4-2 ウィリアム視点
(スティール卿は本当にオルレア嬢を連れてくるのだろうか……)
ウィリアムはいつもより参加者を多く感じる広間を見て溜息をつく。
相変わらず貴族たちは〝ゼッタリング辺境伯と新恋人のヴィクトリア〟の話題で盛り上がっている。二人の仲が王の不興を買ったとの事実も重なり、結ばれない愛なのか、などの勝手な推測をくり広げていた。
そして、オルレアの動向も注目の的だ。
ようやく顔を見せた夜会で、元夫と恋人のダンスを見せられたのだ。元妻の心境は察するに余りある。
それを証拠にオルレアは再び表舞台から姿を消した。
この夜会に彼女が出席するという情報はアラスターからの助言前から、すでにウィリアムの耳にまで届いていた。
傷心の元妻を高みの見物に来た貴族もいるに違いない。
周りの人々が息を飲み視線が一点に集中した。ウィリアムも釣られてそちらに向くと、輝かしい貴婦人がエスコートされていた。
(2ヶ月前とは……別人のようだ)
――別人ではない。ゼッタリング辺境伯夫人の頃の華やかな姿のオルレアだった。ペールパープルの優美なドレスを纏い、結われた髪は緩やかな流れが美しい。ゆったりと歩く様は前回よりも遥かに堂々として見える。
(恋人とダンスを踊った夫に愛想が尽きたのか、それとも強がっているのか?)
ウィリアムは無意識に目でオルレアを追いかけてしまう。
(本当になぜ俺はこんなに彼女にこだわってしまうんだ?)
心の奥底を今はまだ知りたくなくて、上辺だけの理由にたどり着く。
(……アラスター殿下は〝たまたまダンスを踊った無害な令嬢の不幸を願うか〟と言った。あれと同じ――観察対象にした女性の不幸を見たくない。それだけだ)
瞬く間にスティール伯爵とオルレアが男性貴族たちに囲まれる。その面々を見れば大半が結婚歴のある独身当主だった。
ウィリアムの目を一際引いたのが、三度離婚をした子爵だ。子爵は裕福だが、それ以外は抜き出たところのない人物だった。
(……スティール卿の食指は動かないだろうな。伯爵家は金銭的にまったく困っていない。欲しいものは名声か権力だ)
現にウィリアムの名を聞き、アラスターの側近だと言い当てた。地位に敏感だった。
オルレアがアラスターの婚約者に選ばれなかったことを、スティール伯爵はまだ引きずっているのかもしれない。
(それは当人であるオルレア嬢が一番傷ついたことだろうに。自力ではなく、まだ妹を利用する気か)
ウィリアムの腹の底にチリチリと怒りが生まれる。
オルレアを守りたい――だが、どうやって?
再び、少し離れた先にある人の輪を観察する。
オルレアに群がる男たちがゼッタリング辺境伯元夫人にふさわしいか見極めようとして、やめる。
(俺に何の権利があるんだ。そんなことをすればスティール卿と同じじゃないか)
自戒して視線を逸らそうとするも、どうしても気になってオルレアを見てしまう。
背筋を伸ばした優雅な佇まい、扇で口元を隠して時折頷いている。彼女と見合えた男は一様にやに下がる。相反してスティール伯爵が不快げに眉を寄せる。オルレアはそれを感じ取り俯き加減になる。一連の成り行きの後。
ふいに彼女が遠くを見るような繊細な表情を見せた。
覚えのある横顔だった。
ゼッタリング辺境伯夫人だった頃は扇で隠し通していた、前回の夜会で前夫と恋人が踊っている時の、感情が抜けた顔色。
暫くするとスティール伯爵とオルレアを取り囲んでいた貴族たちが離れていく。
スティール伯爵が体よくあしらったのか。それを機にその場を離れようとするオルレアに、兄が念押ししている。
歩き出すオルレアを見て、遠巻きに女性たちが囁き合った。その様子に目もくれず、こちらに向かってきたオルレアはウィリアムに気づく。
琥珀色の瞳を軽く瞠ると口を開きかけたがどちらもすぐに消して、カーテシーを取る。オルレアはこちらの反応を確認することもなく、軌道を変えて人の少ない壁際に身を寄せた。
その態度にウィリアムの中で焦燥感に似たものが芽生えて、少し迷ってからオルレアに近づく。
「――こんばんは」
「ご機嫌よう、レスター伯爵様」
完璧な微笑と挨拶を返され、ますます焦りが募った。
「私は……正式な襲爵には時間が在りまして、まだ伯爵ではないのです」
この前はレスター姓を名乗ったものの、まだいうなれば〝仮〟の状態だった。自虐を交えた言葉のつもりが、思っていた以上に硬い声になってしまいウィリアムは拳を握る。
「失礼いたしました。マーグレス侯爵令息様」
「いえ、謝罪が欲しかったのではなく――」
話題がなくて思わず口をついて出ただけだ。
しかしオルレアがウィリアムをマーグレス家の息子だと認識してくれていることに、ほのかな喜びを感じる。
(調べてくれたのか)
駄目だ、過度に自惚れるな。スティール伯爵から教えられた可能性もある。
ずっとウィリアムは、気づかれないようオルレアを観察していただけだった。だが今は認知されている。そう思うと不思議と高揚感を覚えたが、オルレアの所在なさげな様子に我に返った。
「本当に申し訳ない。……その、正式に伯爵家当主になっていないとはいえ、すでに家は継いだ状態でして」
叔父も最初は息子の短慮軽率に憤激していたものの、義娘やその実家が常識的で、貴族家を狙っていたわけではないことが解った。するとさっさと隠居を建前に、息子夫婦の家近くに居を移した。
ウィリアムも家族に勧められて、レスター伯爵の邸宅で生活を始めていた。
「私は次男とはいえ連れ子で自由に育ったため、領地経営などまったく解らず。あなたに声をおかけしたのは、色々教えていただけたらと思ったのです」
「わたしが、ですか?」
オルレアがきょとんとする。離婚したとはいえ自分と同じ年齢である彼女の若やかな素の反応にウィリアムが目を細める間もなく、押し隠された。
〝なぜ、わたくしを選んだの?〟オルレアの全身が雄弁に語る。
「あなたの――経営手腕は社交界では有名だ」
ゼッタリング辺境伯夫人として、とは口にしなかったが一瞬瞳を翳らせたオルレアに罪悪感を抱く。
(それ以外に口実を見つけられない……)
「お兄様であるマーグレス卿に教えていただくことは?」
想定内の質問にウィリアムは答える。
「兄は多忙で。それに結婚もしておりますから邪魔をするのも」
我ながら勝手な理由だ。こちらの都合ばかり押しつけている、と内心頭を抱える。
お互い探り合うがごとく黙りこむが、何かを察したオルレアが先に口を開いた。
「ご事情は把握しました。ですが、わたくしの一存では決められません」
「ありがとうございます。あなた以外に頼みたい方が思い浮かばなかったのです!」
無意識に言ってしまった本音に、またオルレアが驚いた顔を見せた。
(辺境伯の隣で微笑んでいた表情よりも、こちらのほうが彼女らしい気がする)
なぜそんな傲慢な気持ちが湧いたのか、ウィリアムは困惑してそれを打ち払うと頭を下げる。
「スティール卿に相談して参ります」
ともすれば小走りになりそうな足を抑えつつ、スティール伯爵の元へ向かった。




