6-3(ウィリアム視点)
ウィリアムは溜息をついた。
オルレアとは初訪問後に一度返事が届いたきり、連絡が取れなくなった。
スティール伯爵曰く、『妹は体調がすぐれない』と。
返礼品リストを作り終えたオルレアは相当に疲れている様子だったので、すぐに帰らせたが。
やはり無理をさせてしまった、と後悔したのもつかの間。
手紙を送ろうとも花を届けようとも反応がなく、余程具合が悪いのかと心配して、スティール伯爵に問いただせば〝ご心配にはおよびません〟と躱されてしまう。
やきもきした日々を過ごしていれば、アラスターから〝男女の恋の駆け引きさ。まあ、オルレア嬢の場合は本人が真面目だから、兄が仕組んでいるのかもね〟
とウィリアムの憶測をそのまま言葉にしてくれて安堵したものの。
(本当にそうなのか?)
未だに胸に巣くう疑問が拭いきれていなかった。
オルレアが持っていたゼッタリング家の貴族名鑑。あれは本当はどういう意味を持つのか。
ウィリアムにとっては、彼女がまだ元夫を想っている証左に他ならない気がした。
深刻に悩む部下の様子に、アラスターが〝少し色恋の指導もするべきだったか……〟との呟きは届かなかった。
※
事態が動かず半月近く経った頃のある日。
王に呼ばれていたアラスターが淡い微笑を浮かべながら、執務室に帰ってきた。
ウィリアムは最近交流を始めた国の大使から届いた手紙の翻訳をしていて、慣れない言語に悪戦苦闘しているところだった。
「ずいぶん時間がかかっているな」
嫌味ではなく心配を含んだアラスターの声音に、素直に頭を下げる。
「申し訳ございません」
「それより、急ぎの用件がきた」
ウィリアムはペンを止めて言葉の続きを待つ。
「3ヶ月間帝国に行く気はないか?」
「――3ヶ月の出張ですか?」
アラスターは頷いた。
「半月後、帝国で行われる博覧会に我が国の宝石や伝統織物などを出展するのは知っているだろう」
「はい」
帝国では数年に一度、博覧会を主催している。今回はより大規模に執り行うということで、たくさんの名品が準備されているとウィリアムも聞き及んでいた。
「実は――その特使の一人が出展物横領未遂で捕縛された」
(馬鹿なことを……)
驚きよりも呆れた。
そんなことが露呈しないと本気で思ったのだろうか。犯人のひととなりは知らないが、愚かとしか言いようがなかった。
「その特使が語学堪能で、博覧会では通訳を担う予定だったらしい」
アラスターは軽く肩をすくめる。
「特使の横領未遂は国としての威信で公にはしないと決定した。だが通訳の穴を埋めなければならない」
「それで私が?」
「そういうことだ。それに出発式まで行われる上に国王陛下のお言葉もいただけるぞ」
アラスターが不敵な笑みを浮かべた。
(そうか。そんな大々的な行事に派遣されることが解れば、スティール卿も態度を軟化させる確率が高そうだ)
「スティール卿が抱きつかん勢いでお前との面会に駆けつけるんじゃないか」
思わず想像してしまったウィリアムは眉を寄せた。
「抱きつかれるのは遠慮願いたいですね」
「冗談はさておき。まあ、何事にも対価は必要でこの話を受ければお前は3ヶ月間帰ってこれない。それでもいいか?」
(オルレアから遠く離れるのは気が引けるが……この膠着状態がいつまで続くかも不透明だ。しかも今は近くにいたって会えるわけでもない)
それにオルレアが元夫を忘れられずにいるのなら時間が必要だ。
(俺はいくらでも待つが――)
そんな覚悟が胸に芽生えて思考も体も止まる。
呆然とそのままでいたが、決意に拳を握りしめた。
もう、彼女への好意を見て見ぬふりはやめるべきだ。
オルレアが誰を愛していようと支えたい、彼女を守りたいという気持ちをはっきりと自覚する。
「そのお話、お受けします」
ウィリアムは深く頭を下げた。
もう1話更新します




