爆弾のフライ
当時の食料事情とは違っている箇所があるやもしれません。
川芝村はフィクションです。
周辺の市町村は空襲を受けなかったので比較的食べ物が手に入りやすいという設定です。
ご了承ください。
誤字誤謬は可及的速やかに訂正致しますがご不快になられる方申し訳ありません。
誤字報告大変ありがたいです。
毎日毎日、茹だるような暑さが続いている。
一年前のあの日、タイの野戦病院のベッドの上で医療軍人のお偉いさんから聞かされた終戦の知らせに
やっと日本に帰れると、親父と妹は元気だろうかと思ったあの日。
今年の春先に名古屋から嫁いできた新妻の誕生日は終戦記念日だった。
小さい細い体に似合わず、元気で明るい人懐こいヨネ子に初めて会った瞬間から恋に落ちた。
顔合わせで出向いた名古屋の街はひどい有り様で、よくぞ無事でと思ったものだ。
ヨネの長屋で茶を飲みながら聞いたのは
「本当はその日朝から普通に工場に行かなきゃならなかったのだけれど。どうしても行きたくなくて
工場の友達に体調悪いのといわれて、お腹痛いって嘘ついちゃって。声かけてくれた子達と家に戻る道すがら、お母ちゃんにどう誤魔化そうって考えて十分の道を三十分もかけて戻って。そしたら空襲警報が鳴って、みんなで急いで防空壕に逃げて。」
「で、どうしたんですか?」
「私が働いていた工場が空襲を受けて丸焼けになっちゃって。真面目に行ってたらああ、私も死んでたなと思って。だから私、真面目じゃないんですけど、自分の勘を大事にしようってその時から思ったんです。」
別に怒りも悲しみもこもってない、普通の声に普通の眼差し。
『ああ、こうして出会えたのは奇跡なんだな』なんて柄にもなく言ってしまった。
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誕生日にヨネに何をあげたら良いのか
悩んで、すっかり困って、分家の祥子叔母ちゃんに相談に行った。
そしたら、叔母ちゃんがヨネに聞いてくれた。
「ヨネちゃん、もうすぐお誕生日だろう?トラが何が欲しいか気にしてたよ。
「私、お肉が食べたいわー」
「ええ?お肉かい?」
「うん。スパゲッテやオムライス、トンカツにハンバーグでも良いわ。ケチャップやソースが食べたいよ」
「名古屋で、ネエサンはそんなハイカラな物を食べてたの?アタシも食べてみたい。」
「ほんと、いつ食べたんだい?」
「ああ、私は工場で働いてた時分、たまの休みの日友達と汽車で街まで行って松坂屋の食堂で洋食食べるのが
楽しみだったんだよ。そのために残業だって喜んでしたんだよ。」
「ヨネちゃんは昔から食いしん坊だったんだねえ」
「ってことで、トラちゃん。伊藤商店に頼んで肉を買ってきな。」
叔母ちゃんは楽しげである。
「しかし叔母ちゃん、ヨネの誕生日に肉って。しかも料理するのはヨネだろう?」
俺は戸惑いがちに言った。
「兵隊で料理はできるようになったって祝言の時言ってたじゃないか?」
「そりゃ、野うさぎ捌いたり鳥を絞めたりしてきたけど、洋食なんてハイカラなもん作られんよ。」
トホホ・・・
そりゃそうだねと叔母ちゃんが小さく言った。
結局、自分でヨネに聞くしかないと腹を括って話しかけた。
「ヨネ、叔母ちゃんに聞いたんだが誕生日に肉が欲しいとか。この辺りで洋食なんて洒落た物出す店はないんだけど、肉をどうすんだ?」
「そりゃあ、私が料理するわ。決まってるじゃない!」
「でも《けちゃっぷ)とか手に入るかどうか」
この辺りでそういう洋物の調味料を扱ってる店は無い、どうしたもんか。
「大丈夫。今回はけちゃっぷ使わないから。ミンチ肉が欲しいの。あと卵とパン粉。それで私が作るわ!
《爆弾のフライ!》よ」
「爆弾のフライ!?」
初めての誕生日に、なんとも物騒な名前の洋食を作るものである。
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駅前の商店でミンチ肉とパン粉を買い、叔母ちゃんから卵をウンともらった。
野菜は畑に有るもので良いという。
「さてさて、では今日は祥子叔母ちゃんも手伝ってくれるということで、今から爆弾のフライを作ります。」
ヨネは自信満々で笑っていた。
「まずはウスターソースを作ります。まあなんちゃってだけど。」
「何そのウスターソース?」
「フライが美味しくなるソースなんだよ。店で買えるようになったらいいんだけどね、今日は作ります。」
玉ねぎニンジンセロリ生姜にんにく鷹の爪を細かく刻んで、油で炒めて、昆布を浸しといた水を入れて砂糖と醤油を入れる。
別の小鍋に砂糖と少量の水を入れて火にかけ焦げてきたら湯をジュッと入れる。
「これをカラメルソースっていうのよ。ぷりん作る時にも底に入れるの。今回は鍋に入れる。」
よく煮詰めて水分が半分以下になったらザルと布巾で濾して、入れ物が無いから徳利に入れておく。
「次は爆弾作りよ!」
「なんとも、物騒だね」
「ふふ、じゃあ、ナナちゃん卵を一つこっちにちょうだい。あと二つ割って水で薄めて溶いて、残りを茹で玉子にして。」
「はい。ネエサン」
「ボールにミンチと玉ねぎのみじん切りと卵と塩を入れて粘りけが出るまで捏ねる。
叔母ちゃんは、付け合わせのキャベツを千切りして下さい。」
「ハイよー」
茹で玉子に小麦粉まぶして、ミンチ肉を回りに付けて野球のボールのよう。小麦粉・水溶き卵・パン粉の順で衣を付けて、油で揚げる。
揚がった物を半分に切ると、衣メンチ玉子層がきれいに出来ていた。
「大皿に山盛りキャベツと爆弾のフライをたくさん並べて、徳利に入ったソースを添えて。出来上がり。」
俺は広間に机を並べて、会場の仕度をする。
今日は俺ら三人に分家の叔父叔母とその親父さん、従兄弟と嫁と子供二人。
親父さんは俺の親とは兄弟となっているけど両養子で血縁関係は無い。
だから従兄弟とも嫁の祥子叔母ちゃんとも血縁は無いが、面倒見の良い性格の人で昔から何くれと世話を焼いてもらっていた。
「トラ、今日はお呼ばれしてすまんな。新婚の家庭に大勢で。」
叔父ちゃんが一升瓶を渡しながら言ってきた。
「やだ、気を使わせてかえってスマンね。適当にかけて下さい。」
家族でやって来た一家に席を勧める。
机には従兄弟の嫁さんが家で作ってきたという、ちらし寿司や畑で採れた茹でた枝豆やとうもろこしも並んだ。
そこに大皿にのった爆弾のフライがドドーンと運ばれてきた。
「ヨネ、お誕生日おめでとう。誕生日に振る舞いを作らせてごめんな。」
「良いのよ、私が食べたかったんだから。」
「おめでとう、カンパーイ」
男衆は持ってきた酒を早速飲み始める。
俺は一口だけもらって、後は麦茶だ。
夏は毎朝大きなヤカンで麦茶を煮だして冷ましておく。
香りが良くて食事の邪魔をしないから、うちではみな麦茶を一日中飲んでいる。
手作りのウスターソースをフライにかけて食べる。
「「「!!!!!!」」」」
ソースのかかった衣からミンチの肉汁が溢れてくる。ソース味の玉子も絶妙だ。
「旨いな!」
「美味しい!」
「豚肉にこのフライの衣をつけたトンカツにこのソースでも美味しいのよ」
「じゃあ、今度はそれにしよう!」
ヨネの言葉に被せて俺は即答する。
二人顔を見合わせて笑い会う。周りを見回しても、フライを口に頬張って食べている。
夜が更ける頃まで、皆で飲み食いして腹一杯食べたヨネの誕生日で盆の集まりの話。
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