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玄関ホールで待っていたジェイコブは、オルレアを値踏みするかのごとく、何度も視線を上下させた。
「……地味すぎるな」
「そんなことない。おねえちゃん、きれいー!」
「きれいだもん」
「お前たちは寝る時間だろう。早く部屋に戻りなさい!」
一喝されたハイウェルとレイファーが、ミルドレッドのそれぞれの手に引かれて奥に戻っていく。
お休みなさい、と声をかけて振り返る双子に手を振り体を戻すと、ジェイコブの視線がイヤリングで止まっていることに気づいた。
(もう、見破られてる?)
オルレアの背筋が冷えるが、ジェイコブの顔から厳しさが薄まる。
「――急いで安売りすることもないな」
はっきりと聞こえた言葉に、兄と義姉は起点や着地は異なるが思考回路が似ているのかも、とオルレアは思う。
ブルー伯爵家に向かう馬車の中で、ジェイコブは「軽率な行動は絶対にするな」と念押ししてきた。
(〝再婚不可期間〟中だから、滅多なことはないと思うけど……)
何よりまだオルレアを望む男性などいるのだろうか?
(次は……お父様くらい年上の方かしら)
それが嫌なわけではない。オルレアが怖いのは、また夫婦の信頼が築けない関係だ。
(……恋したり愛しあったり……は無理でも、お互い偽りのない間柄でいたい)
馬車を下りた瞬間からオルレアは注目されていた。
扉に施された紋章を見ればどの貴族の馬車かすぐにわかるし、伝手を使えば事前に出席者を把握することもできる。
「うまくやれ」
屋敷の入り口前でジェイコブに囁かれて、オルレアは前だけを見た。
軽く息を吸って、ロバートのことを――否、ゼッタリング辺境伯の妻だった自分を思い出す。
手をかけるジェイコブの腕に力がこもった気がして見上げると、他人を見るような表情を向けられていたがすぐに視線を逸らされた。
(……うまくできた?)
オルレアは淡く微笑み、ジェイコブとともにブルー伯爵の元に向かった。
※
ブルー伯爵への挨拶も終わり、オルレアはジェイコブの隣で微笑していた。
心に蓋をした空っぽの笑みを窺うように、貴族たちは引っ切りなしに声をかけてくる。
ジェイコブの横顔を盗み見て即座に対応を察知し返答を形にするのは、辺境伯夫人であった日々の再現で自然にできた。
突然、入り口のほうが騒がしくなる。
オルレアが入場したときよりも、大きなさざめき、いやざわめきだった。
(何かしら?)
「ようやくお出でだ」
ジェイコブの声が耳に落ちてきて、その言葉の意味を理解するため、入り口に目を凝らす。
「あ――」
オルレアは声をもらしてしまったが、口元の扇が拾って隠してくれた。
ロバートとヴィクトリアが堂々とした姿を現す。
(お兄様は、この夜会に二人が来るのを事前に掴んでいたのね……)
軽く息を落としてジェイコブを見上げると、彼の目線は忙しなく周囲の反応を確かめている。
おそらくオルレアの、かわいそうな元妻としての演出が成功したか確認しているのだろう。
(――つくづく利用されてばかり)
ロバートが、ヴィクトリアを伴い広間を進んでいく。
貴族たちは蜂の巣を突いたような騒ぎだ。令嬢たちはそこかしこで落胆の声を上げ、令息たちはヴィクトリアの品評を始める。年嵩の貴族は眉を顰める者と静観する者と面白がっている者たちにわかれていた。
そんな中でロバートとヴィクトリアは中央まで歩くと、ぴったりと互いの体を密着させて、踊り始める。
興味はないものの、オルレアは二人のダンスを見つめた。
ヴィクトリアは――いつものように自分の魅力を最大限に引き出した装いだが、少々表情が硬い。
(彼女でも、緊張することもあるのね)
ロバートは――微笑みはない。少し……気が張っているのだろうか。
(そうよね。早いもの)
ヴィクトリアに泣きつかれたのか、ロバートが彼女への愛の深さを証明したかったのか、オルレアにはわからないし知りたくもない。
広間の注目を集める二人のダンスが終わり、見つめあい礼を取る。
(次は……わたしの番)
オルレアが見世物になる時間――。
(でも)
なるべく儚げな表情を浮かべてジェイコブに言った。
「少し……外の空気を吸ってきてもよろしいですか?」
ジェイコブは方眉を上げ、咳払いを一つする。
「目の届かないところには行かないように」
「はい。お兄様」
好奇に満ちた眼差しを投げつけてくる貴族たちを躱してバルコニーに向かう。
早足でも、弱々しすぎても駄目。調整は難しかったが、『話かけないで』と全体から出した。
感情的だと思ったが、元夫と新恋人のダンスを目の当たりにした後だ、動揺するのも無理はない、程度に気を遣ってくれたのか。オルレアは誰にも声をかけられることなく無事にバルコニーに出ることができた。
(早く帰りたい。……お兄様の目論見は済んだし)
手を伸ばして欄干に触れた瞬間。
「突然お声をかける非礼をお許しください」
(誰!?)
オルレアは聞き覚えのない声と、欄干の冷たさに体を震わせた。




