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13・1 ふたりきりのデート

 ピクニックから数日後。ヴァルターが眠ってから、ハインツとエルゼは王宮の外に出かけた。

 初めての二人きりのデートだ。オペラ観劇、軽いディナー、王立植物園の散歩というコースで、ハインツが若手貴族たちに相談をしてまとめあげた。


「このプランの素晴らしいところは、美しい愛の物語をエルゼとふたりきりで楽しめるところだ」

 そう言ってハインツは満足げな笑みを浮かべた。

 エルゼとハインツはオペラハウスのボックス席に並んですわっていた。舞台正面のやや上方にある席で、舞台上もオーケストラピットもよく見える。


「ヴァルターと野原を駆け回るのも楽しいが、エルゼとふたりきりの静かな時間も私には必要だ」

 ハインツはエルゼの手を持ち上げてキスをする。

 その顔があまりに嫣然としていて、エルゼの頬に熱が集まった。もうそろそろ開幕ということもあり、ボックス席の中は薄暗い。


 ドキドキと鼓動がうるさくなるのを感じながら、エルゼは「今夜はありがとうございます」と微笑んだ。

 オペラは好きだ。けれど家族に疎まれたエルゼが、自分の意思で行けることはなかった。


「挙式にピクニック。そもそも私の出迎えにと、本来のお仕事をだいぶ圧迫していますよね? そんな中で私にお気遣いまでしてくださって――」

「ちょっと待て」

 ハインツは、エルゼの唇に空いている手を軽く当てた。


「これは気遣いじゃない。私が(・・)! 満足したいからやっているだけのことだ。それと仕事に影響はない。完璧にこなしている。仕事も家族も大切にする。これは王太子なのだから当然のことだ」

「殿下の健康が心配です」

「問題ない。エルゼがそばにいてくれるおかげで、私はいまだかつてないほど活力に溢れているんだ」


 ハインツはまるで太陽かのように眩しい笑顔を浮かべると、腰に手を回してぐいとエルゼを引き寄せた。

 体と体が密着し、体温の温かさが伝わって来る。


「エルゼも私とおなじくらい、幸せを感じてくれていたら嬉しい。さあ、一緒にオペラを楽しもう」

 エルゼは少し悩んでから、片手をハインツの太ももに載せた。

 驚いたハインツがエルゼを見る。


「マナー違反でしたでしょうか。私も殿下に触れていたいと思ったのですけど」

 思い切った行動に出た恥ずかしさで、エルゼの耳は真っ赤になり声もかすれ気味だった。

「……いや。感動のあまり意識が飛びそうだ……!」


 ハインツは大きく息を吐きだすと、こてんと頭をエルゼの頭にもたれかけさせた。

「君を騙して抱いて、有無を言わさず結婚をして。それなのに私と触れあっていたいと望んでくれるなんて、奇跡としか思えない。こんなに幸せでいいのだろうか。もしかしたら夢だろうか」

「それならば私も同時に夢を見ているのですね」


 エルゼがくすりと笑うとハインツは頭を上げて、幸せそうな顔でエルゼに唇を重ねた。


 オペラは素晴らしかった。エルゼの知らない作品で、あまりの感動に立ち上がって拍手を送る。

 愛にまつわる物語も、それを歌いあげる歌手たちも、世界観をつくる美術もオーケストラも素晴らしく、エルゼにとってはそれこそ夢のような時間だった。


 嵐のような拍手とそれに応えるカーテンコール。

 長いそれが終わるとエルゼはハインツに振り返り、思いのたけを懸命に伝える。それをハインツはにこにこと嬉しそうに聞いた。


 けれど背後のカーテンから近侍がちらりと顔を見せたことでエルゼは我に返る。

「あっ、ごめんなさい。私、こんな、子どもみたいにはしゃいでしまって」

「いいではないか。プライベートの場なのだ。そんなにも楽しんでもらえて、私も嬉しい」

 立ち上がったハインツはエルゼを引き寄せ、ちゅっとキスをする。

「さあ、次はディナーだ」

 エルゼとハインツは、語りあいながらホワイエに向かう。


 ふたりが地階に降りた時だった。ひとりの青年貴族が「殿下!」と声をかけてきた。

 王宮で官吏として働いてもいる彼は、ハインツと年が近く親しい間柄でもある。エルゼも何度か言葉を交わしたことがある。その彼は、眉を寄せて「少し気になることが」と、囁いた。


「先ほど退場する人並の中でちらりと見ただけなので、人違いの可能性が大きいのですが。以前捕えたシュピラー国の青年らしき男を見ました」

「は……?」


 ハインツが驚いたような顔でエルゼを一瞬見る。

(え? 殿下のこの反応。もしかしてジーモン様のことなの?)


「結局解放せざるをえなかった侯爵令息です。王都での滞在は不許可、もし再度来訪すれば逮捕という扱いでしたよね?」

「ああ、そうだ。だが本人ならなにをしている? とうに国に帰っているはずだぞ」

「あ……」


 エルゼの口から、思わず声がもれた。


「どうした、エルゼ。なにか思い当たることがあるのか?」

「それがアーデル王女殿下によると、行方不明になっているようなのです」

「なんだと!? なぜ話してくれなかった!」

「ごめんなさい。すっかり忘れていて……」


 ジーモン失踪の話を聞いた時こそは不安に駆られたものの、忙しさや、幸福さなどにまぎれてしまったのだった。 しゅんと小さくなるエルゼにハインツは慌てて「怒っているわけではないんだ」と弁明する。


「それだけエルゼにとってヤツの存在はちっぽけなものだということだものな。うむ、よいことだ」

 ハインツはエルゼの肩を抱き寄せ、額にキスをする。


 それから近侍に、すぐにジーモン捜索を開始するよう命じた。


(ああ、でも。ジーモンさまのことでハインツ殿下にお話していないことがもうひとつあるわ。どうしよう……) 


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