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出戻り令嬢は真実の愛に包まれる  作者: 加賀藤 夢真


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9-2

 何から話すべきだろうか。ウィリアムにすべてを打ち明けて、なぜ自分と婚約したのか聞くほうがいいのか。

 いざその時が来れば、自分の決意がちっぽけだったことにオルレアは気づいてしまう。


(それでも真実を言わなくては……)

 顔を上げればウィリアムがこちらを見つめていた。黒に近い青色の瞳はいつでも誠実で、オルレアに対して憐憫や試し行動はない。

 そういうことなのだ――と体から余計な力が抜けていく。真摯に向き合う姿勢のウィリアムに、卑屈になったり猜疑心を抱いていたのはむしろ自分のほうではないのだろうか。


「少し外に出ましょうか」

 差し出される手に素直に触れれば、優しく包みこまれる。互いの手の温もりを感じながらバルコニーへと出た。

 夏の夜風は心地良く、緑と土の匂いに混じり甘い花の香りがする。

 先に口を開いたのはウィリアムだった。

「無礼を承知で聞いてください。もし我慢できなければ――どんな罰も受け入れる覚悟はあります」

 言葉の重さにオルレアは思わず怯むが、頷き返す。


 どうやらウィリアムも隠し事があるらしい。様々なことが頭を過ぎるが追い払い、彼に向き合った。

「あなたと辺境伯は仮面夫婦だった。いつからなのか、そこまではわかりません。私が知ったのはアラスター殿下がそう言った二年ほど前です」

 息を飲むとひゅっとオルレアの喉が鳴った。

(アラスター殿下が?わたしとロバートの仲を?)

 混乱する。そして今更どうにもならないのに。離婚までしているのに、他にも自分たちが仮面夫婦だったことに気づいた人間がいるのかという、不安に襲われた。


 オルレアの懸念が伝わったのか、ウィリアムは幼子に言い聞かせるみたいにゆっくりと説明する。

「安心してください。私とアラスター殿下以外、おそらく誰も気づいていません。あなたたちはとても上手く、いや完璧に理想の夫婦を演じていた。間違いありませんか?」

「……ええ」

 オルレアは深呼吸をしてウィリアムの手を少しだけ力を入れて握る。

「――仮面夫婦は最初からです。結婚式の夜、辺境伯から〝愛する人がいるから夫婦にはなれない〟と言われました」

 今度はウィリアムの手に力が加わって、オルレアはより温もりを感じらることができた。


「十四歳の時、アラスター殿下の婚約者候補の一人になったけれど、選ばれなかった。それからわたしは何かが足りないのだと感じて。辺境伯との結婚生活でも、最初の頃は頑張れば妻として認めてくれるかもしれない、と淡い期待を抱いた」

 その頃を思い出して、やるせなさに言葉がつかえる。

「でも結局わたしは女主人としての役目をこなす存在以上にはなれなかった。――また選ばれなかったの」

 ウィリアムが励ますように手の甲をさすってくれていたので、オルレアは続けることができた。

 劣等感を誰かに曝け出すのは怖くて抵抗もあったが、ただウィリアムに自分という人間をわかってもらいたいという思いだけがオルレアを奮い立たせた。


 それでも反応は直視できなくて、俯き加減で話す。

「ウィリアム様に声をかけて頂いた時も、領地経営を知りたいと仰られたので、そういう役目を望まれていると思ったのです」

「違う!俺は――!」

 反応の素早さと〝俺〟と言ったウィリアムに、オルレアは目を丸くする。

「すまない、大声を出してしまって。だが私はあなたに役目をさせたかった訳ではなく」

 言葉はじょじょに小さくなって、ついにウィリアムは目元を片手で覆って項垂れた。が、すっとその場に膝を着いた。

 男性に跪かれるなんて初めてだわ。無意識の照れ隠しなのか、オルレアは妙に冷静な思考に陥り、ウィリアムの光を弾いて輝く黒髪に魅入る。


「俺は部下になった時から、アラスター殿下に〝人を見る目を養え〟と言われ続けている。だがどうしていいかわからず、誰もが疑わないのにアラスター殿下だけに見えている仮面夫婦の観察を始めた。最初はどれだけ見ても噂どおりの理想の夫婦像だった。しかし、そのうちにあなたが見せる僅かに苦しそうな微笑みや寂しげな佇まいを知ったんだ。その後はもうあなたを見かける度に目で追っていた」

 なんだか一歩間違えれば狂気を覚える好意を告白されている気がしたが、オルレアは黙って聞いていた。

 ウィリアムは〝我慢できなければ罰を受ける〟と言っていたが、まだ不思議と許容範囲を超えていない。しかも敬語は消えて、手紙の時と同じ気安い言葉になっているのを彼は気づいているのかしら、と呑気に考えてなんだか心がくすぐったくて軽くなった。


「あなたが……離婚した時、具体的に動こうとは考えなかった。その時点でまだ俺はあなたたちが理想の夫婦だと。てっきり辺境伯をまだ愛しているのだと思っていた」

 その言葉は一瞬、オルレアの許容範囲の上限近くに達する。

「なぜそんなことを……」

 言いかけて我に返った。散々仲の良い夫婦に見えるよう欺いたのは自分たちで、ウィリアムを責める資格などない。むしろ彼のほうこそが正しい反応だった。


読んでいただきありがとうございます

6日が最終話です

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