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13・2 すれ違い

 オペラ座からディナーをとるレストランまでは馬車で移動する。


(どうしよう。ジーモン様が迎えにきたことを、いつお伝えしよう。今夜はせっかくのデートだから殿下にあんな話はしたくない。けれど今お伝えしないと、余計に印象が悪いかしら)


 揺れる馬車の中でエルゼは煩悶していた。

 その様子にとなりに座るハインツが気づかないはずがない。


「どうした、エルゼ? 気もそぞろではないか」

 ハインツは心配そうな表情をしている。

「仕方ない状況だったとはいえ、嫌な話を聞かせてしまったな。怖がるのもむりはない。どうか安心してくれ。あんなクソ男は君にはけっして近づけやしない」


(殿下をこんなに心配させてしまっている……)

 その申し訳なさにいたたまれなくなる。エルゼは「実は……」と、リーデルシュタイン王宮に来た晩に、ジーモンが自分を連れて逃げようとしたことをすべて話した。


 エルゼの話を聞いているハインツの表情が、どんどんと強張っていく。


「ごめんなさい、お伝えするのが遅くなってしまって。ジーモン様のことは好きではないけれど、それでももし厳罰に処せられたら気の毒なような気がしてしまって。あのころはまだ、あなたのことをよく知らなかったし」


 そうこうするうちに、ジーモンの件はすっかり忘れてしまったのだとエルゼは力なく説明した。

「あの晩にそんなことがあったのか」

「お伝えしていなくて、ごめんなさい」

「いや、うん……。再会したばかりだったのだ、私に打ち明けづらいと考えても仕方ない。エルゼに何事もなくてよかった。――ここに残る判断をしてくれたことも。ありがとう」


 ハインツは自らに言い聞かせるかのように言うと、いつものようにエルゼの手にキスをした。

 けれども声も表情も仕草も、普段よりもずっと不自然な硬さがあった。


(どうしよう。気を悪くしてしまったのだわ。どうしてあのとき、きちんと報告しなかったのかしら)

 後悔しても、どうにもならない。それにもし時間が巻き戻ってあの晩を繰り返すことになったとしても、そのときもきっと同じように伝えずにいるだろう。


(でもけっして、ハインツ殿下不愉快にさせたかったわけではないの)

 エルゼはそう思ったものの、口に出したら余計にハインツに気分を害するような気がして、なにも言うことができなかった。



 そのあとのデートは散々だった。ハインツは普段通りだったのに、エルゼのほうが彼が見せた強張った表情を忘れられず、申し訳なさからギクシャクとしてしまったのだ。

 その結果、デートのあともずっと、ふたりの間には微妙な空気が漂っている。すでにあれから二日ほどが経っている。


「せっかくのふたりきりの初デートだったのに」

 目にいっぱいの涙をためて、エルゼは鏡の向こうのアーデルに訴える。鏡話だ。


「う~ん、そうねえ。残念だけどエルゼが悪いわね。動揺を見せたハインツ殿下もよくなかったけど、エルゼを責めることもなく、そのあとは完璧にいつもどおりにふるまったのでしょう?」

 エルゼがうなずけば、アーデルははぁっと特大のため息をついた。


「その程度で動揺して情けない男だとは思う。ただ、わからなくもないわ。彼には以前ジーモンがいかにろくでもなく変質的な人間かを伝えてあったから。エルゼがそんな男に多少なりとも情があることが、ショックだったのでしょうね」

「『変質的』……」


(婚約していたときは、そんなふうに感じたことはなかったけれど。迎えに来た晩は確かに理解できない思考をしていたわ)


 あのね、とアーデルが続ける。


「あなたには必要ないと思って言わなかったの。ジーモンはものすごくエルゼに執着しているのよ。ご家族の件のほとぼりが冷めたらエルゼを愛人に迎える考えで、だからあなたの前に出没していたの。嫌がられていると気づきもしないでね」

 だから認識が阻害される魔道具をあなたに送ったのよと、アーデルは付け足した。


「あなたの失踪で、ようやくあなたへの執着から脱したように見えたのだけど……。とにかく、そういった事情をハインツ殿下にお伝えしていたの」

「だからあの反応だった、というわけですね」

「そう。でも王子がそのくらいで動揺を見せるなんて、本当に情けないわよ?」


 エルゼは力なく首を横に振った。

「見せてくれなければ、殿下が傷ついたことに私は気づかなかったかもしれません」

「……そうかもしれないわね」


 エルゼはアーデルに礼を伝え、鏡話を終了した。

 エルゼはしばらく身動きもせずに考えごとをしていたけれど、やがて意を決して立ち上がった。となりはハインツの執務室で、今は在室している。


(もう一度、ジーモン様の侵入を黙っていたことを謝ろう。態度がぎくしゃくしてしまったのは、ハインツ殿下への申し訳なさのためと説明して、それから――)


 エルゼは痛みを感じる胸にそっと手を添える。


(今は殿下を傷つけてしまったことが、なによりつらいとお伝えしよう)


 執務室に通じる扉をノックする。すると「どうぞ」との声がしたので、扉を開ける。けれどそこには補佐官がひとりいるだけだった。


 立ち上がりエルゼを迎えた補佐官は、「ハインツ殿下は急務で外出いたしました。お戻りは夜になります」と慇懃にエルゼに伝えた。

「王太子妃殿下は鏡話中でしたので、私が言付かった次第です」

「そう……ですか。ありがとうございます」


 時刻はまだ昼前である。

 普段ならば昼食は一緒にとる。それなのに挨拶もなく、外出。

 それが本当に鏡話をしていたからなのか、ふたりの間にある微妙な空気のせいなのか。


(私の態度のせいだわ、きっと)


 エルゼは泣きだしてしまいそうな気持ちだった。


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