田舎蕎麦 後編
*今回も田舎蕎麦を打つシーンはありません。
当時の食料事情とは違っている箇所があるやもしれません。
川芝村はフィクションです。
周辺の市町村は空襲を受けなかったので比較的食べ物が手に入りやすいという設定です。
ご了承ください。
誤字誤謬は可及的速やかに訂正致しますがご不快になられる方申し訳ありません。
誤字報告大変ありがたいです。
私はね、寅蔵さん、江戸時代の末期慶応二年の生まれです。
私の母親は浅草の芸者でした、父親は誰かわかりません。
産後の肥立ちが悪くて体を悪くして、芸者を止めて、でも他に出来る仕事もなかったみたいで
浅草の矢場で矢場女をして働いてました。
私が数えの十を過ぎたころ、ぽっくり死んじまって、私もその矢場で働くことになりました。
ウチの人は羽田村で建設会社をやっていて、羽振りが良かった。私はその二号さんになりました。
長く住んだ浅草から横浜の長屋へウチの人と移って数年、隣の家の奥さんが流行り病で急に亡くなって、旦那さんと子供が三人。
その時の一番下の子は二つになったばかりでした。上の子も五つでまだ手がかかる、旦那さんは途方にくれていて、いっそのこと養女にだそうかと思うと言っていました。
「じゃあ、私に引き取らせとくれ」
産まれてからずっと隣で手伝ってきたもんでね、私に懐いていたし、目がクリクリして可愛くてね、
私は子供が出来ない体だったしもういい歳だったんでね、子供が欲しかったんでしょうね。
私の戸籍に入れました。ウチの人は会社があって、跡継ぎもいたから、相続の問題もあったのでね。
それからウチの人と名古屋に移って、親子三人で暮らしました。
あの人には男の子供しかいなかったし、孫くらいの年の娘にメロメロで、甘やかすもんでね。
ヨネはあんな子になったんですよ。
ウチの人が仕事で長期居ないと寂しがって、ビタビタ泣いてね、困ったもんです。
あの人が甘いから、私は厳しくしなくっちゃっと躾たつもりが私は嫌われちゃったみたいでね。
そんなあの人が珍しくあの子を叱った日があります。
あの子は工場でけっこう稼いでいて、でもある分全部飲み食いに使っちゃうもんでね、
私が取り上げて、必要な分だけ小遣いって渡して、結婚の時持たせる金に貯めてましたよ。
あ、寅蔵さん、家計はだれがやっている?寅蔵さん?そりゃあ、良かった。
あの子にお金を扱わせちゃダメですよ、使う分だけ渡して下さいな。
あの子、有るだけ使っちゃうから、身上潰しちゃ困りますからね。
そうそう、ウチの人が怒った日。
終戦の後、しばらくしてあの子に昔の工員だった男が声をかけてきたようで、
「苦労させない」だの「金はあるから気にするな」
だの、ずいぶん良いことばかり言ってたようで。
ある日「お父ちゃん、私お嫁に行っちゃダメかね」と突然言って来ました。
ええ、ウチの人はどこの誰だとしつこく聞いて、名前を聞いた途端烈火のごとく怒りました。
「あんな破楽戸になんて嫁がせるか。そんなに嫁に行きたいなら俺が探すから、お前は口出すな」
って。
その声かけた男の家にもキチンとウチの人が筋を通して断りを入れて二度とヨネに近づかないと約束させて。
それで寅蔵さんの親父さんに急いで手紙を出したんですよ。
昔、国鉄の現場で働いてた寅蔵さんを思い出して、真面目で気の良い男だからと。
親父さんが亡くなってたのは、知らなくて申し訳なかったですよ。
ええ、でもご縁があって嫁にしてもらって、親族のみなさんにもあんな何にも出来ない娘に良くしてもらって。
だから、嫁ぐ日の朝、私はあの子に言って聞かせたんですよ。
「ヨネ、言いたいことの半分は心の中だけにして、決して口に出すんじゃないよ。
大きな農家の長男に嫁ぐんだ。今までのような我が儘娘はもう終わりにするんだよ。」
でも、三つ子の魂なんとやら、でね。
私もこういう風に口に出してポンポン言っちゃう性格で、そんな私に育てられたあの子は普通の家の娘さんみたく出来ないんですよ。
本当に、寅蔵さん。ごめんなさい。
あの子の性格をあんな風に育てたのは私なんですよ。
私自身が普通に育ってこなかったから、あの子を普通に育てられなかったんですよ。
本当は情に篤い良い子なんですよ、優しくて頑張り屋で。
ただ、血も繋がって無いのに、私に少しばかり気の強いところが似ちまって、
ご迷惑かけてしまいました。
どうぞ、今回の事は私に免じて許してもらえませんかね。
あの子にね、もっとちゃんと普通になるように、私が言って聞かせますから。
どうぞ、お許しくださいませね。
背筋がピンと伸びた姿勢のいいお義母さんが、深々と頭を下げる。
「いや、頭を上げてください。お義母さん、俺が悪いんですよ。
今まで女っ気が無かったせいで女心がわからないんです。
分家の叔母にも怒られまして。
ですから、今日はこちらで娘を泣かせて許さんと叱られる覚悟で来たんですよ。
ヨネは明るくて、周りにも優しくて、俺には勿体無い嫁さんです。
大事な娘さんを泣かせて家出までさせてすみませんでした。」
「止めてよー!!!!」
ヨネがスゴい勢いで襖を開けて飛び込んできた。
「ヨネ!」
「お母ちゃん、ごめんなさい。お母ちゃんの言いつけ守らなくて。
嫁いでからはずっと忘れずにいたの。
でも今日はなぜか言葉が全部溢れちゃって。お母ちゃんが悪いなんてことないから。
私が言いつけ守らなかったから、私が悪いのよ。トラちゃんもごめんなさい。
いつも優しく良くしてくれるのに。私が勝手に怒って子供みたいに泣いて。
本当にごめんなさい。」
息継ぎはしてるんだろうかと心配になるくらいの早口で喋ると、ガバッと頭を畳につけた。
「ヨネ、あんたどこにいたんだい」
お義母さんが厳しい声でピシャリッと聞く。
すると一転、ヨネは目を泳がせながら小さい声で話し出した。
「・・・汽車で駅まで来たんだけれど、この家の場所がわからなくなっちゃって。
ずいぶん長いこと、駅前のベンチに腰かけて、途方にくれてたら、
後ろからお父ちゃんに声かけられて。
で、お父ちゃんと話して。
とにかく一緒に帰ってお母ちゃんにも話そうってお父ちゃんが言ってくれたからここまで二人で帰って来たら、トラちゃんが居て、お母ちゃんが難しい話してるから。
ずっと玄関で息を殺していたんだよ、ねっお父ちゃん。」
「ヨネ、堂々と立ち聞きしたこと、言うんじゃないよ」
お義父さんが困った顔で頬を掻いていた。
**********************************************
それから、今度はお義父んさんに謝られて、
「いえいえ、こちらこそ」
ってやり取りして、すっかり夜も更けて。
泊まってけって言う二人に、
「家の者が心配してますから」
と言ってやっと出てきた。
駅まで歩いて、切符買って汽車の時間まで随分ある。
ヨネと顔見合わせて、腹へったなーなんて呑気に言ってたら腹の虫がグーグー鳴ってしょうがない。
駅前に屋台の中華そば屋が出てたので、
「ヨネ、中華そば食べないかい?」
「トラちゃん、私も食べたいと思ってたのよ」
って、二人で駆け込んで熱々のラーメンをフーフー言いながら食べた。
こんな上手いラーメンはない!
って二人で興奮しながら汽車で村の駅まで乗って、手を繋いで長い坂道を歩きながら話をした。
ちょうどヨネと知り合って一年だと気がついて、
「ヨネ、一緒になってくれてありがとう。」
って言ったら、ヨネが顔真っ赤にしてた。
家に帰ると、七緒と叔母ちゃんが心配して起きて待っていた。
ヨネと二人、申し訳ないと必死で謝ると、
「ああ、心配して損した。ねえ、七緒ちゃん。夫婦喧嘩は犬も喰わないからね、やってらんないよ。さあさ、早く寝よう。」
と言って叔母ちゃんは家に帰っていった。
結局年越しそばは今年は打つのを止めて、叔母ちゃんちで一緒にごちそうになった。
「来年は打ち方教えて下さい」
「いいよ、大晦日だけじゃなくて、毎月三十日蕎麦も打つからすぐ上手くなるよ。」
そんな師走に新婚夫婦が大喧嘩して周りに迷惑をかけただけのお話。
〈完〉
完結出来ました。
四年前に95才で亡くなった祖母が存命なら白寿だなぁと思い、祖父母をモデルにして作品にしました。
お読みくださいましてありがとうございました。
誤字誤謬があるかもしれません。
わかり次第訂正いたします。
いいねなどいただけますと励みになります。
よろしければお願いいたします。




