12・1 家族デート
開いた扉の向こうには、見通しのよい野原があった。所々に青いヤグルマギクが咲いている。
「うわあ!」
目を輝かせたヴァルターが座席から飛び降り、戸口に駆け寄る。
「こら、危ないぞ!」
すかさずハインツが抱き留める。
「父と一緒にゆっくりおりよう」
ヴァルターを抱っこして馬車の外に降り立つと、ハインツはまだ中にいるエルゼを振り返った。
そして、「エルゼ」と笑顔で手を出す。
エルゼはその手に自分の手を重ね、馬車の外に出た。
柔らかい風が頬をなでる。
緩やかに下っていく丘の頂上のようだった。遠くに王宮が見える。
「どうだろう。気に入ってくれただろうか」
ハインツが少し不安そうに尋ねる。
「ええ。とても素敵です」
エルゼが答えると、ハインツはほっとしたように微笑んだ。
「すてき!」とヴァルターも嬉しそうに叫ぶ。「おとしゃん、おろして。お花!」
「ヴァルターは花がことのほか好きなようだな」
エルゼのあとから、相好を崩した国王がゆったりと降りてくる。
今日は王太子一家とその父である国王の、四人でのピクニックだ。
アーデルに叱られたハインツが、エルゼとのデートとして企画した。父親までついてきたのは計画外だったが。
それでもいつの間にやら、じいも大好きになったヴァルターは大喜びでここまで来る道中ははしゃぎどおしだった。
地面に降ろしてもらったヴァルターは「じじ、早く!」と可愛らしく叫んで、駆けだす。フランクやグレタに可愛がられていたヴァルターは、同じ年頃の国王に親近感があるらしい。
国王のほうも才気煥発な孫が可愛くて仕方ないらしい。一緒にいると蓄積されたストレスが霧散し元気が出るのだとか。
息子が結婚しヴァルターが正式に孫になると、暇さえあれば共に遊ぶようになった。
今も可愛らしくとたとたと走るヴァルターのあとを、満面の笑みで追いかけている。
そんなふたりに、ハインツも笑顔になる。
「ヴァルターのおかげで父上もずいぶんと明るくなった」
エルゼは確かに、という気持ちをこめてうなずく。
彼女とヴァルターがリーデルシュタインにやって来て二ヶ月が経つが、この短い期間で国王の様子はかなり変わった。
以前は微笑んでいてもどこか暗い印象があった。やせぎすで、整ってはいるものの繊細そうな人相。はっきり言うと王としての威厳はあまりなく、代わりに幸薄そうな気配が漂っていた。
それが近頃では精気に満ちている。相変わらずの細身ではあるけれど以前のような暗さはない。
ヴァルターの存在は国王に良い作用をもたらしたらしい。
エルゼは、かつての国王に翳りがあった理由をハインツから一度だけ聞いたことがある。
第一王子ヨーゼフの王太子位返上だという。彼を守れなかったという後悔が、国王をずっと苛んでいたのだとか。
そんな後悔で苦しむのだから、国王はやはり繊細で子ども思いの人間なのだろう。
そんなひとが自分の義理の父親に、そしてヴァルターの祖父になったのだと思うと、自分の幸運が嬉しくなるのだった。
「私、家族と一緒にピクニックをしたことがないのです」とエルゼはハインツに微笑む。「素敵なデートを計画してくださり、ありがとうございます。嬉しいです」
「ああ。やはり家族は仲がいいのが一番だからな」
ハインツはにこりと微笑み、エルゼの額にキスを落とした。
ヴァルターはいつの間にか野原に寝転がり、きゃっきゃっと楽し気な歓声を上げながらぐるぐると回転をしている。
その様子に、背後に控える侍女が絶望的な声をもらしている。けれど、国王が「ヴァルターはすごい技ができるのだなあ!」などと感心しているので、止めることはできないようだ。
エルゼとハインツは顔を見合わせて笑うと、手を繋いで我が子のもとへ向かった。
◇
ヴァルターとハインツが神出鬼没の魔法のボールを追いかけて遊んでいる。
その様子を敷物の上にすわっているエルゼは目を細めて見ていた。
となりの国王が、「エルゼ」と優しく呼びかける。
「なんでしょうか、陛下」
「君には心からの礼を言う。ヨーゼフの件以来、ハインツはまったく笑うことがなかった」
エルゼはハインツを見た。
再会して以降、彼はエルゼの前ではずっと幸せそうに笑っている。
「君を探し出すという希望だけを支えに生きているような状態でね。正直なところ私はもう、ハインツが立ち直る日は来ないのだろうと思っていたよ」
今のハインツの状態からは想像もつかない話だった。
(ハインツ殿下も国王陛下も、同じような状況だったなんて。それだけヨーゼフ殿下の件がつらかったのね)
マイペースで太陽のように明るいひとだと思っていたエルゼは、知らない彼の姿に胸の奥がざわつくような気がした。
(もし私やヴァルターが彼の心を晴れやかにできるのなら、そうしたい。でも――)
「それでも私は王太子妃に相応しくないという気持ちは拭えません。身分も知識もなにもかもが、足りないのです」
「そんなもの、今のリーデルシュタインにはなんの役にも立たない」
そう言って国王は微笑んだ。
「残念ながら私に求心力はあまりない。嫡男の王子はもう王になるだけの器ではなくなってしまった。先祖伝来の竜の目を持ち強い魔力を持つハインツだけが、今の王家を支えている。そのハインツが必要とするのはエルゼ、君なのだ。足りないものを数えて卑下する必要はない」
君以外にハインツの妃に相応しいひとはいない。
国王は断言すると、こちらに手を振っている孫にむかって手を振り返した。
一方でエルゼは身の内で大きくうねる感情の波に気を取られていた。
(私はハインツ殿下の妃でいいの……? 妃としての資質よりも、おそばにいることが大切……)
「それなら最大限に貢献できそうです」
エルゼは自然にそう答えて。
愛しい夫と息子が手を振っているのに気づいて、満面の笑みで立ち上がると家族の元へ駆け寄った。
そんなエルゼをハインツは抱き留めると腰を支えにして持ちあげてぐるんぐるんと周り出す。
「きゃっ! 殿下っ!」
「あはは、エルゼ! 楽しいな!」
「おとしゃん、すごい! ぼくも!」
「よおし、次はヴァルターだ!」
ハインツはエルゼをそっとおろすと、今度はヴァルターを抱っこして回転しだした。
エルゼは力が抜けてその場にすわりこむ。
(怖かった……! でも殿下はすごく楽しそう)
ハインツは満面の笑みで、歓声をあげているヴァルターと周り続けている。
(まるで子どもみたい。ヴァルターも喜んでいるし。私のほうこそ、こんな素敵なひとに私たち母子を家族に迎えてもらえて幸せなのだわ)




