4-1 出会い
オルレアが振り返ると、抑えた色調の上下服を着た長身の男性が立っていた。
やや年上だろうか。黒髪に黒青の瞳を持ち、面差しは端正で生真面目な表情を浮かべている。憐れみや嘲笑を向けられていないことに安堵した。
(でも……誰なのか、わからない)
実家に戻って羽根を伸ばしている自覚はある。辺境伯領にいた頃は時間に追われて自分の時間が持てなかったが、今は優しい義姉と可愛い双子の甥、ジェイコブだってオルレアを利用しようと画策しなければ良い兄なのだ。
一応、夜会に向けてミルドレッドから最近の社交界の話題や動きなどの助言を受けたのだが。
「どこかでお目にかかっていましたら、誠に申し訳ございません」
「いえ。初めてご挨拶させて頂きたく」
彼がやや視線を下げたことに、オルレアは微かな違和感を覚えるが笑みは崩さない。
「私はウィリアム・レスターと申します」
「……レスター様」
頭の中でカチリと記憶が重なり、膝を曲げて姿勢を低くする。
「失礼いたしました。この度は伯爵家ご襲爵おめでとうございます」
「レスター卿は確かアラスター殿下の側近でございましたか。妹が失礼を」
割りこんできたジェイコブの声に、オルレアは顔を上げて目の前の人物を見た。
(アラスター殿下のご側近……?)
ウィリアムは困ったようにも不愉快なようにも見える面持ちだ。
「スティール卿。オルレア嬢に非はございません。私が急に話しかけたのです」
(この方……庇ってくださった?)
「それは良かった、妹は社交が久しぶりですので。粗相をする前に失礼いたします」
ジェイコブの目配せに、オルレアはもう一度ウィリアムに軽く礼をしてその場を離れる。
「――まあまあ有望な男の目を引けたな」
耳を塞ぎたくなるようなジェイコブの言い草に、頬が強張るのを感じて俯いた。
(ウィリアム様は……そんな対象としてわたしに話しかけてくれた?)
オルレアは否定する。
ただの好奇心よ――でも、礼儀正しくて、庇ってくれて……いいえ。
もう一度心の中で首を振る。
(きっと、同情ね)
息をはき出すと気持ちが少し晴れて、オルレアは前を向いて歩けるようになった。
※
その夜会以降、意外にもオルレアの日々はまた規則正しいものに戻る。
ジェイコブが策を巡らせているのはわかっていたが、穏やかな日常を享受した。
そんなある日の夕食後。呼び出された執務室には少し困り顔のミルドレッドも同席していた。
「明日、夜会に行くので用意をしておくように」
オルレアは重ねた両手にギュッと力をこめる。
未だ社交界はロバートとヴィクトリアの話題で持ち切りらしい。
〝二人はいつ結婚するのか〟と。
だがこれも一筋縄ではいかない。
思いのほか早く二人が夜会でダンスを踊ったために、国王が難色を示しているという。
いくら再婚に寛大でも冷却期間も必要で、あまりに短ければ不貞や浮気を疑われる。
それに離婚をした女性には7ヶ月の〝再婚不可期間〟が法にあるため、男性側もその間は行動を慎むという不文律があった。
(ロバート様はそれを守らなかった……)
夜会の出席程度なら問題はないが、エスコートをしたうえにファーストダンスを踊ったのは限度を超えている。婚約を結んだ相手としか許されない行為だ。
そんな中オルレアが夜会に出席するということは、再び好奇の目に晒される。今度は前回以上だろう。
「お前に会ってみたいという男たちは存外多いぞ。再婚不可期間が明けるまで後ひと月ほど。そろそろ本格的に動かねばな」
「あなた、言いすぎよ」
ミルドレッドは控え目だが強さを帯びた口調で窘めると、柔らかい眼差しをオルレアに向けた。
「最近外に出ていなくて退屈でしょう?少し気分を変えていらっしゃいな」
「……はい」
「そうだ。夜会にはアラスター殿下もいらっしゃる」
ほくそ笑むジェイコブに、訝しみながら首を傾げる。
「鈍いやつだ。アラスター殿下はまだ独身であらせられるぞ」
オルレアは呆れて体から力が抜ける。
(鈍いのは……お兄様のほうだわ。私を利用することばかり考えて)
アラスターが過去に選ばなかった女性を、今更顧みるような人間に見えるのだろうか。
確かに彼は婚約破棄騒動を起こして留学という建前で一年間帝国での生活を余儀なくされたが、帰国してからは身を粉にして王を支えている。
今のオルレアは、醜聞の中心にいるゼッタリング辺境伯の元妻。
アラスターはもう自ら問題を起こし混乱させるような人間ではない。王族としての品位や立場をわきまえているはずだ。
「あなた!」
ミルドレッドの鋭い声に、さすがにジェイコブは緩めていた頬を引き締めて家長として威厳ある顔を取り繕う。
「ともかく、明日は夜会に出席するように」
「今夜はわたくしが子どもたちを寝かしつけるから。ゆっくりなさい」
ミルドレッドの温かな手で肩をさすられて、オルレアは小さく頷いた。




