6-1 届かない手紙
オルレアはまた規則正しい日常に戻った。
ミルドレッドの手伝いをして、双子の面倒を見、残った時間は読書や手慰みに没頭する。最近は間もなく催されるバザーのための小物作りをしている。
非日常をもたらしたウィリアムの手紙がもう半月近く途絶えていることを除けば、何も変わらない日々だった。
手紙が届かないことに対して兄も義姉からも言及はない。ジェイコブがミルドレッドに、口を出さないように言い含めているのか。本当にウィリアムから手紙がきていないのかはわからない。
(仕事がお忙しいのか――もうわたしができることはないからなのか)
あの訪問の翌日にウィリアムから菓子とともに返礼品リストなどの感謝を綴った手紙が送られてきた。
オルレアは儀礼的に『わからないことがあれば何でも相談してほしい』と返事を送ったが反応はなかった。
(わたしが力になれることはもうないのよ)
もう一度ウィリアムに手紙を書いても、ジェイコブが送ることを許してくれるだろうか。こちらから誘うなど安い女に成り下がるな、とでも言いそうだ。
ミルドレッドに頼んでジェイコブを介さず送るという手もあるが、ゼッタリング家に貴族名鑑を返す手配を秘密裏にしてもらったばかりで、また迷惑をかけるのは気が引けた。
そもそも文面さえ思いつかない。ウィリアムだって、時候の挨拶など受け取っても面倒なだけだろう。
刺繍の手を止めて窓を見れば、外が白っぽく見えるほど晴れている。
鳥の声も風の音もなく、双子の昼寝の時間も相まって怖いほどの静寂だ。
オルレアは再び図案通りに、布に針を刺し始めた。
※
夕食の時間。
ジェイコブは珍しくワインを飲んでいた。
(ずいぶんとご機嫌みたい。何かあったのかしら)
オルレアは訝しみながら、食卓を見回した。
ミルドレッドは夫の飲酒量を確認しながら、優雅にナイフとフォークを操る。
その横に座る双子が妙にソワソワしていた。落ち着きがないのはいつものことだが、なぜかオルレアのほうを見てきて、目が合うとハイウェルが何か言いたげな顔をする。
(どうしたのかしら?)
「こら、よそ見をしない。食事中でしょう」
「よそ見してないもん!」
ミルドレッドに注意をされて、皿と向き合うも暫くするとレイファーがオルレアを窺ってくる。
「なんだ?何か隠している顔だ」
ジェイコブのからかうような声に、双子の体が跳ね上がった。
「「なんでもない!」」
普段ならこの反応に追求の手を緩めないはずなのに、ジェイコブはグラスのワインを呷る。
(……何か、変だわ。子どもたちもお兄様も)
夕食を終えて、オルレアが読み終えた本を書庫に返すために廊下を歩いていると。
「おねえちゃん」
子ども部屋の扉の影から双子が顔を出す。
「寝る用意は終わった?早くしないとまたお母様に怒られちゃうわ」
「うん。あのね……これ」
オルレアはしゃがむと、差し出された物が封筒だと確認して目を見開いた。
「おねえちゃんのおなまえがかいてて、どうしてもわたしたくて」
ハイウェルが腹の前で拳を作っている。
「どこで……見つけたの?」
「「ごめんなさい!」」
二人が同時に勢いよく頭を下げた。
「おとうさまのおへやのおく……」
レイファーが怯えながら答える。
「隠し部屋に?」
「おひるにかくれんぼしてて」「かくれんぼでみつけた」
(……これは、まさか……)
おそるおそる受け取り、裏返せばレスター伯爵家の封蝋が押されている。
「どうしておとうさまが、おねえちゃんのおてがみをもってるの?」「きゅうだんしなきゃ」
〝糾弾〟という子どもには似つかわしくない不穏な言葉に驚くが、幼くても正義を抱いていることに胸を打たれる。
「いいの……。だってちゃんとおねえちゃんが受け取ったもの。ありがとう――でも、これは秘密ね」
声を潜めると、双子がオルレアに顔を寄せる。
「それと、二度とお父様のお部屋に勝手に入らない。約束できる?」
「「できる!」」
「じゃあ、指きりね」
オルレアの小指に小さな指が二本絡んで、離れていった。
書庫に返すつもりだった本に手紙を挟んで歩き出す。オルレアの足取りは自然と早くなり小走りで自室に戻った。
手紙は開封された形跡はなく、震える手で封筒にペーパーナイフを入れる。
【おそらくあなたがこの手紙を読むことはないと思う】
便箋に書き出された最初の文章に、オルレアの呼吸が一瞬止まった。
【スティール卿にあなたとの面会を求めても〝体の調子が悪く会うのは控えて欲しい〟と返事がくるばかりで。疑いたくはないが、本当なら体調はいかがだろうか?
もし私のことが重荷なら、そう卿に伝えて欲しい。あなたが我慢する必要はない。
だが、あなたに無事この手紙が届いたなら。
どうかあなたの言葉で気持ちをお聞かせ願えないだろうか。
私はそれに従うと誓う】
「……ふ、ふふ」
格式張った文面に報連相を足したような甘さの感じられない内容に、思わず笑ってしまう。
(でも、少しキザね)
オルレアは、ウィリアムが綴った文字を指先で辿った。期待してはいけないと自制しても、たったこれだけで心は揺れてしまう。
(……恋人同士はこんな手紙のやり取りをするのかしら?)
便箋を封筒に戻して机の引き出しを開ける。
躊躇ってから一度だけ、手紙を胸に抱いた。




