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番外編・身代わり初夜におけるハインツ

エルゼに再会したときの、ハインツのお話です。

 どうしてエルゼが処刑されなければならなかったのか。

 その必要があったのか。

 きちんと議論されたうえでのことだったのか。

 もしそうでなかったなら。エルゼを殺したこの国を、私がこの手で終わらせてやる――


 それが自分のひとりよがりな憤りであることはわかっていた。


 愛するエルゼが不遇をかこっているのを知りながら、助けようともせず、本当の名を名乗ることすらしなかったのは、私自身だ。


 けれど彼女が家族の罪のせいで連座となったなど、とうてい納得しがたいことだった。

 真実を探り、復讐を遂げるためならば政略結婚でもなんでもしてやる、そのためにならば悪鬼にでもなろう。


 そういう覚悟でシュピラー国へ乗り込んできた。

 けれど対面したアーデル王女は、人徳がありそうな聡明な女性だった。彼女を利用するのは気が引けると思わなくもない。


 そう悩みつつも無事に挙式を終え、お披露目のために彼女を迎えに行った時だった。

 柱の陰からひっそりとこちらを伺っている侍女に気がついた。気配も服装も控えめで、なぜ私が彼女を認識できたのかは、わからない。


 けれどその侍女の顔を見たとき、雷に打たれたような衝撃が走った。


 エルゼだった。


 記憶の中の彼女より成長しているが、間違いない。

 どういうことだ。処刑されたのではなかったか。

 王女の部屋でなにをしている――


 目まぐるしく思考が巡り、彼女にも助けてくれる人がいたのだろう、それがアーデル王女だったのだろうと結論づけた。


 エルゼは私に見つめられて戸惑っている。この容姿では私がかつて共にひと夏を過ごしたヘンリヒだとは分からないだろう。

 今すぐ抱きしめ、会いたかったと伝えたい気持ちでいっぱいだ。だが、彼女はきっと微妙な立場に違いない


 はやる気持ちを抑え、にこりと微笑むだけにとどめる。

 エルゼは生きていたのだ。時間はある。


 なんとかアーデル王女を説得して、離婚するのが先だ。

 調査によれば、彼女は今でも元婚約者を愛している。ふたりが結婚できるよう計画を立てることと引き換えならば、離婚の承諾は得られるだろう。


 ああ、だがエルゼ。はやく君にヘンリヒだと名乗り出たい。



 扉の向こうは夫婦の寝室で、アーデル王女が私を待っているはずだ。

 このときを、エルゼに再会して以来ずっと待っていた。

 初夜の寝室ならば、誰も邪魔しにこない。離婚について、ゆっくりと話し合うのに最適の状況だ。


 ドアノブを掴み、扉を開く。

 なぜか室内は暗い。灯りが一つもともっていない。けれど私の竜眼ならば、問題なくよく見える。


 部屋の中央にはどっしりとした天蓋付きのベッドがある。その上には、しどけない姿のエルゼが――


 ……ん?

 エルゼ……?


 ベッドの上で露出の多い夜着を着ている女性がエルゼに見える。

 錯覚だろうか?

 それとも彼女が生きていることを知って舞い上がりすぎた私の、重すぎる欲望が見せる幻影か?

 彼女がこんなところで、私を待っているはずがない。


 だが。

 どう見てもエルゼだ。

 優しげで線の細い容姿は、力強く凛としたアーデル王女と見間違いようがない。


「……お許しください。恥ずかしいので、このままでお願いしたいのです」


 部屋の中からか細い声が聞こえて来て、我に返った。

 この声はアーデル王女のものだ。

 

 寝室は暗く、普通の人間ならばベッドの上にいる女性の顔は見えない。そして声はアーデル王女。

 つまりエルゼとアーデル王女は共謀して、エルゼがアーデルとして私との初夜を迎えるよう仕組んでいる。


 なぜ――なんてことは、どうでもいい。


 これは千載一遇のチャンスだ。

 私はあの夏の日にエルゼに恋し、ずっと彼女だけを思って生きてきた。エルゼより素晴らしい女性に会うことはなかったし、エルゼより愛しいと感じる女性と知り合うこともなかった。


 けれど、エルゼは?


 元婚約者を愛しているかもしれない。

 かつてほんの短い期間ともに過ごした少年のことなど、忘れているかもしれない。


 だけどここで私がエルゼを抱いてしまえば。

 彼女は私のものになるのではないか?

 愛はあとからついてくるのでも構わない。

 今この機会をいかさなかったら、今度こそエルゼを永遠に失ってしまうかもしれないのだ。


 それならば、騙されたふりをしてエルゼを抱いてしまおう。


「……なるほど。わかりました」

 そう答える声は、自分のものとは思えないほど不自然だった。喉が乾き、うまく声が出ない。

 だけどエルゼもアーデルも気づかない。


 静かに扉を閉め、ベッドに近づく。


 エルゼが私を見つめている。緊張した面持ちだけれど、その目には確固とした意志がある。

 なにかしらの強い決意をもって、ここにいるのだろう。

 エルゼは一見か弱いように見えるが、心根は強い。そういうところも好きだった。


 震えそうになる手をなんとか伸ばし、エルゼの頬に触れた。

 柔らかく、温かい。


 エルゼは生きている。

 諦めたはずの恋を、私は取り戻せるのだ。


 愛している、エルゼ。

 きっと明日には、直接告げられることだろう。


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