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レスター伯爵家訪問の当日。約束の時間に遅れることなく、迎えの馬車が到着した。
ジェイコブは仕事に行く時間を遅らせてまで見送りに出てきて、馬車に値踏みの視線を走らせる様子にオルレアは内心溜息をつく。
(家長としては正しいけれど)
婚約前提とはいえ、ウィリアムがどれだけオルレアを丁重に扱うかを判断するのは当然だ。
しかしどう考えてもこちらが優位な立場だとは思えない。
ウィリアムはアラスターの側近で若く将来有望。かたやオルレアはといえば離婚歴のある身なのだから。
「いってらっしゃい。あまり気を張らないようにね?」
「「おねえちゃん。たのしんできてね!」」
(デートではなく、領地経営の指導、なのだけれど)
そう口にしたらジェイコブが怒りそうなので、ミルドレッドと双子に曖昧に微笑みを返す。
「行ってまいります」
ジェイコブに声をかければ、心なしか満足げな表情で頷かれた。
「不足のない迎えだ。お前も失礼のないように」
「はい」
オルレアは馬車の椅子に座ると手帳と貴族名鑑の入った鞄を両腕に抱える。
(楽しむことなんて何もないわ。役目を果たしに行くだけ)
※
レスター伯爵家の敷地は広すぎず狭くもない、ほど良い広さの庭で手入れが行き届いていた。
屋敷の外観は歴史を感じさせたが、こちらも邸内は廊下や家具は磨かれていて清潔だった。
(……想像していたより荒れていない?)
多くはないものの壁には絵画やタペストリー、金彩の大きな壺まで飾られていて、オルレアは戸惑いを隠せない。
(どういうこと?とても経済的に問題があるとは思えないわ)
ミルドレッドに尋ねれば、前当主には一人息子がいて、商家の娘と結婚したという。平民となった息子は妻と街で暮らし、前当主もその近所に住んでいると言っていた。
「こちらでウィリアム様がお待ちです」
案内されたのは、明かり取り窓から陽が差しこむ部屋だ。オルレアはその窓ガラスの大きさに再認識する。
(前伯爵はやはり堅実な方だったのね)
そして勝手な思い違いをした自分を恥じた。
「よく来てくださいました」
ウィリアムに挨拶されて、オルレアは気持ちを切り替える。
「ご招待ありがとうございます」
「どうぞ座ってください。まずはお茶でも――」
「ありがとうございます。ですがわたしは大丈夫なので、領地経営の方針を教えていただけますか?過去の帳簿なども見せてくだされば、より具体的な意見もできます」
屋敷内は静かで人の気配を感じなかった。
(もしかしたら最低限の使用人しかいないのかも。それなら手を煩わせたくない)
ウィリアムは目を見開いて、悩むように口元に手をやった。
(……あ。踏みこみ過ぎてしまったわ。過去の領地収支なんて他人のわたしに知られたくはないわよね)
慌てて訂正する。
「あの、帳簿は……見ても支障がない範囲で構いませんので……」
「ああ、そういう訳ではなく……すぐに用意させます」
ウィリアムはぎこちなく頷いて、案内をしてくれた男性に指示を出した。
(やはり抵抗があったのだわ。わたしは専門家ではないのだから、立場をわきまえないと)
「オルレア様。実はご相談がございまして」
部屋を案内してくれた男性――執事だろうか――が恐縮した様子で話しかけてきた。
「相談ですか?」
確認の意味でウィリアムを見ると首を縦に振ってくる。
「伯爵襲爵祝いの贈り物がたくさん届いてまして。これが面識のない方からもでございます。皆様の好みなどがまったく解らずに困り果てております」
オルレアは息を飲んで手元の鞄に触れた。
(これが役に立ちそうだけど……でも……)
一瞬出すのを躊躇するが、こういう事態を見越して持ってきたのだ。
(大丈夫。辺境伯家の刻印は裏表紙……見えないように気をつければ)
言い聞かせて鞄の中から貴族名鑑を取り出す。
「古い物ですから有用かはわかりませんが……。送り主のリストはございますか?」
「はい。こちらです」
執事が差し出したズラリと並ぶ貴族の名が書かれた数枚の紙と、開けた名鑑を照らし合わせて返礼品の候補を書き付けていった。
目の前ではウィリアムが、貴族名鑑とともに出したオルレア手書きの手帳を読んでいる。
真剣な瞳に恥ずかしさと同時に、心が満たされるような心地になった。
(……誤字があったらどうしよう)
オルレアの心配は貴族名鑑のページをめくるうちに消えていき、ゼッタリング辺境伯夫人の頃のようにひたすらペンを走らせた。




