2
「さあ、お召し上がりくださいませ! 私の特製『王宮風・子牛のポワレ〜至高のハーブソース添え〜』ですわ!」
ジャーン、と効果音が聞こえてきそうな勢いでカバーが外される。
そこに現れたのは……うーん、なんと言ったらいいのだろうか。
見た目は確かに豪華だ。最高級の肉が使われ、色鮮やかなハーブや花びらが散りばめられている。だが、素人目に見ても分かるほどソースが分離しており、ハーブの香りが強すぎて、肉本来の香りを完全に殺してしまっている。
さらには、盛り付けにこだわりすぎたのか、料理はすっかり冷めてしまっているようだった。
(……料理長に無理を言って、高級食材だけを使わせて自分で仕上げたって言っていたけれど、基本が全くできていないわね。酷く口出ししたようね)
私は心の中でそっと溜息をついた。
貴族の令嬢が嗜みとして料理を学ぶことはあるが、リリアンは「見た目が華やかで高級そう」なことしか頭になく、味や温度、食べる人の好みのことなど一切考えていないのだ。
「あら、お姉様? あまりの素晴らしいお料理に、言葉も出ませんの? お姉様の作るあの『普通のスープ』や『普通の煮込み料理』とは、格が違いますでしょう?」
リリアンは扇子で口元を隠しながら、くすくすと上品ぶって笑った。
「私の繊細な味付けに、ルーカス様もきっとイチコロですわ。さあ、ルーカス様、温かいうちに……あら、少し冷めてしまいましたけれど、お召し上がりくださいませ!」
自信満々に身を乗り出すリリアン。
ルーカス様は一瞬、お皿の上の「物体」を不審物でも見るような目で見つめたが、エレノアとの約束を思い出したのか、フォークとナイフを手にした。
そして、一口だけ肉を切り分け、口へと運ぶ。
リリアンは期待に目を輝かせ、自分の勝利を確信した顔で見つめている。
『これでルーカス様は私の虜! お姉様との婚約なんて破棄して、私を選ぶはず!』という心の声が聞こえてきそうだ。
もぐもぐ、と一口噛んだルーカス様。
次の瞬間、彼の美しい顔筋がピクリと引きつった。
(あ、やっぱり……)
私は知っている。ルーカス様は実は、極端に強烈なハーブ(特にタイムとローズマリーの過剰使用)が苦手なのだ。そして、リリアンのお皿には、その苦手なハーブがこれでもかと山盛りになっている。
ルーカス様は静かにナプキンで口元を拭うと、フォークを置いた。
「……リリアン嬢」
「はいっ! いかがでしたか、ルーカス様!? 私の繊細な味付けと、溢れんばかりのセンスは……!」
期待に満ちたリリアンの問いかけに対し、ルーカス様は氷点下数十度の冷徹な視線を向けた。
「……まず、前提として一言言わせてもらおう。私は、ハーブの匂いがきつすぎる料理が非常に苦手だ」
「え……? あ、あら、でもこれは王宮で流行りの……」
「次に、この肉は完全に焼きすぎて硬くなっている上、ソースの塩と砂糖の分量を間違えているのではないか? やたらと甘ったるい中に、嫌な塩味が残っている。到底、提供できるクオリティではない」
「ひっ……!?」
ルーカス様の容赦のない毒舌が炸裂した。
リリアンは顔を真っ青にして絶句している。まさか「氷の貴公子」から、ここまで直球のダメ出しが飛んでくるとは思っていなかったのだろう。
しかし、ルーカス様の攻撃はそれでは終わらなかった。
「それから、君は先ほどエレノアの料理を『無骨で素朴』と貶めていたな?」
「た、確かに、お姉様の料理は庶民的で……」
「黙りなさい」
ルーカス様の静かだが威圧感のある声に、リリアンはビクッと肩を揺らした。
「エレノアの作る料理のどこが無骨だというのだ? 彼女は私の好み、私のその日の体調、さらには季節の食材の栄養バランスまで完璧に計算して作ってくれている! エレノアの作ってくれるスープ一杯には、彼女の深い愛情と細やかな気配りが詰まっているのだぞ!」
ルーカス様は立ち上がり、熱弁をふるい始めた。熱い。愛が重い。
「エレノアが私を思って作ってくれる料理こそ、世界で最も至高の絶品だ! 君のような、自分の自己満足のために食材を台無しにし、他者を貶めるためだけに作った料理など、エレノアの料理の足元にも及ばない! 一緒にするのもおこがましい!」
「な……ななな……ッ!?」
リリアンはショックのあまり言葉を失い、震えている。
ルーカス様は私の方を振り返ると、先ほどの氷のような態度が嘘のように、ウルウルとした瞳で私を見つめた。
「エレノア……私、口直しがしたい。君の作った、あの温かくて優しいポタージュが食べたいんだ……」
「ふふ、予想通りでしたので、厨房に頼んで少し作っておきましたわ。ルーカス様、あちらの小テーブルで召し上がります?」
「本当かい!? ああ、エレノア! 君はなんて出来た婚約者なんだ……! 愛しているよ!」
ルーカス様はリリアンの存在など完全に忘れたかのように、私の手を両手で包み込み、頬を擦り寄せてきた。
「そんな……そんなはずはありませんわ!」
そこへ、我に返ったリリアンが金切り声をあげた。
「ルーカス様! 騙されてはいけませんわ! お姉様は貴方を喜ばせるために、裏で手を回して料理人に作らせているだけに決まっています! 私の……私のこの繊細なアプローチが届かないはずがありませんもの! お姉様が何か汚い手を使って、ルーカス様を洗脳していらっしゃるんだわ!!」
(……出たわ、得意の超論理)
自分が負けた理由を「相手の不正」か「自分の運の悪さ」にしか帰結できないのが、リリアンの悪い癖だ。自分が失敗したとは1ミリも思っていないらしい。
「リリアン、私は何もしていませんわよ? 単に、ルーカス様の好みを熟知しているだけです」
「嘘おっしゃい! お姉様なんて、引き立て役の癖に……! いいでしょう、今回はお姉様の卑劣な罠に嵌まってしまいましたけれど、次はこうはいきませんわからね! ルーカス様の本当の運命のお相手が誰なのか、すぐに分からせて差し上げますわ!!」
リリアンは涙目になりながら決めゼリフ(?)を吐くと、ドレスの裾をひるがえして、バタバタと勢いよく応接室を飛び出していった。
……走っていく後ろ姿が、なんとも悲惨で滑稽である。
「……やれやれ。相変わらず話の通じない妹君だな。君はよくあんなのと一緒に暮らせているね、エレノア」
ルーカス様は呆れたように息を吐くと、私を抱き寄せて腰に腕を回した。
「申し訳ありません、ルーカス様。お見苦しいところをお見せしてしまって」
「いや、君の作戦通り、スカッとしたよ。それに……君の可愛い悪戯な笑顔も見られたしね」
そう言って、ルーカス様は私の額に優しくキスを落とした。
「さて、エレノア。約束のポタージュを食べさせてくれるかい? その後は……二人きりで、たっぷり甘い時間を過ごさせてほしいのだが」
「ええ、喜んで。ルーカス様」
激しい勘違いをこじらせ続ける義妹リリアン。
彼女が次はいったいどんな愚かな作戦を企んでくるのか、少しだけ楽しみになりながら、私は完璧で愛しい婚約者と共に、穏やかで甘い日常へと戻るのだった。




