7-4(ウィリアム視点)
ウィリアムは、宛がわれた博覧会関係者が泊まる宿舎の一室の机の前で、何度もペンを握ったり置いたりを繰り返していた。
まだ一文字も書けていない便箋の白がやけに眩しく感じて、つい目を逸らしてしまう。
(いや。逃げている場合ではない)
もう充分過ぎるほど時間が経った。これ以上引き延ばせば、オルレアに愛想を尽かされるだろう。そもそも愛想があるかは不明だが。
(いくら怒っていても、彼女なら弁明は聞いてくれる……だろう)
自分はこんな情けない男だったのか、と頭を抱えたくなるが、そんなことをしたって問題は解決しない。
ウィリアムは意を決してペンにインクを付ける。
【オルレア嬢へ
元気に過ごしているだろうか?
私は無事に帝国に着いて、明日から仕事が始まる。
まずは勝手に婚約を結んだことをお許し願いたい。
帝国に居る間あなたが不安に思わないよう、スティール卿と話し合って決めた。
あなた不在で進めたのは本当に悪く思っている。
だから以前の手紙にも書いたが私のことが重荷なら、そう卿に伝えて欲しい。あなたが我慢する必要はない。
一度しか、いや正確には三度か。話したことがない私のことを三ヶ月もの間待っているのは心許ないと思う。
そして、あなたに対する私の態度は不誠実極まりなく、待っていてくれと言える立場ではない】
ここまで一気に書き上げて、手が止まった。
この後に、なんて綴ればいいのか。
(返事を待っている、は厚かましいな)
だからといってこれで済ますのも、思わせぶりな気がした。
待ってくれと言えないと書いておきながら、待っていてほしい気持ちが滲み出ていて、我ながら女々しいと感じるが、ならどう書けばいいのか。
いっそ書き直すかと便箋に手を伸ばしかけて、これを破ってしまってもまた同じような文面にしかならないだろうと断念する。
【帝国のあちこちで、百合の花が咲いている。
白い花しか知らなかったが、たくさんの色があることに気づいた。】
(…………なんだ、この日記のような報告は)
ウィリアムは別に花が好きな訳ではないが、女性が花や宝石やドレスなど美しい物を好むことは知っている。それは一般論でもあり、それらに興味のない女性がいることも。
オルレアが花を好きかどうかは確認をしたことはないが、ゼッタリング辺境伯夫人の頃によく花を象った装飾品を身に着けていた。
観察し続けていた過去を辿っていると、不意に小さな違和感を覚える。
ウィリアムは記憶をより鮮明に思い出そうとするが、違和感ははっきりとはせず、結局諦めて便箋に向き直った。
(もしかしたら花の形のアクセサリーは辺境伯の好みの可能性もある)
どんな花のアクセサリーを着けていたのかと首を捻ると、また何か引っかかったがやはりわからない。
あまり花の話題を続けるべきではないな、と思いを改めるがやはり何を書いていいか悩む。堂々巡りで、苦心してようやく締めくくりの言葉を出す。
【帝国はメルセイドラよりも季節が早いようだ】
(俺は手紙のセンスは皆無だな)
ここまでくれば開き直るしかなかった。
そもそもこの手紙がオルレアに届くかは不透明だ。あくまで推測だが、スティール伯爵がウィリアムの手紙を握り潰している可能性が高いのだから。
溜息をつき、封筒に便箋を入れて窓を見遣れば外はオレンジ色に照らされ始めていた。
まだ間に合うだろうか。ウィリアムは立ち上がると、宿舎に案内される道すがらに見つけた郵便屋へ向かうために部屋を出た。




