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16・2 竜眼

「エルゼ? どうした、エルゼ!?」


 激しく体を揺さぶられていることにエルゼは気づく。

 いつの間にかハインツに肩を掴まれ、心配げに顔を覗き込まれていた。


「今、ヴァルターの声が聞こえたのです……」

 脳裏には金色に輝く黒い瞳が浮かび、それから――


「どこかの場所が見えました。一瞬でしたけど。薄暗くて、朽ちかけた円形の大広間のような……。あ、でも雨が降っていたようにも」

 見えたものを懸命に思い出し、伝えるエルゼ。

「廃神殿だ!」


 すぐさまハインツが反応する。

 王宮の敷地の端にある建物で、かつては竜を祀るための神殿だったという。大昔に地震で崩れ、その後新しい神殿を建てたために放置されている。


「私は先に転移で向かう。誰か、魔術師たちに後に続くよう伝えよ! ――エルゼ!?」

 指示を出すハインツの腕に、エルゼがしっかりと抱きつく。


「私も行きます!」

「君は――」

「ヴァルターたちが移動したらどうするのです?」

 ハインツをまっすぐに見つめるエルゼ。絶対に譲らないという気迫がある。


「あの子が状況を知らせられるのが私だけならば、私が行くほかないですよね!?」

 ハインツは苦しそうにエルゼを見つめる。

 数秒葛藤する様子を見せていたものの、すぐに息を吐いてうなずいた。


「君は絶対に私が守る。無理はするな」

「ええ、もちろん!」


 断言するエルゼ。それを聞くとハインツは呪文を唱え始めた。



 エルゼとハインツは廃神殿の礼拝堂に転移する。

 ドーム状の天井が一部崩れ、そこからしのつく雨が降りこんでいる。

 そして祭壇の前では三人の男女がもみ合っていた。


「お願い、やめて!」

 懇願する女性とそれを羽交い絞めにする男。

 そして中心にいるのは長い銀髪をひとつに束ねた青年で、その腕に、まるで荷物かのように乱暴に掴まれているのは――


「ヴァルター!!」

 エルゼが叫ぶ。思わず駆け寄ろうとするのを、ハインツが止めた。


 三人の男女が一斉にエルゼとハインツを見る。

「ヴァル! ヴァルター、ママよ!」

 エルゼは必死に叫ぶ。けれどヴァルターは青年の腕の中でぐったりとして目を閉じている。


「……兄上」

 ハインツが銀髪の青年――ヨーゼフ元王太子に声をかける。


「チッ、なぜここがわかったんだ」

 そう吐き捨てるように言ったのは、ヨーゼフにすがりついていた女性――カロリーネを羽交い絞めにしているジーモンだった。


 エルゼがようやく、カロリーネとジーモンに気づく。「なぜ」と呟くと、涙まみれの顔をしたカロリーネはエルゼから顔を背けて肩を震わせ始めた。

 一方でジーモンはエルゼを憎々し気に睨むと、「絶対にお前を許さない!!」と叫んだ。


「兄上、ヴァルターを返してくれ」

 ハインツがエルゼを庇うように自分の背後に押しながら、前に一歩出る。


「断る」

 冷然と告げるヨーゼフ。

 父親によく似て繊細そうな容貌は、女性的で非常に美しい。けれど肌は青ざめ、紫色の瞳はなぜだからんらんとしている。

 

これ(・・)は私の素材だ」

「素材?」

「そう!」

 喜色満面のヨーゼフ。その顔はひどく不気味だった。美しいはずの顔に、エルゼもハインツもなぜかおぞましさを感じる。


「私はようやく手に入れることができるのだ! 竜眼を!」

 歓喜にまみれたヨーゼフの叫び声。息をのむエルゼ。

 ヴァルターの目をヨーゼフが奪おうとしている。息子の危機と、ヨーゼフの狂気にエルゼの身体が小刻みに震えた。

「なにをバカなことを……」

 ハインツもあまりのことに呆然としている。


「バカなことではないっ!」

 一気に悪鬼の顔になったヨーゼフが髪を振り乱して怒る。

「竜眼さえあれば、誰も文句は言わぬ! 私こそが次の王たる者だとみな認めるだろう!」

「眼球なんて変えられないし、変えたところで兄上に竜眼の能力が引き継がれるわけではないのですよ! 目は力の顕現のひとつに過ぎないとご存じでしょう、兄上!」


「黙れっ!! お前になにがわかる!!」

 ヨーゼフが左手をブンッと真横に振った。

 とたんにエルゼとハインツは腹に激しい衝撃を感じて後ろに吹っ飛ぶ。


 どさりと床に落ちるエルゼとハインツ。


「いい気味だ!」

 ジーモンの哄笑が礼拝堂に響き渡った。

「エルゼ、大丈夫か」

「ええ、ハインツ殿下は?」

 痛みはひどく全然平気ではなかったけれど、エルゼは微笑むとなんとか立ち上がった。

「ああ、問題ない」

 ハインツは答えると立ち上がり、エルゼの前に出るとすばやくシールドを張った。


「お前には私は攻撃できないだろう?」

 ヨーゼフは笑うと、ヴァルターを掲げる。

「……どうでしょうね」


 ハインツは慎重に答える。けれど先ほど受けた攻撃に、内心では驚愕していた。あれを呪文もなしに瞬時に発動するのは、以前のヨーゼフでは絶対に無理なことだった。

 となると考えられるのは、悪魔術を習得したということであり、現在のヨーゼフの力は未知数ということでもある。


「そこで見てるがいい」

 ニヤリと笑うとヨーゼフは祭壇の上からなにかを取った。

 それが短剣だと気づいたエルゼが悲鳴をあげる。

 やめて、と弱々しくすがるカロリーネ。


 構わずヨーゼフがナイフを振り上げる。

 


たびたびの宣伝ですみません。

『私は悪役令嬢らしいので、ラスボスを愛でる係になることにしました』

こちらのコミカライズが、コミックグロウルで始まります!

4月6日(月)からです。

ぜひよろしくお願いします!

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