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出戻り令嬢は真実の愛に包まれる  作者: 加賀藤 夢真


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24/39

7-2

 ほとんど眠れないままに、ウィリアムが帝国に派遣される朝を迎えた。

(結局、何も浮かばなかった)

 最初からわかりきっていたものの、やはり何もできない無力さを突きつけられると気持ちは落ちこんだ。

 のろのろと起き上がり、身支度を調える。

 朝食に何を食べたのかも、双子にどんな返事をしたのかも思い出せないまま、気づけばオルレアはミルドレッドの部屋の前に来ていた。


 指示に従って、懇意の貴族家に送る時候の挨拶状の準備をする。

 送付する相手のリストの整理や便箋や封筒を選んだりと、集中して手を動かした。

 それでも、ふと王宮のことが気になって窓の外を見てしまう。

(もう出発なさったかしら……)


「やっぱり手につかないわよね」

 ミルドレッドに言い当てられたオルレアは小さく頭を下げる。

「ごめんなさい」

「仕方ないわ。旦那様も酷なことを考えて。あなたに〝仕事を言いつけて見張ってろ〟ですって」

 ミルドレッドは肩をすくめるが、一瞬のうちに表情を真剣なものに変える。

「でもね、旦那様が心配なさっているのは本当なの。博覧会派遣団が通る東通りを一本逸れれば貧民街があるわ。派遣団を見送る人たちがごった返す中、何かあってからでは遅いもの」

「貧民街が……」

「知らなかったって顔ね。二年前ほど前に出来たのかしら。あなたは辺境伯家に嫁いでいたから仕方ないわ。――でもまさか本当に抜け出そうと考えてたの?」

 ミルドレッドの追求する態度に逆らえず、頷くしかなかった。


「考えましたけど……無理でした」

「そう、良かったわ。旦那様が心配性という皮を被った根性悪だという疑念も晴れたわね」

 兄を根性悪と言ってのける義姉に思わず笑ってしまうと、ミルドレッドもふっと頬を緩めてオルレアを見つめてくる。

「ずいぶん変わったわね。……正直、あなたがここに戻ってくると聞いたとき、どう対応していいか解らなかったの。だって、あなたと辺境伯は社交界では『理想の夫婦』と言われて、離婚するなんて誰も予想できなかったじゃない?」

 オルレアとロバートの内情を知らないミルドレッドの言葉はもっともだった。

「あなたとは面識があるとはいえ、わたくしが旦那様との婚約中にあなたは辺境伯家に嫁いで。領地が離れていることもあって大した交流もなかった」


「……そうですね」

 辺境伯という立場上、ロバートは領地を離れることは多くなかったし、オルレアはそんな彼の仕事を支える役目に徹していた。

 自然、王都から足は遠のき社交界に出るときは不自然なほど、仲の良い夫婦であることをアピールした。


「帰ってきたあなたを見て少し違和感があったの、上手く説明できないけれど。あなたは積極的にわたくしを手伝ってくれて、息子たちの面倒もみてくれて。取り乱したりもせず、静かで。でも時々考えるような、諦めたみたいな表情もしてた。離婚をしたなら当然よね。ましてや『理想の夫婦』だったもの」

 周りの目に映る自分の姿を言葉にされて、オルレアは息を飲んだ。それほどまでに観察されていたことに驚くとともに、ミルドレッドはオルレアとロバートの真実に薄々勘づいているのでは、と思った。

 その証拠に考えこむように口元に手を当てていたミルドレッドは軽く首を振る。

「少し喋りすぎたわね、ごめんなさい。仕事に戻りましょう」

「はい」

 オルレアは再び作業を始める。


 おそらくミルドレッドも信じられないのだろう。理想の夫婦たる辺境伯夫妻が『仮面夫婦』だったなんて。

(それも〝最初から〟だものね)

 そうミルドレッドに告げたら信じるだろうか。

 ふと、手を止める。

(……ウィリアム様も信じてくれる?)

 難しいかも知れない。


 他の国と違い比較的離婚がしやすいこの国で、お飾りの妻を五年も演じるなんて我ながら正気とは思えない。

(でも……あの時のわたしは、選ばれなくても役目を負うことで自分の心を誤魔化すしかなかった)

 惨めな過去のオルレアである辺境伯夫人の後ろ姿が頭を過ぎる。

 信じてもらえなくても、憐れみを受けても構わない。

(わたしは――ウィリアム様が帝国から帰ってきたら、真実を話す)

 それでウィリアムが離れたいと言うのなら、苦しいけれど受け入れなければ。

 〝役に立つために一緒にいる〟のはもう嫌だから。


「奥様、オルレア様、失礼いたします」

「何かしら」

 入室した侍女は薄紅の花が付く枝のブーケを手にしている。

「先程、レスター伯爵家の遣いからオルレア様宛てに届いた物です」

 オルレアは立ち上がり侍女に駆け寄っていた。

「使者の方は?もうお帰りに?」

 いつにないオルレアの差し迫った様子に侍女は後退りながら答える。

「はい。お帰りになられました」


 一瞬だけどちらにするか迷って、窓のほうへ向かう。

 玄関に足を向けても階段を下りる音を聞きつけて使用人に止められるだけだ。

 オルレアが窓に張りついて下を覗くも、道には人の姿はなく落胆の息が零れた。

「お茶にしましょうか」

 長椅子に座るまでミルドレッドの手に引かれた。触れる指先が温かくて、気持ちが落ちついてくる。


「すみません。取り乱してしまって」

 届けてくれた使者から今朝のウィリアムの行動や、ブーケを届けるよう手配したときの様子を聞けたらと思ってしまった。

 目の前にティーカップが置かれ、侍女が活けたブーケの花瓶がテーブルに添えられる。

「何の花かしら。桃……」

 ミルドレッドの声に、オルレアはウィリアムの手紙を思い出す。

「……プラム?」

 〝庭の薔薇は見頃で、プラムが蕾をつけ始めた〟と書いてあった。

 訪問も音沙汰もないオルレアのために贈ってくれたのだ。


「プラムなのね。可愛らしい花だわ」

 ミルドレッドはティーカップを口に運びながら微笑む。

「そういえば、プラムって……いいえ、一つではないものね」

「一つ、ではない?」

 首を傾げると、ミルドレッドは微笑を深くするだけで答えてはくれなかった。

(何のことかしら?)

 オルレアもティーカップを持ち上げながら、プラムの薄紅の花弁を見つめる。

 (どうかウィリアム様が無事に帝国に着きますように――)

 そう心の中で祈りを捧げた。


蛇足

プラム(すもも)の有名な花言葉は「誤解」

中国の有名な故事「李下に冠を正さず」が由来ですが

一方で「忠実」「貞節」などもあります


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