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出戻り令嬢は真実の愛に包まれる  作者: 加賀藤 夢真


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30/39

8-2

 帝国博覧会の派遣団が全員無事に帰国したことを、オルレアは夕食の席でジェイコブから聞かされた。

 だがジェイコブは以前のようにあからさまな喜びを見せない。むしろ何か苛立っている空気を感じた。


 翌朝、ミルドレッドの手伝いをしていたオルレアは、ジェイコブの不機嫌だった原因を告げられる。

「ついにゼッタリング辺境伯が国王陛下の許しを得て、近々婚約を発表するそうよ」

 なるほど、とオルレアは納得するが、ジェイコブがそこまで機嫌を損ねる理由がわからない。

(わたしだってウィリアム様と婚約しているのに)

 しかもそのことは隠してもおらず周知されている。

 そんなオルレアの内心を読み取ったのか、ミルドレッドが声を落とした。

「相手の方、ヴィクトリア嬢だったかしら。妊娠なさっているのでは?と一部で噂になっているらしいわ」


(……あ)

 オルレアは腑に落ちる。

 その噂が本当ならば辺境伯夫婦に子ができなかったのは、妻でいたオルレア側に問題があったのでは、と人々は勘ぐるだろう。

 そんな事態に陥ればウィリアムが婚約を見直すかもしれない、おそらくジェイコブはそれを懸念しているのだ。


 オルレアが全身の血が足先からすぅと抜けていく気がした。

 社交界でオルレアが子のできない体だと揶揄されても耐えられるが、ウィリアムには誤解されたくなかった。


「……レア、オルレア」

 自分を呼ぶ声に我に返ると、気遣う表情のミルドレッドに覗きこまれている。

「大丈夫です」

 声を張ったつもりだが、震えてしまう。

「無理をしないでわたくしたちを頼って?それにヴィクトリア嬢の妊娠はあくまで噂よ。国王陛下がお認めになった矢先にこれではまた一波乱ありそうね」

 オルレアはミルドレッドの言葉に今度はしっかりと頷きを返すが、心は千々に乱れていた。


(……しっかりするの。落ち着いて)

 深呼吸をして、懸命に頭の中を整理する。

 離婚再婚が寛容だからか婚前交渉もそこまで忌避されない。が、ミルドレッドの言うとおり婚約もしないうちにとなると少し状況が変わってくる。

 王は一度認めたことを覆しはしないが、ヴィクトリアの妊娠が事実なら二人は白い目で見られるだろう。


 しかし二人は再婚不可期間中に堂々とダンスを踊ったほどなのだから、気にしていないのかもしれない。

 ここまで考えてオルレアは、心がまったく乱れていないことに気づく。

 二人に対して祝福や怒りや、ましてヴィクトリアが妊娠していて彼らが社交界で軽蔑されていい気味だ、という感情も湧いてこない。


 もう辺境伯とは違う道を歩んでいるのだと、強く実感すればおのずと思考がウィリアムに集中した。

(でも、ウィリアム様はしばらくお忙しいし、きっと疲れていらっしゃるはず。わたしから会いたいとは言わないほうがいいわ)

 早く話し合って誤解をとくべきだと思う反面、もっともらしい言い訳を並び立てて怖じ気づいている自分をオルレアは情けなく思った。

 (……それでも)

 なにか自分にできることはないかと頭の中を巡らして、前々から胸に秘めていたことの実行を決める。


「お義姉様。レスター伯爵家の執事に手紙を書いてもいいですか?」

 ミルドレッドの目が見開かれ、すぐに唇が弧を描いた。

「もちろん。家令に届けるように言いつけておくわ」

「ありがとうございます」



 ※



 オルレアは昼食を終えるなり自室に戻ると、レスター家の執事宛ての手紙を綴った。

 内容は、ウィリアムが婚約を決めた裏で兄の圧力があったかどうかだ。あくまでジェイコブの関与の有無だけで、ウィリアムの言動は尋ねない。そちらは彼から直接聞くべきだと思ったから。


 だがオルレア自身、執事からなにか聞き出せる可能性は低いと考えていた。早々家の事情を他人に話すなど、使用人としての資質を疑われる。

 それに執事が手紙の内容をウィリアムに報告するかもしれず、当たり障りのない手紙が返されるのも想定済みだ。


 オルレアはそれでも突き動かされるように文字を書いた。

 本当はウィリアムが帝国派遣中に実行したかったが、留守中に執事への手紙となると、家令がジェイコブに報告するおそれがあり機会を窺っていた。

 今ならもうジェイコブは手紙のことなど気に留めておらず、万一執事へ手紙を送ったことが発覚しても、ウィリアムの様子を知りたかったが忙しいと思ったので執事に尋ねたと答えるつもりでいた。

 ジェイコブがそれで納得するかはわからないが、おそらく今はそれどころではないのではないか。


 オルレアが手紙を家令に預けたのと入れ違いに、侍女が銀のトレイに載せた手紙を持ってくる。

「レスター伯爵様からのお手紙です」

「ありがとう」

 帝国からではないその封筒の宛名の文字は艶やかな光沢がある。はやる気持ちを抑えつつ、封を開けた。


【オルレア嬢へ

 元気だろうか?

 聞き及んでいると思うが、私は無事に帰国している。

 各官への報告書作成が忙しくて、しばらくは王宮に通い詰めで会う時間を作れそうにないが、アラスター殿下主催の夜会が予定されているから招待状を送る。

 一緒に参加してもらえれば嬉しい。


 また手紙を送る】


 この素っ気ない手紙がどれほどオルレアの心を満たすのか、きっとウィリアムは知らない。

 誘われた夜会もアラスター主催ならばおそらく部下の婚約者であるオルレアに、前夫の婚約者の妊娠についての不躾な言動をしてくる者は少ないはずだ。


 彼の心遣いが嬉しい一方、

(ヴィクトリア様の妊娠の噂はウィリアム様の耳に入っていないのかしら?)

 それともあくまで噂だと一蹴しているのか。

(そうね。あの方は噂に左右されたりせず、わたしを……)

 自分の都合の良い思考に流されかけて羞恥が襲ってくる。その両方を追い払おうと首を振っていると軽やかな足音が聞こえたので、逃げるように扉に向かうとノックがされた。

「「おねえちゃん」」

 双子の声にオルレアは扉を開けた。


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