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オルレアは双子と絵本を読んでいた。二人が好むのは少年の冒険譚で、幼い頃に自分が読んでいた薄幸な少女を王子様が迎えに来る、という要素は皆無だ。
主人公たちはいつだって運命を選び、自身の力で切り拓いていく。
「ただいま」
扉が少しだけ開いて義姉が顔を覗かせた。
「おかあさま、おかえりなさい」
双子が一目散にミルドレッドに駆け寄る。オルレアも立ち上がった。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。久しぶりのお茶会は疲れるわね」
そう言ったミルドレッドの横顔に疲労の色は見えない。ソファーに座るとレイファーを膝に乗せて、その横にハイウェルが体をくっつけて座った。
そんな様子を見てオルレアは少し笑う。
ミルドレッドが家を発つ時は「おるすばんなんて、へいきだもん」と二人は競うように言い合っていたが、やはり寂しかったのだ。
「博覧会の派遣団は、明日帝国入りするのですって。道中事故も事件も起きなかったそうよ」
(……良かった)
オルレアは安堵する反面、ミルドレッドに対して申し訳ない気持ちになる。
わざわざ茶会に出向いたのは社交もあるが、ウィリアムがいる派遣団の情報を得るためもあったのだろう。
今の社交界は博覧会の噂で盛り上がっているとらしい。高額なチケットを取り寄せ、帝国まで観覧に行く貴族もいるという。それくらい注目が集まっていた。
「あなたを連れていかなくて良かったわ」
先日届いた茶会の招待状は、ミルドレッドだけでなくオルレアとの連名だった。
だが、出席すればロバートとの離婚はもちろん、ウィリアムの婚約者におさまった経緯を根掘り葉掘り聞かれるのは火を見るよりも明らかだ。
離婚に関しては〝子どもができなかったから〟で押し通せばいい。確認はしていないが、ロバートもその理由を使っているだろう。
だがウィリアムとの仲を聞かれれば、どう答えるべきなのか。
(成り行き……解らない。そしてウィリアム様がわたしをどう思っているのかも)
そんなオルレアの迷いを感じ取ったのか、ミルドレッドは「ひとりで行くわ」と微笑んだのだ。
「……色々聞かれたんですね」
「質問は予想より少なかったわ。ただ〝いつの間にオルレア嬢とレスター伯爵が正式に婚約したのか?〟って恨み節がね。独身の娘を持つ夫人たちの目の怖いこと怖いこと。あなただったら射殺されてたんじゃないかしら」
ミルドレッドの軽口に茶会の光景が容易に想像できてしまい、苦笑する。
オルレアですら婚約は、いくら結婚不可期間を終えているとはいえ、早いと思う。
「とはいえ、隣国との小競り合いも収束しつつあるらしくてゼッタリング辺境伯の婚約発表も近いんじゃないかって、一部では噂だそうよ」
(ついにロバートがヴィクトリア様と婚約なさるのね)
やはり何の感慨も抱かなかった。二人を許すとか許さないとかではなく、オルレアにも少しくらいは原因があったのではないかと静かに事実を受け入れるだけだ。
「興味がないって顔ね」
「そんなことは……」
茶化されて否定するがミルドレッドは穏やかな笑みのまま、双子の頭を撫でる。二人は母が帰宅して安心したのか、大人の話がつまらないのか、ウトウトし始めていた。
やはりミルドレッドは離婚について何かを察しているのでは、と感じてオルレアは僅かに身構えるが。
「それでね、アラスター殿下の人気が再燃してるのですって。でも高嶺の花すぎて、ご婦人たちは諦め顔だったけど」
あっさり話題を変えられた。
義姉はいつもに寄り添ってくれるが、深く追求してこない。オルレアはそれがとてもありがたくて話を合わせる。
「……アラスター殿下はどんな女性を選ぶんでしょう」
オルレアが婚約者候補に選出されたとき、選ばれたのは華やかな侯爵令嬢だった。
(アラスター殿下と並ぶ姿はとてもお似合いだったけれど)
アラスターは侯爵令嬢に婚約破棄を言い渡して国全体が騒然となったのだ。
国王は怒り、弟を留学という名目で帝国に追いやる一方で、侯爵令嬢は修道院に入った。
メルセイドラでは婚姻歴のない女性が修道女になるのは極めて珍しく、一歩間違えれば国の繁栄に反しているとされてしまう。しかし侯爵令嬢に関しては王が理解を示したので批判は起きなかった。
(そういえばあの頃、お兄様は懲りもせずにわたしをアラスター殿下の婚約者に据えられないかとお父様に詰め寄っていたわ。……もう、ロバートとの婚約が決まっていたのに)
「そうね。国にとってより良い女性、かしら」
過去に思いを馳せていたオルレアは、ミルドレッドの声にハッと顔を上げる。
その言葉は真理で、とても重かった。
現国王夫妻には子がいないので、アラスターが王位継承第一位だ。
それゆえに彼の結婚は政略や家格などが複雑に絡むのは、想像に難くない。
オルレアが婚約者候補に選出されたときは、まだ国王夫妻が新婚だったこともあり、世継ぎ問題が浮上しておらず選定が緩かったと思われるが、今はそうもいかないだろう。
(……十四歳の頃とは何もかも変わったのね。そしてわたしも)
オルレアは机の上の花瓶を見つめる。そこには花が散ったプラムの枝だけがあり、揺れることもなく立っていた。
※
昼下がり。オルレアが自室で本を読んでいると、廊下が騒がしくなる。
双子が昼寝から目覚めたらしく、軽快な足音が扉の前で止まるとノックがされた。
「おねーちゃーん」
立ち上がり扉を開けると、しゃがんで二人の頭を撫でる。
「ノックが出来て偉かったわ」
二人は顔を見合わせて喜色を浮かべてから、封筒を差し出した。
「おねえちゃんにてがみだよ!えっとこれはお母様からあずかったものだから」
後半はオルレアの耳に囁くように言ったので頷いて笑い返す。
「ありがとう」
「もうすぐおちゃのじかんだって!」
ハイウェルがわくわくした様子で声を弾ませた。
「ええ。後でね」
「おくれないでね-」
レイファーに念を押される。走り去っていく二人に手を振り扉を閉めてから、手紙を確認するとレスター家の封蝋が押されている。
(ウィリアム様から……!)
ミルドレッドから情報は得ていたものの、無事に帝国に着いたことを実感して安堵する。
両手で胸に抱くように机の前に移動し、封を開けた。
便箋を開くと微かなインクの匂いが鼻をくすぐり、深呼吸する。
短い手紙はすぐに読み終えた。
(……また業務連絡のような手紙だわ)
それは失望ではなく安心をもたらし、口元を緩ませると体からも力が抜ける。
正直にいえばオルレアは少し不安だった。ウィリアムが婚約について後悔していないか、という懸念はこの約二十日の間何度も心によぎった。
もしかしたら帝国に向かう道中で冷静になり〝婚約の件は帰国したら解消の方向で話し合いを〟と書かれていたらと危惧したが、まったくの杞憂に終わった。
無論、ウィリアムがそんな不誠実な人物だとは思っていないが、人間の心は変わってしまう。
婚約がジェイコブとウィリアムだけで取り決められたことも大きかった。
(お兄様が姑息な手段で強要した可能性もあるから……)
それでもウィリアムはオルレアの心を尊重しようとしてくれていて、その気遣いに胸を打たれる。
もう一度ウィリアムの綴った文字を読んだ。
メルセイドラではようやく百合の硬い蕾が葉の中心から見えだした。
オルレアはどんな返事を書こうかと思いを巡らせながら立ち上がる。
(お茶を飲みながらゆっくり考えましょう)
手紙を引き出しに収めると、双子の待つサンルームへ向かった。




