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「な……何を言っていらっしゃいますの、ルーカス様? 私はリリアンですわ! お姉様ではありません!」
「いや、分かるぞ! その髪のツヤ、その瞳の輝き……! まるで私の愛するエレノアのようだ! ああ、エレノア! 君はなんて美しいんだ! 毎日見ているというのに、なぜこれほどまでに私を狂わせるのだ!」
ルーカス様は大真面目な顔で、リリアンの肩をガクガクと揺すりながら、熱烈な愛の言葉を叫び始めた。
「ち、違いますわ! 私はリリアン! リリアンです! 薬の効果で、私を世界で一番愛おしいと思うはずでしょう!?」
「ああ、エレノア! 君の声はいつ聴いても素晴らしい清涼剤だ! ……しかし、不思議だな?」
ルーカス様は急に首をかしげ、リリアンの顔をじっと見つめた。
「どうしてだろう……エレノアに似ているはずなのに、本物のエレノアが持つあの気品、あの知性、そして私を包み込んでくれるような温かみが全く感じられない……! むしろ、安っぽい香水の匂いと過剰な化粧で、エレノアの美しさが汚されているように見える……! なぜだ! なぜ君は、本物のエレノアの足元にも及ばないのだ!?」
「なっ……!? ななな、なんですってー!?」
リリアンはショックのあまり金切り声をあげた。
「違いますわ! 私はお姉様よりずっと若くて可愛くて魅力的なリリアンです! 薬の力で、私に夢中になっているはずでしょう!? しっかりしてくださいませ、ルーカス様!」
リリアンはルーカス様の腕にすがりつき、必死に自分を見てもらおうとアピールする。
だが、ルーカス様の「エレノア溺愛モード(演技)」は止まらない。
「答えてくれ、エレノア! 君はなぜそんな下品な赤いドレスを着ているんだ!? 君にはあの清らかなスカイブルーのドレスこそが世界一似合うというのに! それにその態度……いつも私の前で見せてくれる淑やかで慎み深い笑みはどうしたんだ!? まるで品のない猿が騒いでいるように見えるぞ!」
「さ、猿……!? 私が猿ですってー!?」
「ああ、ダメだ! いくら君がエレノアの幻影を纏っていようと、中身がこれでは私のエレノアに対する愛が汚されてしまう! エレノアの髪はもっと絹のように滑らかだ! エレノアの肌はもっとモチモチとしていて柔らかい! エレノアの焼いてくれたクッキーは世界一美味しい! エレノア! エレノア! ああ、私の愛しいエレノア——っ!!」
サンルームに、ルーカス様のエレノア称賛(兼リリアンへの無意識の暴言)が響き渡る。
リリアンはあまりの言われように、顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと大忙しだ。
「私を見て!」「私を愛して!」と迫れば迫るほど、ルーカス様から「エレノアの偽物」「劣化版」「見るに耐えない」と評価され、精神的なダメージが限界突破していく。
「ちがう……ちがうわ……こんなはずじゃ……! 惚れ薬なのよ!? 飲んだら目の前の人を好きになる薬なのよ!? なんで私を見て、お姉様の自慢ばかりするのよーっ!?」
リリアンが頭を抱えて発狂しかけた、その時。
ルーカス様はスッと姿勢を正すと、うつろだった瞳に一瞬で冷徹な知性の光を取り戻した。
そして、まとっていた「狂おしい愛の雰囲気」を綺麗さっぱり消し去り、氷点下の冷ややかな視線でリリアンを見下ろした。
「……ふむ。やはり、どれだけ幻影を見ようと努力してみても無理だな。エレノアの爪の垢ほどの気高さも美しさも、君には微塵もない」
「え……?」
リリアンはポカンと口を開けた。
ルーカス様は胸ポケットからハンカチを取り出すと、リリアンに触れられた自分の肩を、まるで汚物でも払うかのように念入りに拭った。
「あまりにもくだらない演技をするのも疲れたよ、リリアン嬢」
「や、演技……? 嘘……薬は!? 魅了の薬をお茶に混ぜたはずでしょう!? 確かに飲んだわよね!?」
「これのことかい?」
ルーカス様が左手の袖口を軽く振ると、そこから完璧に濡れた魔法布がハラりと落ちた。
「私は最初から一口も飲んでいないよ。君が不自然に手元を隠して小瓶から液体を落とす瞬間も、バッチリ見させてもらった。……貴族の令嬢が他者に薬物を盛るとはね。不敬罪、あるいは暗殺未遂として告発されても文句は言えないはずだが?」
「ひっ……! あ、暗殺なんて……私はただ、ルーカス様と相思相愛になりたかっただけで……!」
「相思相愛?」
ルーカス様は鼻で笑った。
「言っておくが、仮に君のその粗悪な薬が私に効いたとしても、私の心が君に向かうことなど100%あり得ない。なぜなら私の魂、私の存在すべては、すでにエレノアだけのものだからだ。たとえ正気を失おうと、私の本能はエレノアしか求めない。君のような浅はかな人間に付け入る隙など、どこにも存在しないのだよ」
「そんな……そんな……っ!」
完璧な拒絶。
自分の魅力も、仕掛けた罠も、さらには「薬の力」すらも、すべてエレノアへの重すぎる愛の前に完敗したのだ。
リリアンは崩れ落ちるようにその場にヘタリ込み、ガタガタと震え始めた。
そこへ、タイミングを見計らって私がサンルームへと入っていった。
「あらあら、リリアン。顔色がとても悪いですわね? どうなさったの?」
「お、お姉様……!?」
リリアンは怯えた目で見上げてくる。
「ルーカス様、お待たせいたしました。お客様の対応が終わりましたの」
「ああ、エレノア! 待っていたよ!」
私の姿を見た瞬間、ルーカス様は先ほどの冷酷な態度を完璧に投げ捨て、子犬のように目を輝かせて駆け寄ってきた。
「エレノア、会いたかった! たった三十分離れていただけなのに、私の心は干からびそうだったよ! さあ、君の焼いてくれたあのクッキーを食べさせておくれ!」
ルーカス様は私をぎゅっと抱きしめ、私の髪に何度も頬を擦り寄せてくる。
「まあまあ、ルーカス様。人前ですわよ」
「構うものか。私には君しか見えない。君の香り、君の温もり……ああ、やっぱり本物のエレノアが世界で一番可愛いよ!」
私たちはリリアンの目の前で、隠すつもりもない激甘な雰囲気を全開にした。
自分の目の前で繰り広げられる、本物の「相思相愛」と「溺愛」。
そして、自分が仕掛けた薬のせいで、より一層ルーカス様のエレノアへの愛が強調されるという地獄のような現実。
「あ……あ……あわわわ……っ!!」
リリアンは頭を抱え、金切り声をあげた。
「覚えていらっしゃい! こんなの絶対に何かの間違いですわーっ! 私が負けるはずありませんものーっ!!」
リリアンは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を覆いながら、哀れな悲鳴を残してサンルームから脱兎のごとく逃げ出していった。
……その後ろ姿は、もはや哀愁すら漂っていた。
──
「……ふう。全く、手のかかる妹君だね」
リリアンが走り去った後、ルーカス様は心底呆れたように溜息をつき、私をそのまま抱き上げてサンルームのソファへと腰掛けた。私の膝の上に彼が頭を乗せる、いわゆる膝枕の体勢だ。
「ルーカス様、重いですわ」
「ダメだ。今日はエレノア不足で死にそうだったんだ。あの女のせいで貴重なお茶会の時間が削られたんだから、たっぷりと補填してもらわないと困る」
ルーカス様は甘えるように私の腰に腕を回し、私のお腹に顔を埋めてくる。
「でも、ルーカス様の迫真の演技、素晴らしい出来でしたわよ。『目の前に天使がいる……!』のあたりなんて、私、別室で必死に笑いを耐えていましたもの」
「ふふ、君に喜んでもらえたなら光栄だ。だが……『本物のエレノアが世界で一番可愛い』というのは、演技ではなく本心だからね?」
ルーカス様は上目遣いで私を見つめ、サファイアの瞳を揺らした。
「知っていますわ、ルーカス様」
私は愛おしくなって、彼の美しい漆黒の髪を撫でてあげた。ルーカス様は気持ち良さそうに目を細め、私の手にすりすりと頬を寄せてくる。
「……さて、エレノア。あの愚かな妹君だが、次は一体何を企んでくると思う?」
「さあ……手料理、惚れ薬と来ましたから、次はもっと大掛かりな『社交界での罠』あたりかしらね? 私を廃嫡に追い込もうとするとか、夜会で恥をかかせようとするとか」
「ふむ、なるほど。ならば次の準備も怠りなく進めておくとしよう。彼女が自爆すればするほど、君の素晴らしさが周囲に知れ渡り、私たちの仲が深まるのだから、私としては願ったり叶ったりだがね」
ルーカス様は悪戯っぽく微笑むと、私の手を引き寄せて、指先に一つ一つ丁寧にキスを重ねていった。
「私はいつでも君の味方だ、エレノア。君を害しようとする全ての障害から、君を守り抜いて見せる。……だから、ずっと私のそばにいておくれ」
「ええ、もちろんですわ。ルーカス様」
激しい勘違いをこじらせ、自滅の道を突き進む義妹リリアン。
彼女が次に仕掛けてくるであろう愚かな作戦を楽しみにしつつ、私は完璧な婚約者からの甘い寵愛を全身で受け止めるのだった。




