってきた。
応接室で待っていた彼に、私はリリアンが置いていった「偽造手紙」の写しを手渡した。
ルーカス様は手紙に目を通した瞬間、サファイアの瞳から一切の光が消え、周囲の空気が凍りつくほどの殺気を発した。
「……私の筆跡を模倣した上に、私をこのような不潔な文章の差出人に仕立て上げるとは。万死に値するな」
「ルーカス様、落ち着いてくださいませ。お気持ちは分かりますが」
「エレノア、今すぐ憲兵隊を呼ぼう。筆跡偽造、不敬罪、文書偽造の罪で彼女を地下牢にぶち込んでやる」
本気で剣の柄に手をかけようとするルーカス様を、私は優しくの手を重ねて宥めた。
「まあまあ、ルーカス様。直接罰を与えるのは簡単ですが、それでは面白くありませんわ。リリアンは今日、私のところに来て『お姉様、身を引いてくださる?』と言いましたの。だから私、傷ついたフリをして『わかったわ……身を引くわ』と答えておきましたのよ?」
私の言葉を聞いた瞬間、ルーカス様はハッと息を飲んだ。
「なに……!? エレノアが……身を引くだと……!? たとえ演技でもそんな悲しいことを言わないでおくれ! 私の心が引き裂かれそうだ!」
「大げさですわ、ルーカス様。作戦ですのよ」
私はくすりと笑い、ルーカス様の耳元に近づいて、今夜の仕返し計画を静かに囁いた。
ルーカス様は私の話を聞くうちに、サファイアの瞳に黒々とした悪戯な光を宿らせ、口元に極上の(そして最高に邪悪な)笑みを浮かべた。
「……なるほど。完璧な作戦だ、我が愛しの策士殿。私にも一興買って出よう」
「よろしくお願いいたしますね、ルーカス様」
◈
その後、応接室を出たルーカス様は、廊下で待ち構えていたリリアンと「遭遇」した。
リリアンは待っていましたとばかりに、しなやかな動作でルーカス様に近寄った。
「まあ、ルーカス様! おいでになっていたのですね! お姉様からはもうお聞きになりましたかしら? お姉様はご自分の身の程を知り、自主的に婚約を辞退するとおっしゃいましたのよ!」
リリアンは胸を張り、勝利の笑みを浮かべてルーカス様を見つめた。
しかし、ルーカス様はいつもの冷徹な仮面ではなく、まるで世界が終わったかのような「凄惨な絶望」を顔に浮かべていた。
「……エレノアが……私のエレノアが、私を見捨てただと……?」
ルーカス様はフラフラと壁に手を突き、胸を押さえて苦しそうに息を吐いた。迫真の演技である。
「あぁ……なんということだ! 私の命とも言えるエレノアに拒絶されるなんて……! 私はもう生きている心地がしない……!」
「ル、ルーカス様!?」
あまりの狼狽ぶりにリリアンは驚いたが、すぐに「ルーカス様は私を求めているのに、お姉様に気を遣って苦しんでいるのだわ!」と脳内変換した。
「大丈夫ですわ、ルーカス様! お姉様のことなどお忘れなさいませ! あなたには、この可憐で温かい私がついておりますわ!」




