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17・1 対峙

 それからは、なにが起きているのかエルゼには――いや、ハインツとヨーゼフ以外にはよくわからなかった。


 ふたりは魔法の激しい戦いを続けている。

 ただ、シールドを張りつつ、ヴァルターを避けながら攻撃しなければないハインツのほうが明らかに分が悪い。


 なにか打開策はないかと必死に考えるエルゼ。カロリーネはこの状況を望んでいないようだけれど、ヨーゼフの足元で泣き崩れているので味方になってくれそうにない。


 ただ守られているだけでは、ハインツについてきた意味がない。

 どうすれば――とエルゼが思ったとき、突如周囲に数人の魔術師が現れた。ハインツの命により来た援軍だ。みな一斉に攻撃態勢に入る。


 それを見て舌打ちしたヨーゼフは攻撃を止め、代わりにヴァルターを胸の前に掲げた。


「ヴァルター!!」

「攻撃するなっ!!」

 ハインツが魔術師たちを制する。


「……お前たち、第一王子たる私を攻撃するのか? こんな、どこの馬の骨が生んだともわからぬ幼児のほうが大切だと?」

 ヨーゼフの自嘲めいた声。

「ひとつだけ、言っておこう。私はカロリーネを利用するなど知らなかった。そこの男の企んだことだ。まったく、愚かなことを――」


 ヨーゼフは言い終えたのと同時に、片手を横に振った。次の瞬間、ジーモンの身体が後方に吹っ飛ぶ。大量の血を腹からまき散らしながら。


 ぐしゃりと、床にボロ雑巾のように落ちるジーモン。

 それにハインツたちが気を取られた隙に、ヨーゼフはヴァルターを抱えたまま姿を消した。


「ハインツ殿下! ヴァルターが!」

「ああ……。どこへ行った。兄上が行きそうなところ……どこだ」

 眉を寄せ、口を引き結ぶハインツ。 

「ああ、ヴァル……」


 エルゼは手を胸の前で組み、ぎゅっと目をつむる。

 また彼が自分を呼んでくれないか、居場所を知らせてくれないかと願う。


「……丘……」


 か細い声がした。カロリーネだった。

 エルゼが目を向けると、彼女は蒼白な顔でこちらを見ていた。


「郊外の……あなたたちがピクニックに行った、あの丘かもしれない。昔、ヨーゼフ殿下が話していたの。『リーデルシュタイン始祖の竜が最初に降り立った』という言い伝えがあるって」

「その話は私も兄上から聞いた」

 ハインツはうなずくと、呪文を唱え始めた。



 ハインツと彼に抱きしめられたエルゼが丘に出る。

 いつの間にか雨脚は強くなっており、ざあざあ降りの中でヨーゼフが地面に膝をついていた。振り上げた手には短剣が握られている。

 その前に、目をつむり横たえられているヴァルター。


「ヴァル!」

 エルゼが叫ぶのと同時に、ハインツが無詠唱の攻撃を放つ。

 飛び退って避けるヨーゼフ。ハインツたちがすぐに追って来るとは思わなかったのだろう、さすがに焦りの表情を浮かべている。


 お互いに視線を外さず対峙するハインツとヨーゼフ。どちらも身構えたまま、相手の出方を伺っている。

 応援の魔術師が来るには、まだ少し時間がかかる。王宮から離れた丘まで、すぐに転移魔法で移動できるのはハインツたちぐらいだからだ。


 エルゼはヨーゼフを見ながら、視界の端でヴァルターを捉えじりじりと近寄る。


 ヤグルマギクが咲く草原に直に横たえられ、強い雨にさらされているヴァルター。深く眠っているのか、ピクリとも動かない。

  

「兄上、やめましょう」

 ハインツが悲壮な声で呼びかけた。

「こんなことをしても――」

「うるさいっ!!」


 ヨーゼフの怒声と共に、その身体から大量の魔力が放出された。

 意図したものではなかったそれは、とてつもない威力を発した。ヨーゼフを中心に烈風が吹き荒れ、エルゼとハインツは吹き飛ばされる。 


 そしてヨーゼフ自身も虚脱状態となり、その場にがくりとひざをついた。

 けれどすぐに自分の有利を悟る。

 地面に寝かされていたヴァルターは、飛ばされることなくすぐそこにいる。いつの間にか落としていた短剣を再び手に取ると、ヴァルターに這いずり寄り、大きく振りかぶった。


「ヴァルター!!」

 死に物狂いで立ち上がったエルゼが駆け寄り、ヴァルターとヨーゼフの間に飛び込む。愛息子を守るようにぎゅっと抱きしめたその背に、ヨーゼフの短剣が深々と刺さった。


「エルゼ!!」

 叫び立ち上がるハインツ。

 エルゼは答える代わりにカハッと音を立てて、口から大量の血を吐き出した。


(ヴァル……、ハインツ殿下、ヴァルを守って……。ヴァル、私の可愛いヴァル……)


 薄れいく意識の中でエルゼはヴァルターの名前を呼んだ。


 ――意図せぬ妊娠出産だったけれど、後悔をしたことはない。むしろヴァルターがいてくれたからこそ、エルゼは強く生きることができた。

 

 ヴァルターはエルゼの人生で一番の宝物で、なんとしてでも守りたいものだった。けれど、それはもう難しそうだ。


(ごめんね、ヴァル。ママはダメみたい。パパと幸せになってね……) 

   

 エルゼが最期の息を吐く。

 そのとき、彼女の脳裏にカッと見開く目が見えた。黒い瞳が金色に輝く。

 さらに、もう一度。同じ光景が続いた。




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