冷や麦と稲荷寿司
当時の食料事情とは違っている箇所があるやもしれません。
川芝村はフィクションです。
周辺の市町村は空襲を受けなかったので比較的食べ物が手に入りやすいという設定です。
ご了承ください。
誤字誤謬は可及的速やかに訂正致しますがご不快になられる方申し訳ありません。
誤字報告大変ありがたいです。
畑は耕され、田んぼに水がはられる季節になった。
ヨネの嫁ぐ前に住んでいた名古屋より二週間くらい早い気がする。
とはいえ、ヨネは野良仕事がいつするのか等詳しく知ってる訳ではない。
ヨネは街の工場で働いていた。尋常小学校を出てから、近くの鉄鋼場で手元として働きに出て
そのまま筋がいいからとそこで工員となった。十四で一人前に仕事を任されるようになってから
戦争が激しくなりその工場が軍事工場となっても、旋盤工として働いていた。
お街育ちでなのある。
だから慣れない野良仕事は戸惑いと筋肉痛の連続だった。
主に田畑を耕すのはトラと祥子叔母の一家で、ヨネはもっぱら草取り要員だった。
トラの家は庭も広い。畑も。田んぼも。
ありとあらゆるところに雑草が生える。
それを日がな一日中鎌で刈ったり、手で抜いたり。
とにかく慣れないもんで、身体中が常に筋肉痛だった。
家事は、足の悪い七緒が手伝ってくれていたので滞ることはなかったけど。
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トラ兄チャンにお嫁さんが来た。
ネエサンは、体は細っこくて小さいが、いつも明るく元気だ。
食べるのが好きで、あんな体のどこに入るのかと思うくらいよく食べる。
小児麻痺で足が不自由なアタシは、学校に通えなかった。
お母ちゃんが居た頃は読み書きや縫い物、料理なんかを教えてもらったけど、十三で亡くなってしまって
お父ちゃんが出稼ぎからトラ兄チャン残して帰ってきて、無口な父ちゃんとの二人暮らし。
そのお父ちゃんもある朝起きてこなくて、部屋に見に行ったらもう冷たくなってて。
杖ついて、坂道転がるように叔母ちゃんち行って。
戦地の兄チャンに連絡も取れなくて、村の衆で葬式出してもらって。
広い家に一人。寂しかった。
終戦だと叔母ちゃんが教えてくれて、しばらくしたらトラ兄チャンが帰ってきた。
うちを出て住み込みの出稼ぎに行った時から十三年。知らない男の人になっていた。
最近、慣れない野良仕事でネエサンは疲れた疲れたと言っている。
お街育ちのネエサンには辛いんだろうなと思う。
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「ナナちゃん、ただいま帰ったよ。すぐ着替えて手伝うよ。」
汗だくのネエサンが玄関から声をかける。
外の井戸からザーザーと水が出るおとがする。ドタドタと足音が奥に消えて
しばらくすると割烹着に着替えたネエサンが台所にやって来た。
「ネエサン、もう冷や麦茹でてあるよ。」
ザルに盛った冷や麦を指差す。
「ありがとーナナちゃん。じゃあ薬味のネギを刻むよ。」
トントンと包丁を響かせる。
早くから作って冷ましてあっためんつゆをお椀によそって、古根生姜を擦って壺から塩の吹いた梅干しを出しネギと一緒に薬味皿に盛る。
「ただいまー」
「お帰り、トラちゃん」
下の田んぼから帰ってきたニイチャンも台所にやって来て、土間から上がった板の間にちゃぶ台出して
三人で昼飯になる。
「ネエサンの嫁入りん時にたくさん冷や麦もらったから、今年の夏はたんと冷や麦にするよー」
アタシが言うと
「それはどうかねえ」
ネエサンが眉間に皺寄せて答える。
「え?なんでヨネ?冷や麦嫌いか」
トラ兄チャンが首を掲げてネエサンを見た。
「ふふふ、それはね、、、私冷や麦大好きだから、腹いっぱい食べちゃって夏まで持たないかもよー」
ネエサンが箸をふりふりアタシと兄チャンの顔を見て言った。
「はは、何だそんなことか。そしたらヨネの両親が居る町まで行って買ってくるさー。でもヨネは米食べないと落ち着かないんじゃなかったかい?」
「そうさ、名古屋の時は冷や麦といなり寿司を食べたんだよ。そうだ!夜はいなり寿司にしようか」
「だって、ここにある冷や麦はヨネが腹一杯食べちゃうんだろ?」
「残んなかったら、また茹でるわよ。もう。」
イーって怒って兄チャンにもポンポン物を言うネエサンは今日も元気だなー。
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約束通り、夜ご飯には冷や麦といなり寿司。
あの後、ネエサンは駅前の商店まで油揚げを買いに行った。途中まで田んぼに行く兄チャンと一緒に。
帰ってくると、いつもより早く飯を炊いて、砂糖と塩と酢の三杯酢を作った。
揚げをザルに並べて沸かした湯をかけて油抜きしたら半分に切って固く絞って鍋に入れた。
昼のめんつゆを湯でのばして、砂糖と醤油を入れて甘辛く炊いた。
「ねえ、ナナちゃん。私、お揚げさんは甘しょっぱい濃い目が好きなのよ。揚げの色が黒っぽくてもいい?」
「うん。アタシも甘しょっぱいの好きだから。」
「トラちゃんもかな?」
「たぶん。兄チャンも濃い口だからダイジョウブだよ」
「ふふふ」
そうして、居間の机には昼と同じ薬味とザルの冷や麦。お椀に入っためんつゆに、
大きな茶色いいなり寿司。
「でっかいな、こりゃ」
「そうなの。うちのお母ちゃんがそうだったものだから、私はぼたもちもいなり寿司もおにぎりも
みんなおっきくなっちゃうのよ」
「うまいな、こりゃあいい。腹一杯に絶対なる。」
「ネエサン、いなり寿司美味しい」
「そうでしょ、そうでしょ。でも冷や麦もいなり寿司もなんてほんと贅沢ね。」
それから三人で腹一杯冷や麦といなり寿司を食べた、これはそんな夏の日の話。
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