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17・2 竜の力

 丘が突然、爆発的な光に包まれる。


「な……!?」

 ちょうどエルゼの背から剣を引き抜いたばかりのヨーゼフは、まぶしさに目をつむった。

 それでも瞼を閉じているとは思えないほどの光を感じる。

 強い風が吹きつけ、しりもちをつくヨーゼフ。それと同時に――


 オオオオォォォン……!


 聞いたこともない咆哮が轟き渡った。鼓膜が震えるほどの轟音に、思わず両手で耳を塞ぐ。


 オオオオォォォン……!


 バサリ、バサリと謎の音も聞こえてくる。

 ようやく眩しさを感じなくなったヨーゼフが目を開けると――


 雨は止み、代わりにヤグルマギクの青い花びらが舞っていた。それが目の前に倒れている血まみれのエルゼの上に降りそそぐ。


「なんだ……?」


 オオオオォォォン……!

 バサリ、バサリ


 音は空から降ってくる。ヨーゼフは顔を上げた。


 竜が飛んでいる。

 大きい黒い竜と、小さい黒い竜。

 二頭の竜が咆哮を上げながら、丘の上を円を描くように飛んでいる。

 バサリと翼が動くと、野に咲くヤグルマギクの花びらが空中に舞い上がる。

 またバサリと動くと、舞い上がった花びらがエルゼに降りそそいだ。


「……りゅ……う……? まさか、そんな」

 呆然としたヨーゼフは、答えを求めるかのように弟がいた方向へ顔を向ける。

 けれどそこには誰もいなかった。


「ハインツ?」

 オオオオォォォン……!


 弟の返事の代わりに、耳をつんざく咆哮が轟く。

 ヨーゼフは竜を見上げる。

「……ハインツ……?」

 オオオオォォォン……!


 それは返事なのかなんなのか。ヨーゼフにはわからない。ただ見渡す限り野原に弟の姿はなく、エルゼも、その下にいるはずの甥もヤグルマギクの花びらに隠れて姿は見えなかった。


 ヨーゼフが呆然としていると、数人の魔術師たちが出現した。


「ハイン――なんだあれは!」

 一斉に空を見上げて絶句する魔術師たち。

「竜、だ」

 彼らから僅かに遅れて現れた国王が、空を見上げて噛みしめるように言った。

「二頭いる」


 それから地面に座り込んでいる息子に視線を向ける。


「ヨーゼフ。エルゼ妃はどうした?」

 問われたヨーゼフは答えなかった。けれど国王は、彼の前に青い花びらが不自然に山を作っていることに気づく。



 エルゼはふと目を開いた。視界いっぱい綺麗な青色が広がっている。

 一瞬状況がわからず混乱する。


(なにこれ。甘い香りがする。花? 私どうして青色に包まれて眠って――)

 すぐにすべてを思い出すエルゼ。


「ヴァルター!」

 抱きしめていたはずのヴァルターが、いない。

 バッと身を起こす。と、頭上から声が――


「大丈夫かね――って、血まみれではないか!」

 エルゼがかけられた声の主を見ると、国王だった。

「ヴァルターがいないんです! 確かに抱きしめていたはずなのに!」

 そのとき――


 オオオオォォォン……!


 聞いたことのない咆哮が空から降ってきて、エルゼは空を見上げた。

「竜……?」

 大きいのと小さいのと二頭の黒い竜が、空を優雅に飛んでいる。


「恐らくあれがハインツとヴァルターだ」

 国王の言葉にエルゼは息をのんだ。

「……記録には、かつては竜になれる竜眼の持ち主がいたと記されている。でも、てっきり作り話なのだとばかり……」


 魔術師のひとりが呆然と呟く。


「どうすればヴァルターとハインツ殿下は戻るのですか!?」

 エルゼの問いに、国王も魔術師たちも「わからない」と力なく答えた。

「それよりもエルゼ、怪我を見せなさい。魔術師たちが治すから」

「あ……」

 そういえば刺されたのだったとエルゼは思い出す。ヴァルターが消えたことですっかり忘れていた。

 けれど気を失う前に感じていた激しい痛みも、震えるほどの寒さも、今は感じなかった。

 背中に触れてみても手に血がつくだけで、怪我はみつからない。


「ヴァルターとハインツ殿下が助けてくれたのね」

 エルゼはそう言って、二頭の竜を見上げた。


「ふ、フフフフフ!!!! ハハハハハハ!!!! あれがハインツと子どもだと!?」

 突然、ヨーゼフが哄笑し始めた。身体を二つに折り、腹を抱えて笑っている。

「どれほど強かろうが、竜は王になれぬ! いい気味だ!」


 ひとりで笑い転げるヨーゼフ。

 そんな彼に冷ややかな一瞥をくれると、エルゼは両手を空に向かって広げた。


「ヴァルター、ハインツ殿下! ケガは治りました! 助けてくれてありがとう! どうぞ、私の元へ戻ってくださいな!」

エルゼの呼びかけに、二頭の竜はゆっくりと地上に降りて来た。そしてエルゼの前に並んですわる。


「ヴァルター」と、小さい竜にエルゼは両手を伸ばした。

 竜はエルゼに向かってぐっと頭を下げる。

 近くで見ると、竜の身体は黒曜石のような黒い鱗で覆われ、瞳は金色をしている。その、どこかヴァルター味を感じられる目を見つめながらエルゼは竜の両頬に手を添えて、「大好きよ、ヴァル」と額にキスをした。


 しゅるるるるという音と共に白い煙があがり、次の瞬間ポンッと破裂音がして竜の姿が消えた。

 代わりに目をまん丸に見開いているヴァルターが、座っていた。


「ヴァル!」

「ママ!」

 ひしと抱き合うエルゼとヴァルター。


「あのね、ヴァルはママが好きなの。ママが痛いのイヤなの」

「ええ、そうね。ありがとう、ヴァル」

 エルゼは涙を浮かべてヴァルターの頭を丁寧に撫でる。

「だからね、なおってほしかったの。おとしゃんも」


 エルゼはうなずき、ヴァルターを国王に預けると今度は大きな竜に向かって「ハインツ殿下!」と両手を広げた。


 こちらの竜もエルゼの顔の位置まで頭を下げた。やはり宝石のように美しい黒い鱗に覆われ、瞳が金色に輝いている。頭部にはねじ曲がった二本の大きな角が生え、一見獰猛で恐ろしい。けれど目だけは穏やかで、エルゼを慈しんでいるように見えた。


「ハインツ殿下」

 エルゼはヴァルターにしたのと同じように両頬に手を添えると、背伸びをして額にキスをした。

 先ほどと同様に音と煙が上がり、竜は消えハインツが現れた。


「エルゼ!」

「殿下!」

「ああ、よかった! エルゼを亡くすのかと思ったら、身体が弾けてなぜか竜に――。でもよかった。愛している、エルゼ」

「私も愛してます殿下」


 強く抱きしめあい軽くキスをするとふたりは離れ、ハインツがヴァルターを腕に抱く。

 それから三人と国王は、ヨーゼフを見た。


 魔術師たちに囲まれたヨーゼフは憎々し気にハインツたちを睨んでいる。

「ハインツ! こうなったならば一対一で勝負しよう! どちらが真に優れているかの決着をつけるのだ!」

 そう叫んだヨーゼフに答えたのは、ハインツではなく国王だった。

「ヨーゼフ」と、淡々と話しかける。「カロリーネ嬢が『責任を取る』と言って自害した」 


「そんなっ!」

 エルゼが叫び、ハインツがその肩を抱く。


「ジーモンという男に、お前の命が惜しければ従えと脅されたらしい。だがあの男を仲間にしたのはお前だな? ならばお前がカロリーネ嬢を殺したも同然だ」

 ヨーゼフの顔から、憑き物が落ちたかのように表情がなくなった。

「魔術師が数人治療に当たっている。だが、助からぬだろう。お前が大人しく投降するのならば、彼女に会わせてやる」


 ヨーゼフはがくりと肩を落とすと、諦めたように目を閉じた。

 


きのう、予約を間違えて21時アップ分を12時にアップしてしまいました。

21時に読みにいらっしゃた方、申し訳ないです。


そして今夜21時に完結します。

エピローグと、ハインツの番外編(身代わり初夜のハインツ視点)の2話アップします。

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