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昼下がり。オルレアは、双子にかかる教育費の概算を書き付けていた。
財力の豊かなスティール家には本来無用だが、二人につい積極的に数字を教えているところを義姉に見られ『帳簿の計算は無理だけど』と提案されたのだ。
机の上にはさまざまな資料が積まれている。上級から中級までの家庭教師の平均的な謝金表、メルセイドラの王立学院だけでなく近隣国の寄宿学校や騎士学校などの案内書などがある。
「オルレア様。レスター伯爵家より贈り物が届いております」
銀のトレイに載る封筒とリボンがかけられた箱を受け取ると、家令は部屋を出ていく。
(帝国のお土産かしら?)
封筒は二通あり一通はアラスター主催の夜会の招待状だった。ウィリアムからの手紙を開けると、オルレアの予想どおりプレゼントは帝国からの土産だと記してある。
オルレアの鼓動がうるさいほど騒いだが、ゆっくりと深呼吸した。
(……落ち着いて。ウィリアム様のお心はまだわからないし、そもそも事務的な手紙ばかり送る方なのだから過剰な期待は禁物よ)
そう言い聞かせるもリボンを解く指先は震えた。
包装紙の中の箱を開けるとペンとインクのセットが入っている。添えられたカードには
【帝国製の疲れないペンと速乾性のインクを見つけた。使ってほしい】と書かれている。
オルレアは思わず目を丸くして、笑みをこめた溜息を零した。湧き上がったのは落胆ではなく納得だ。
(そうよね。ウィリアム様とはたった一度しか面会していないもの)
その面会も社交と帳簿の指導のようなものだった。
ウィリアムの帝国派遣中の文通で距離が縮まった気がしたが、実際はお互いのことを何もわからないままでいる。
(……考えてみれば、わたしはウィリアム様の趣味とか、何一つ知らない。でも――)
ウィリアムの手紙は【夜会で会えるのを楽しみにしている】と締めくくられていた。
オルレアは引き出しから便箋を出すと、受け取ったばかりのペンを手に取る。ペン軸は飴色のマーブル模様で、オルレアの瞳の色を意識してくれたのだろうか。
指に馴染む軸は軽くて、ペン先はなめらかに紙に文字を綴ることができた。余計な力を入れなくても思いどおり自在に動く。
インクも【わたくしも夜会を楽しみにお待ちしています】だけの短い文が、あっという間に乾いていく。これなら誤ってこすっても書き直さなくて済む。
(すごいわ……)
嬉しくなって続きに【この手紙は贈ってくださったペンとインクで書きました。本当に書き心地が良くて、インクもすぐに乾きます。
素敵なお土産を本当にありがとうございます。】
そう記すと、オルレアはペンを見つめてもう一度微笑んだ。
※
夜の帳が下りる頃、迎えにきたウィリアムの姿を見たオルレアの胸は嬉しさと安堵に満ちた。
(無事に帰ってこられて本当に良かった。でも、少し……お痩せになったかしら?)
帝国の食事は口に合うと手紙に書いていたから、帰国してからの仕事が忙しいせいだろうか。そんな事を考えながらまじまじ見つめているとウィリアムと視線が絡んで、咄嗟に俯いてその流れで腰を折る。
「こんばんは、ウィリアム様」
なるべく優雅に見えるように礼を取りながらも、頭の奥で彼の瞳と手を出さなかった髪飾りのブラックオパールが重なり、瞼を伏せて残像を消す。
「オルレア嬢。お待たせして申し訳ございません」
ウィリアムは約束の時間にやって来たので、この謝罪は帝国派遣から今夜までのことを言っているのだろう。
一瞬ためらって、真っ直ぐに見つめ返す。
「いいえ――お帰りなさいませ」
自信はなかったが自然に微笑むことができた。ウィリアムは瞠った目を逸らしながら、手を差し出してくる。
「さあ、参りましょう」
馬車に乗りこみ隣同士で座るものの、互いの間にはハンカチ一枚分ほどの距離があった。
オルレアがそっと窺うと、ウィリアムは一言も言葉を発さず考え事をしている素振りだ。そんな様子に、ウィリアムが婚約を決意した理由を聞くという、オルレアの意気込みは萎んでしまいそうになる。
(……焦る必要も諦める理由もないわ。機会を待ちましょう)
そう自分に言い聞かせて膝の上で扇を握った。




