5-4 (ウィリアム視点)
ウィリアムと執事は並んで、遠ざかる馬車を見送っていた。
見えなくなっても立ちすくむ主人を感じ入ったのか呆れたのか、執事が口を開く。
「聡明で穏やかな方でございますね」
「そうだろう。――俺にはもったいな女性だ」
「どうでしょうか?とても繊細な方だとお見受けいたしました。辺境伯家を切り盛りするのは、さぞ荷が重かったのでは」
(だろうな。きっと彼女は夫である辺境伯のために血の滲むような努力をしたんだ。あの手帳と手入れされた貴族名鑑が物語っている)
オルレアが返礼品リストに没頭している隙を狙って、垣間見えた裏表紙の刻印をこっそり調べると予想通りゼッタリング家の紋章だった。
(オルレア嬢は愛する人のために、あそこまで……。そしてまだ彼女は元夫を思い切れず、辺境伯家の物を大切に持っている)
「何やら深読みされているようですが」
「深読み、か。当然だ、アラスター殿下の下令だからな。〝観察し、その人間が何を考えているのか分析しろ〟と」
ウィリアムの答えに、なぜか執事が深い息をついた。
「お坊ちゃまの分析は少々心許ないと申しますか……」
「〝お坊ちゃま〟はやめろ。それに俺の分析力が未熟なのは仕方ないだろう。アラスター殿下が正確すぎるんだ」
アラスターは人の心が読めるのでは、と疑うくらいの鋭い洞察力を持っている。
ウィリアムがこの先何十と年を重ねても、その域に到達できる自信はない。
「ではわたくしはこれからひとりごとを言いますので。聞き流していただけましたら」
「事前に断りを入れて、聞こえる声で言うのは最早ひとりごととは言わない」
澄ました顔の執事に、ウィリアムは呆れ顔を返しながらも耳を傾けた。
「オルレア様とゼッタリング卿は、義兄上夫妻様同様に仲が良くて有名だった、ということでしたね。それなのに――〝かわいらしい〟と老いたわたくしの言葉に過剰に反応されておられました」
「……まさかと思うが言われ慣れていない、のか?」
よくできました、と言わんばかりに執事がニコニコ笑う。
そんなことがあり得るか?確かに辺境伯は滅多なことでは表情を崩さないが、冷酷ではなく礼儀を重んじる性格だ。社交の場ではオルレアを常に気遣って。
だから、ウィリアムの義兄であるマーグレス侯爵夫妻とゼッタリング辺境伯夫妻が理想の夫婦だと令嬢たちの憧れだった。
(辺境伯はああ見えて口下手とか?しかし……愛する女性に対してなら無意識に〝かわいい〟とか〝きれいだ〟の褒め言葉は出るだろうに)
褒め言葉といえば。オルレアはそちらにも慣れない様子を見せた。
(いや、それどころか男性との距離に過剰に反応した気が……)
ウィリアムがオルレアの顔色を確認するために覗きこんだら――避けられた。思い出せば少し気分が落ちこむものの、思考に集中する。
(あれは、きっと辺境伯をまだ愛しているからであって)
そう結論づけるが引っかかる点が多くて、ウィリアムは首を捻るばかりだ。
抱いた疑念は消えずに胸の中に燻り続けるのだった。
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