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エピローグ 幸せな昼下がり

 ヴァルターがたどたどしくもなんとか呪文を唱え終えると、虹が現れた。小さいけれど七色に輝く、とても綺麗な虹だ。


「やったあ! おとしゃんと一緒!」

「すごいな、ヴァルターは天才だ!」

 はしゃぐヴァルターとハインツの声が庭園に響き渡る。ふたりを囲んでいる子どもたちや教育係、侍女に護衛たちも笑顔で喝采を送っている。


 その様子をエルゼはガゼボから見守っていた。

「すごいですね、ヴァルター殿下は」

 エルゼにひとりの令嬢が話しかける。

「本当に。あの子があんなに努力家だとは知らなかったわ」


 エルゼは令嬢に向けて微笑んだ。

 あれから一ヵ月が経った。事件は『病気療養中の第一王子が錯乱し、王太子の嫡男を誘拐した』とだけ公表されている。

 ヨーゼフが悪魔術に傾倒し甥の眼球を奪おうとしたことや、隣国の青年貴族と元王太子の婚約者が関係したことなどは伏せられた。


 ジーモンはヨーゼフの攻撃により重傷を負ったが、なんとか命をつなぎとめた。

 そして怪我が治った先日、改めて王太子妃暗殺を指示した件と、ヴァルター王子誘拐の件により、秘密裏に処刑された。


 自害したカロリーネもまた、一命をとりとめた。けれど国王、ハインツ、ギーツェン公爵家で相談した上で、『事故死』したことになった。そして名前を変え、今は山奥の修道院に入っている。


 カロリーネ自身はエルゼとヴァルターに死んで詫びたいと望んでいた。けれどハインツと国王が、『ヨーゼフの魂のために祈りを捧げてやってほしい』と伝えると、生きることを受け入れた。


 彼女は知らないが、助かったのはヨーゼフのおかげだった。

 カロリーネが自害したと聞いたヨーゼフは呆然と、「ハインツは最愛の相手を助けられるのに、私はできないのか……」と嘆いた。

 ハインツへの憎しみに捕らわれていても、カロリーネを大切に思う気持ちは変わらぬままだったらしい。


 そしてヨーゼフは、持てる魔力すべてをカロリーネの怪我の治療と身体の回復に当てた。

 そして術者の命を削る悪魔術の使い手であったヨーゼフは、カロリーネの完治を見届けたあとに息を引き取った。

 そのことをカロリーネは知らない。公表上ではヨーゼフは敗北を悟って自害したことになっている。


(カロリーネ様とヨーゼフ様が幸せになる未来はなかったのかしら。どうしてヨーゼフ様はそんなにも大切だったカロリーネ様よりも、弟への憎しみを優先してしまったのだろう)


 いくら考えてみたところで、エルゼに答えがわかるはずもない。ただ、次に生まれてくる子が竜眼の持ち主でなかったとしたら、自分が盾になり悪意から守ろうと固く決意をするのだった。


「ほう、ヴァルターはハインツよりもレベルが上かもしれぬな」

 背後から聞こえてきた声に、エルゼも令嬢も立ち上がる。

 国王がにこにこしながら、虹にはしゃぐ孫を見ている。


「魔術師たちの見解が出そろったのだがな、エルゼ」

 はい、と答えるエルゼ。

「ハインツもヴァルターもリーデルシュタイン開祖以来の竜の力の持ち主かもしれぬ」

 驚き、ヴァルターとハインツを見るエルゼ。


 ふたりが竜に変じたことは、トップシークレットになっている。

 それがどんな影響を貴族社会や周辺諸国に及ぼすか、まったくの未知数のためだ。

 

「エルゼ」と国王は微笑む。「ふたりの手綱を頼んだぞ。彼らを御せるのはそなただけだろう」

(そんな、重大な……!)


 あのときエルゼのキスでハインツもヴァルターも人の姿に戻ったけれど、もちろんそうなるとわかってやったことではない。

 ハインツがいつもそうしてくれていたから、同じように返しただけ。なんとなくしたことに過ぎないのだ。


 それでも竜となったふたりが人の姿に戻れたのは、エルゼの臆しない行動のおかげだったことは間違いない。

 エルゼは微笑むと「家族のためですもの、がんばりますわ」と国王に答えた。


「ママも見て見て――!!」

 いつの間にやらハインツに肩車されたヴァルターが、エルゼに両手を大きく振っている。

「ぼくが虹を出したの! すごいの!」

「ええ、ヴァルが出すところを見ていたわ。ママ、とても驚いてしまったわ」


 ガゼボを出て、エルゼは家族の元へ向かう。

「んとね、次はママが好きなお花を出せるようにする!!」

「む。父もヴァルからお花がほしいぞ」

「おとしゃんも? ぼく、がんばるね!」

「ふふ、楽しみね」


 エルゼがふたりのそばまで行くと、ヴァルターが両手を伸ばしてきた。

 肩から降ろされたヴァルターをエルゼが抱っこする。

 こてんとママの胸に肩を預け、嬉しそうににまにまするヴァルター。


 そんな甘えん坊のヴァルターの頭を、ハインツは優しくなでた。

「たくさん魔法を使って、疲れたものな。少し休憩をしようか」

「うん!」


 ハインツはエルゼの腰に手を回すと、額にキスを落とした。そして――

「私は世界一の幸せ者だ」

 と、誰にともなく呟いた。

「まあ、私だって世界一です」

 エルゼはハインツに笑顔を向ける。

「素敵な旦那さまに迎えに来てもらえて、可愛い子供に恵まれて――」


 エルゼの胸に様々な想いがこみ上げる。

 アーデルの身代わりで見知らぬ相手と初夜を過ごす決意をした日から今まで、様々なことがあった。

 嬉しいこともつらいことも。

 そしてそれはこれからも、きっと沢山あるだろう。


「だからみんなでもっともっと幸せになるよう、全力を尽くしますわ」

「そうだな」

 笑顔でうなずくハインツ。

 ヴァルターも、おそらく意味はわかっていないけれど「ぼくも!!」と嬉しそうに声をあげる。


 エルゼとヴァルター、ハインツの三人は笑いあいながら国王の待つガゼボへ歩いて行った。


《おしまい》


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