田舎蕎麦 前編
*今回は前後編ですが、田舎蕎麦を打つシーンはありません。*
当時の食料事情とは違っている箇所があるやもしれません。
川芝村はフィクションです。
周辺の市町村は空襲を受けなかったので比較的食べ物が手に入りやすいという設定です。
ご了承ください。
誤字誤謬は可及的速やかに訂正致しますがご不快になられる方申し訳ありません。
誤字報告大変ありがたいです。
暮れも押し迫ってきたある冬の日。
貴竹家では年末の大掃除が行われていた。
トラは障子を洗い、畳を虫干し、窓を拭いていた。
ヨネと七緒は障子張りと、破れたふすまの修繕をし、はたきをかけ、床を掃き、水吹きをしていた。
大忙しである。
長年、女主人が不在だったり、足の不自由な七緒が一人で暮らしていて、やりきれなかったりと、
ずいぶん放ってある時間が長かった家は、ヨネが嫁いできたことで生き返ってきた。
その修繕には大分時間と労力がかかるのだが。
やっとのこと大掃除も終わり、一息ついていた。
「そう言えば年越しそばはどうすんだ?」
トラがヨネに聞く。
「?どうするって?」
「二八にするのか十割にするのか、ヨネはどっち打つんだ?」
「え?年越しそばって家で打つの?私お蕎麦打てないよ!」
「ええ、蕎麦も打てないのかー」
トラは別に悪気はない。
洋食など色々作る料理上手なヨネが蕎麦は打てないんだなと思っただけである。
村じゃ年がら年中蕎麦は打って食べる物だったから。
しかし、ここ最近の大掃除で疲れが堪っていたヨネはそういう風に聞こえなかった。
「(なんだ、お前は嫁の癖に)蕎麦(くらいの打てて当たり前なもの)も打てないのか!」
と、勝手にトラの心情を副音声でアテレコしていた。
「なによー、トラちゃん・・・そうよ、どうせ私は蕎麦も打てないわよ!名古屋じゃ蕎麦屋なんて屋台でも店でもたくさんあったんだもの。ひどいわー、もう大嫌い。」
えーんえーんと声をあげて泣くヨネにトラは面食らった。
「なんだ、子供みたいに泣いて、みっともない。ここらじゃ子供でも蕎麦くらい打つら。」
売り言葉に買い言葉だろうか、自分の地元を貶されたように感じたトラも意地悪な言い返しをしてしまった。
「もういい、トラちゃんなんか知らない。」
「ふん、勝手にしろ。」
ドタドタドタドタ、ガラガラ、ガシャーン
ヨネは外に飛び出して行った。
「トラ兄チャン、そんな言い方ひどい。ネエサン出てっちゃったよ。」
おろおろして七緒がトラを非難する。
「知るか、ほっとけ。」
トラも意地になって寝室に行ってしまった。
七緒は杖を持つと坂道を下っていくヨネを追いかけたけれど、全く追い付かない。
あっという間にヨネの姿が小さく遠くなっていった。
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「あら、珍しい。寅蔵さんじゃないかい。いらっしゃい、ヨネは一緒じゃないのかい?」
トラはあの後、七緒が駆け込んだ分家から叔母ちゃんがやって来て、言い方がなってないとしこたま怒られた。
「トラちゃん、ヨネちゃんだって疲れてるわさ。あの大きな長いこと放ってた家を台所、風呂場、厠と一ヶ所ずつ綺麗にして。納屋も納戸も整理して。七緒ちゃんもやってても足が不自由なのヨネちゃん気にしてたから、その倍もあの子が働いたんだから。蕎麦くらい言ってくれたらうちで届けたよ。」
「ああ、そうだったのか。今日だけじゃなくてここんとこ、ずっと大掃除してくれてたんだ。
違うんだ、叔母ちゃん。ヨネはなんでも料理ができるだろ?でもここらの人が普通に出来る料理を知らなかったり、作れなかったりそういうのがあるなって思ってて。蕎麦は出来ない方なのかって納得してただけで、
作れないなんてけしからん、そんな風におもっちゃいないんだよ。」
「じゃあ、そう言えばいいだろうに。子供でも打つなんてつまらないこと言って。とっとと探しておいで。
嫁いできたあの子にはどうせ行き先なんか、親んちくらいしかないんだから。」
「ああ、こういう時のためにお義父さんは越してきたのかな?娘のために。」
「それだけじゃないとは思うが、一人娘だろ。ずいぶん歳の子だ、心配するさ。師走のこんな時期に
嫁いだ娘が泣いて帰ってきたら、親は驚いて心臓止まっちまうよ。」
叔母だけでなく分家の叔父も従兄弟も従兄弟の嫁まで出てきて、説教されて背中を押されて、
義父母の家にやって来た。
しかし、そこにはヨネの姿はなかったのである。
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「で、こんな師走に夫婦喧嘩かい?まったく、犬も食わないねえ」
ヨネの母親がなんとも言えない顔をして、お茶を出してくれた。
簡単にことの顛末を話すと、はぁと小さく溜め息を吐いて黙ってしまった。
居たたまれなくなったトラ、他を探すかもう一度夜にでも出直そうと暇を告げた。
「寅蔵さん、ウチのこと、あの子からどこまで聞いてます?」
「え?どこまでとは?」
「あの子はウチの本当の子じゃないってのは知ってます?」
「ええ、それはお義父さんから見合いの時に伺いました。」
「そうですか、じゃああの子からは聞いてないんですね。」
「はい。その事は。」
「じゃあ、少し私の昔話に付き合ってくださいな。」
そうしてお義母さんは静かに話し出した。
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