表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/40

11・1 やって来たアーデル王女

「エルゼ!!」


 リーデルシュタイン王城の正面で。挙式に参列するためやってきたアーデルは馬車から降りるなり、エルゼに駆け寄った。

 そしてギュッと抱きしめ泣きながら、エルゼ、エルゼと感極まったように繰り返し名前を呼ぶ。

 エルゼのほうもアーデルの様子を見て様々な感情が湧き上がり、涙ぐみながら抱き返す。


 ふたりは三年ぶりの再会を心の底から喜び合っていた。


 アーデルの侍女であるエルゼが、アーデルの夫だったハインツの子を産んだ実際の経緯は秘されている。その代わりに――


 挙式前日。シュピラー王城内で初恋のひとを偶然見つけたハインツは、身分を笠にエルゼを無理やり抱いてしまう。

 自分に非はないとはいえ主を裏切ってしまったエルゼは深いショックを受け、主の結婚がつつがなく遂行されたのを確認すると、誰にもなにも告げることなく王宮を去った。


 のちにエルゼが妻の侍女であることを知ったハインツは深く反省し、自分の過失を妻に告白。アーデルが提示したいくつかの条件をのむことで、妻の赦しを得た。

 以来、アーデルとハインツは共同でエルゼを捜索し続けてきた。


 ――といった経緯が、ハインツから公表されている。

 これについて多くの人間が半信半疑だった。

 けれどアーデル王女とエルゼが泣きながら抱き合っている様子を見て、ほとんどの者が事実だと考え直す。


「ママ……?」

 自分を抱っこしていたハインツの腕からぴょこんと飛び降りて、ヴァルターは母親のスカートを引っ張った。

 心配そうな顔をしてエルゼを見上げている。



「ああ、ヴァル、ごめんなさい」

 すかさずヴァルターを抱き上げるエルゼ。

「嬉しくて泣いてしまったの。ママの大切なお友達のアーデル王女よ」

「おともだち……?」

 ヴァルターがこてんと首をかしげる。


 その愛らしい様子にアーデルは「ああああ……」と両手を口に添えながら言葉にならない声を漏らした。


「なんて可愛らしいのかしら! エルゼのお子様のヴァルターね。私はママのお友達のアーデルよ。仲良くしてね」

 アーデルはヴァルターににこりと微笑むと、「ぱっちり二重と口元がエルゼにそっくりね!」と嬉しげに続けた。


 ヴァルターは嬉しかったようで、えへと照れ笑いをしてエルゼにしがみつく。

 そこへハインツが出て来て、いずれ王になる二人は丁寧に挨拶を交わした。

 和やかな雰囲気——と思われたのは、束の間で。挨拶を終えるとアーデルは眇めた目をハインツに向けた。


「エルゼを保護してくださったことには、心から感謝をいたしますわ。ですが私に会わせてくださる約束を反故にして、自国へ連れて行ったのはどうしてなのでしょうか」


(ええっ。そんな話は聞いていていないわ)

 エルゼは驚いてハインツを見る。けれどハインツは笑顔で「お約束した当初は息子の存在を知らなかったものですから。どうしても息子を緊急に保護する必要があったのですよ」と答えた。

「そうですか」と納得していない様子のアーデル。「とにかくエルゼは私の親友です。彼女を絶対に幸せにしてくださることをあなたに要求します!」

「もちろんですとも、アーデル王女」


 またもにこやかに返すハインツ。きらり、と瞳が金色に輝いた。


「リーデルシュタイン王国第二王子として、シュピラー王国第一王女に誓いますよ。エルゼはこのハインツが必ず幸せにする、と」


 とたんに居並ぶ貴族たちがざわりとする。

 いずれ国王となる者が、いずれ女王となる者に誓ったのだ。もうおいそれと婚姻を中止することはできない。


(な、なんだかより大変な事態になりそうな予感しかしないわ……!)



 その晩はハインツの(はか)らいで、エルゼとアーデルはふたりだけのパジャマパーティーをしていた。

 王女様とだなんて恐れ多いとエルゼは思ったものの、この先いつアーデルに会えるかはわからない。そう考えて、今夜はアーデルとともに過ごすことを決めたのだった。


 ふたりはベッド上で枕を抱えるようにうつ伏せになって並んでいる。そばにはフルーツボンボンやサンドイッチなどの軽食も置いてある。


「でも驚きました。アーデル様ってば、ハインツ殿下に会うなりケンカ腰になるんですもの」

 エルゼが言うと、アーデルはだってと口をそぼめる。

「彼のエルゼへの執着って怖いんだもの。ちゃんと幸せにしてくれるかの確認は必要でしょう? それに周囲への牽制にもなるし」


 牽制?とエルゼは呟く。


「ヴァルターはともかく、エルゼはリーデルシュタインの貴族たちに受け入れられていないんじゃないかと思ったから。次期女王の大切なひとだと知らしめておこうと思ったの。でも杞憂だったみたいね」


 アーデルは嬉しそうに目を細めた。

「すてきなお友達がいるようだし」

「カロリーネ様ですね。とても話しやすいし親しみやすくて、彼女がいるおかげでこちらの王宮でもやっていけそうだなと思っているんです」


 エルゼが嬉々として語れば、アーデルはますます目を細めた。


「それに多くの貴族令嬢たちともうまくやっているのね?」

 ああ、とエルゼは苦笑する。それから当初は見下されていたこと、ヴァルターと(おまけでハインツの)ためにアーデルを見習って毅然と接するようにしたら彼女たちの態度が変わったことを、簡単に説明した。


「『アーデル様ならこういうときに王族としてなんて言うだろう』と考えながら行動するようにしたんです。だからすべてアーデル様のおかげです」


 努力の甲斐があり、多くの貴族や侍従侍女がエルゼを見下さなくなった。

 ハインツの妃として、またハインツの子どもの母親として凛とふるまうエルゼに、敵対するのは得策ではないという意識が広がったからだろう。


「それは嬉しいけれど」とアーデルは眉を寄せる。「でもハインツ王子はあなたを守れないということね。さっそくダメじゃない」

「違うのです。殿下は私を大切にしてくださっています! でも彼の後ろに隠れて守られているばかりでは、なんの解決にもならないでしょう? だから――」


 エルゼは懸命に言い訳をして。

 そして、ハッとする。どうしてこんなに必死になっているのだろう、と。

 そんなエルゼの様子を見てアーデルは「どうしたの」と不思議そうな顔をする。

 エルゼは自分の中にあるものを整理するかのように、ゆっくりと口を開いた。


「私今、ハインツ殿下をかばいましたよね?」

 そうね、とアーデル。

「ハインツ殿下の評価を下げたくないということは、やっぱり殿下に好意があるからでしょうか」

「嫌いな相手ならば、そうはしないでしょうね」


 エルゼはなんとなく起き上がると、アーデルを正面にして正座をする。


「自分がハインツ殿下をどう思っているのかが、よくわからないんです。可愛い人だと感じるときはあります。ヴァルターの父親としては素晴らしい人だし、だから彼の妃になる覚悟はできました。でも殿下が私を愛するようには、私は彼を愛していないと思うし、正直なところどんな心持ちでいればいいのかが……」


 エルゼは話しているうちに、徐々に俯いていった。

 そんな友人の姿を見てアーデルも身体を起こした。


「エルゼ。あなたはいつだってマジメね」

 アーデルは友人に柔らかな笑みを向ける。

「急いでわかる必要なんてないわ。急にあなたを取り巻く状況が変わったのだから。ゆっくりと時間をかけて気持ちに向き合えばいい。心配なのは――」アーデルの表情が不安げなものに変わる。「あなたへの執着心が強いハインツ殿下が、きちんと待てるかだけど」


「あ、それならば――」

 ハインツはエルゼの気持ちが落ち着くまで、改めての初夜を待ってくれている、とエルゼは伝えた。

「強引なところもあるけど、私の気持ちを尊重してくれるところもちゃんとあるんですよ」

「それを聞いて安心したわ。彼を騙したのは悪かったと反省しているけれど。彼にあなたの愛を得る価値があるかどうかはずっと心配だったの。大丈夫そうね」

「アーデル様……!」


 思いやりに満ちたアーデルの言葉にエルゼは胸がいっぱいになる。

 それからふたりは、離れていた三年間のことをたくさん語り合った。


 とくにエルゼが嬉しかった話は、アーデルが近々恋人の公爵令息と婚約するというもの。

 そして逆に不安になった話は――


「ジーモン様が行方不明?」

 エルゼはアーデルの言葉を思わず繰り返した。

「そうなの」とアーデルも眉をひそめる。「駐在大使が彼の帰国の手配をしたのだけど、旅の途中で姿を消してしまったようなのよ。彼も変な方向にエルゼに執着をしているから、念のために身辺に気をつけてね」


 エルゼの脳裏に、醜悪な顔で「地獄で苦しむがいい!」と叫んだジーモンの姿が浮かぶ。

(なんだかすごく嫌な予感がするわ……)


 ジーモンが身勝手なことをまくしたてていたことを思い出し、恐ろしさにエルゼの身体はぶるりとふるえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ