ゴブリンの侵攻
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第二十三章
*********** オーク将軍デブリンガー ***********
私達四人は、街全体を囲んでいる城壁の上で、パルキー湖全体が見渡せる位置にやって来ていた。
なぜなら、これからプドルに遠見の魔法を使用して、ゴブリンの大群の様子を調べる為だ。
遠見の魔法は、あらゆるものを見通せる千里眼の魔法とは違い、直接目の届く範囲内しか見る事が出来無い。
千里眼の魔法が使えたのならば、わざわざこのような場所まで来る必要も無かったのだが、その様な魔法を使う事が出来る者など、世界にも数人しか存在していないのだ。
対して遠見の魔法は、ある程度の熟練した魔法師ならば、普通に使用できる魔法で、しかも、投影の鏡というマジックアイテムを同時に用いれば、術者の見た光景を投影の鏡に映し出す事が出来るのだ。
但し、出来る事は限られており、その魔法の効果を分かり易く説明するならば、物凄く性能の良い望遠鏡を使用するようなものだ。
障害物などが無ければ、相当離れた距離であろうと、はっきりと見通す事が出来るが、障害物を透過して見る事は出来無い、従って、夜間も殆ど使用できないのだ。
我々が城壁の上に辿り着き、プドルが魔法の準備をしている時に、パルキー湖の向うから、白い煙が立ち上っているのが見つかった。
先程見張りの青年から聞いていた、敵対の意思がある場合に上げると言う狼煙だろう。
いよいよ大変な事になって来た様だ。
城壁の上に立ち、パルキー湖の見張台がある方向に向かって、遠見の魔法を使用するプドル。
プドルの前には、バルドッグが屋敷から持って来た投影の鏡が立て掛けられていた。
次第に鏡に湖畔の映像が映し出されて行く。
「本当に凄い数のゴブリンだな。」
私は鏡に映し出された無数のゴブリンを見て驚きの声を漏らす。
鏡一面を多い尽くす無数のゴブリンは、皆同じ方向を向かって行進している。
「プドル、全体を見渡せるくらいに離して見れるか?」
「分かりました。」
プドルが返事をすると、鏡に映し出されるゴブリンの姿が次第に小さくなって行く。
するとその行列の長さは、数百メートルにも及んでいる様だった。
「これは・・・、少なくとも5000体以上は居るものと思われます。」
「かなりの数だな・・・、しかし幾ら5000人を超える軍勢で掛かって来たとしても、とても我が街の守りを抜いて、城壁を突破できるとも思え無いのだがな・・・。」
確かに2000と言う数は脅威ではあるが、私をはじめ強豪揃いの我が街の戦力の前では、明らかに力不足だ。
あれだけの戦力ならば、我らが城門の前で迎え撃てば、街に被害を一切出さずに乗り切る事も出来るだろう。
「かなり無謀な行動に思えるが、どう思う?」
「確かに、少々手間取るとは思いますが、ゴブリンの5000体ならば殲滅すら可能かと思われます。」
私とバルドッグが思案していると、突然リーネが何かを言った。
「ご主人様、あれは何ですか?」
リーネが、鏡の端の方を指差す。
「リーネ、何か見えるのか?」
「はい、何だか人じゃない物が映っている様に見えるんですけど・・・。」
「プドル、リーネの指差す辺りをよく見てみてくれ。」
徐々に映像が集団の最後尾の方に向かって拡大されて行く。
すると、リーネの言うように、人ではない、何か箱状の物が映し出された。
「あれは荷車ですね、荷車に何か大きな箱状の物・・・恐らく檻ですね、檻を積んで運んでいる様です。」
バルドッグのその言葉に、プドルの視線もその荷車に集中する。
徐々に、鏡の中の木製の檻らしき物が段々と拡大されてきた。
そのゴブリンに囲まれた荷車の上の檻の中には、一人の人間が身体を縛られて横たえられていた。
「誰かが縛られて捕らえられているのか?」
私の言葉にプドルが答える。
「あれは、恐らく牛人種の・・・タウロスマンの女性の様ですね、何やら苦しそうな表情をしています。」
「タウロスマンの女性を捕らえて、奴等は何をするつもりなのだ?」
画面の中の女性は、かなり苦しそうにしている、病気なのだろうか?
少し気になった私は、その周囲を確認してもらう事にした。
「プドル、その前後を見渡してくれるか? 何か気になる。」
「了解しました。」
画面が前後に動く。 よく見ると、後方のゴブリンの顔が、妙に焦っている様に見える。
「後方だ、後ろに視線を移してくれ。」
画面がサッと後ろに動くと、ゴブリンの姿が一気に疎らになった。 そして・・・。
「何ですか!? あれはっ!!」
叫び声をあげるプドル。
私達は画面に映し出されたモノを見て驚きの声を上げた。
それは、異様な姿をしていた、明らかに周囲のゴブリンとは異質な存在。
画面越しに見ても明らかに巨大なその身の丈は、小柄なゴブリンの5倍近い高さで、全身を真っ黒な毛皮に覆われたその身体は、毛皮の上からでもはっきりと分かる程の、強靭な筋肉に覆われていた。
そして頭から生えたまるで水牛のの様な巨大な二本の真っ赤な角・・・。
その目は怪しく真っ赤に輝き、そしてその口からは泡と涎を絶え間なく出していた。
画面の中に映っていたのは、巨大なタウロスマンだった。
但し、唯のタウロスマンではない・・・。
「まさか、タウロスキング?」
タウロスキングと言うのは、牛人種のタウロスマンの中でも最上位種と言われる存在で、先ずそこまで進化することは出来ないとまで言われている存在だ。
当然の如くその力は圧倒的な強さを誇る。
「しかし、唯のタウロスキングには見えません。 あれは完全に正気を失っています。」
画面の中ののタウロスキングは、常に辺りをキョロキョロと見渡し、周りの匂いを嗅ぐ仕草をすると、大きな雄たけびを上げて前方に進んでいくと言う、おかしな行動を続けていた。
そして、そのタウロスキングの周囲に、妙な袋を抱えたゴブリン達が数名、タウロスキングを取り囲むように
していた。
どうやら、時折その袋の中から何かを取り出して、タウロスキングにぶつけている様子だ。
そこで私はある事に気付く。
「先程のタウロスマンの女性は、餌か!?」
私の餌と言う言葉にリーネが怯えた顔をする。
しかし、他の二人は私の言いたい事が分かったのだろう。
「先程のタウロスマンの女性は、何かしらの薬を与えられて、無理やり発情状態にされているのだろう。 だから苦しそうな顔をしているのだ。 そして、後ろから追っているタウロスキングは雄だ、恐らく女性と同じく発情状態にされているならば、発情した雌の匂いに誘われてその後を追っていると考えてもおかしくない。」
「なんと言う酷い事を。」
プドルが苦々しそうな顔をする。
「つまり、ゴブリン共は、あのタウロスキングをポークビッツの街で暴れさせて、我らを倒そうと考えていると言う事でしょうか?」
「恐らく、そうなのだろう。 あの巨体のタウロスマンが本当にタウロスキングだったならば、力は私より上と考えねばならない。 すると、一筋縄ではいかない相手だ。」
「しかし、本当にタウロスキングなのでしょうか? 大柄なタウロスソルジャーと言う事も・・・?」
不安げにそう問いかけてくるプドルだが、私はタウロスキングと確信していた。
しかも唯のタウロスキングではない・・・、あれは・・・。
「あれはタウロスキングだ、しかも唯のタウロスキングではない。」
そう、かつてパルキー湖の遙か西には、バイエルン山脈の麓の洞窟に潜み、周囲の集落や村を襲って多くの宝物を集めていたハイタウロスの盗賊がいた。
しかし、次第に森と山脈に漂う瘴気に蝕まれて行き、遂には正気を失い魔物となってしまった存在。
しかもそのハイタウロスは、魔物になる事で身体が急激に進化し、タウロスキングという最上位種となった。 しかし、魔物化で完全に理性を失ったソレは、本能だけで生きる化物と化し、洞窟に近付く者をだれかれ構わず襲って食らうようになった。
次第に人々はソレを牛王と呼び、洞窟の魔王と恐れるようになった。
今でも、名声やその首に懸かった高額の賞金に釣られ、その洞窟に向かう冒険者達は後を絶たないが、その殆どが命を落としていると言う・・・。
「あれは恐らく、迷宮の魔王。 牛王だ!!」
私の言葉に、プドルだけでなくバルドッグすら焦りの表情を浮かべる。
「牛王!? まさか、奴等はあの魔王を誘き出したと仰るのですか?」
「タウロスキング等、そう易々と誕生するものではない。 そして、あの辺りに存在するタウロスキングと言えば、牛王しか居ない。」
「うう・・・。 ゴブリン共め・・・何と言う恐ろしい事を!!」
普段冷静なバルドッグからは想像も出来ないほどうろたえている。
しかし、私の強さを良く分かっているバルドッグだからこそ、あの化物の恐ろしさも理解できるのだろう。
そう、あの牛王は、この私よりも強い!!
「ご主人様、一体どうなるんですか?」
状況は良く分からないが、大変な事態という事だけは理解したリーネが、心配そうに尋ねてくる。
私は、リーネの顔を見て、何時の間にか落ち着きを取り戻していた。
『そうだ、私にはここに守らねばならない者が居るではないか。 弱気になってどうする!』
私はリーネの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だ、私が何とかしてみせる。」
「ですが、どうすればよろしいのでしょうか? ご主人様。」
「確かに緊急事態だが、今奴等がいる場所は、この町からまだかなり離れている、恐らくどんなに早くても街の近くまで辿り着くのにはまだ丸一日は掛かる筈だ。それだけの時間があれば、応援を呼ぶ時間も十分ある。」
それよりも、敵の事をもう少ししっかりと調べておくべきだ。
「プドル、先程の荷車よりも前に向かって少しずつ視線を前に移動させてくれ。」
「あ、はい!」
いきなり言われて、慌てて対応をするプドル。
画面の映像がが少しずつゴブリンの列の前方へと流れて行く。
すると、ゴブリンの集団の中に御輿に担がれた大柄なゴブリンが見えた。
「今の所をよく見てくれ。」
プドルも気になったのだろう、直ぐに画面に、御輿に乗った大柄なゴブリンが大きく映し出される。
あれが恐らくこのゴブリンの軍団の長、ゴブリンキングなのだろう。
ゴブリンキングは、ゴブリン族の最上位種で、ゴブリンの中では圧倒的な力を持っているが、元々が他種族よりも力の弱いゴブリン族なので、こちらが相手ならば、私も何の問題もなく対処できていたのだが・・・。
しかし、ゴブリンは多少知能が低いが、基本的にはあまり好戦的でない種族だったはずなのだ。
今から20年以上前に、虐げられる生活に嫌気がさしたあのゴブリンの一族は、例え苦しくても自分達だけで生きていった方がマシだと、王国から出て行ったのだ。
勿論、王国に残ったゴブリンも多く居たが・・・。
しかし、そこまでして静かに暮らす事を選んだはずの彼等が、何故今回この様な行動に出たのだろうか?
そんな疑問を頭に、ゴブリンキングの様子を観察していると、ゴブリンキングの傍に妙な男?が一人立っている事に気が付いた。
その男?は頭からフードマントを被っており、しかも妙な仮面を被っていて性別などはハッキリしない。
しかし、何よりも目立つのはその身長だった。
小柄な背丈のゴブリンの集団の中において、唯一人飛びぬけて背が高かった。
「バルドッグ、あの男は何だ?」
私にそう言われて、私の指差す方を凝視するバルドッグ。
「これは、ゴブリンではありませんね。 この体型なら、恐らく人族と思われます。」
「何故、ゴブリンキングの傍に、ゴブリンでは無い者、恐らく人族が居ると思う?」
「まさか、あの牛王を利用する案を提案したのがこの者!?」
「私には、あのゴブリン達が、あの牛王を利用してまで街を攻撃しようなどと考え付くとは到底思えない。 むしろ何者かが我々を倒すべくゴブリン達を利用したと考えるべきだと思う。」
「あの者が!?」
バルドッグ、奴等が街に着いた際は、あの仮面の事を任せても良いか?
「御意。」
「よし、では一旦屋敷に戻って、各自行動に出る。 プドル、ご苦労だった、一旦屋敷で休んでくれ。」
遠見の魔法は、使用時間中ずっと魔力を消費するので、意外と疲れるのだそうだ。
「了解しました。」
ふらつくプドルを、リーネが支える。
そんなリーネに、嬉しそうに寄りかかるプドル。
私達は、城壁から降りると、急いで牛車で屋敷に戻った。
▽
屋敷に戻った私は、早速皆に指示を出す。
先ず、メイド達は続いて食事の手配。
この先屋敷に大勢街の住人を避難させるつもりなので、幾らあっても足りないからだ。
使用人の男性陣は、街の衛兵や王国騎士団員と共に街中に今回の緊急事態の詳細を知らせて回る事。
その際、家が城門近くにある者や、家が貧弱で、万が一攻撃に遭うと持ち堪えられないと思われる者は、全員私の屋敷の敷地内に避難させる。
私の両親には、屋敷の子供達の子守を頼んだ。メイド達が手一杯になりそうなので、地味だが大切な仕事だ。
プドルは、戦いが始まると、回復役に徹して貰わないといけなくなるので、プドルと他、屋敷内で回復魔法、治癒魔法を操れる者は、プドルと共に明日までしっかり休息を取らせる事にした。
バルドッグは、これから急いで各街に飛び、応援に来てくれる私の仲間を掻き集めてもらう事にする。
彼には、各街への転送屋のフリーチケット(使った分だけ後で請求が来る)を持たせてあるので、気兼ね無く転送魔法で飛んで貰う。
今は時間が勝負なのだ。
そして最後にリーネだが・・・。
「リーネは、私がこれから用意する書簡を王都の王城に居られるガレオン国王陛下に届けて欲しい。」
私はそう言ってリーネを執務室に促す。
私達が執務室に入ると、デスクの上には既に数枚の書き掛けの手紙が置いてあった。
実は偵察に向かうまでの間に、出来る限り手紙を書いておいたのだ。
私は専用の椅子に座ると、急いで手紙の残りを書き終える。
ワザと書かずに開けておいた、敵の規模や、予想外の存在だった牛王の存在も書き足して行く。
リーネは、手持ち無沙汰で待っていたが、今は相手をしている余裕は無い。
しかし、せっかくなので私はリーネに一つお使いを頼む事にした。
「リーネ、メイドのネイリーは分かるね?」
「はい、ニアちゃんのお世話をしてるお姉さんですよね。」
「そうだ、そのネイリーを此処に呼んで来てくれないか? 恐らく厨房に居るはずだ。」
「はい!」
パタパタと執務室を出て行くリーネ、私はリーネが戻る前に手紙を書き上げようと作業に集中した。
▽
暫くすると、二人の足音が近付いて来る。
私も、手紙をようやく書き終えた。
その数枚の手紙を、私からガレオン陛下に送る時専用の赤い封筒に入れ、封蝋に私の屋敷の紋章の印を捺す。
するとタイミング良く執務室の扉がノックされた。
「入ってくれ。」
すると、リーネとネイリーが部屋に入って来た。
「ご主人様、ネイリーさんを連れてきました。」
「お待たせしました、デブリンガー様。」
ネイリーがお辞儀をしてくる。
「ネイリー、実はお前を呼んだのは、これから特別な仕事をして貰いたいからだ。 構わないか?」
私の問いに、無言で頷くネイリー。
「リーネ、これが先程言った陛下への書簡だ。 今回の一件の報告と、救援要請が書いてある。 これからネイリーと二人でこの書簡を陛下に届けて貰いたい。」
私が今用意し終えたえたばかりの書簡を見せる。
「ご主人様、どうしてワタシが?」
不思議そうに尋ねてくるリーネ。
「今回は、少しでも早く陛下にこの書簡を読んで頂かなければならない。 その為には、陛下に直接会ってこれをお渡しするのが最善だ。 しかし、陛下はご多忙な方なので、余程の相手で無いと直ぐには会って貰えないだろう。」
「だ、だったら尚更ワタシなんかじゃ・・・。」
「リーネには、この書簡を持って、私の妻・・・、つまりデブリンガー・アブラハム伯爵夫人として面会を申し出て欲しいのだ。」
「ええっ? 妻って・・・ワタシが!?」
「この書簡に押印してある紋章は、これだけで私の身内だと言う証明になる。 その上、私の妻だと名乗ってくれれば、あのガレオン陛下なら間違いなく会って下さるだろう。」
「でも、ワタシはガレオン陛下には一度しか会った事が・・・。」
「心配要らない、ガレオン陛下は一度会った相手の顔は決して忘れない。 お前はあの時私の婚約者とプドルに紹介されていたから尚更だ。 陛下はあの時とても楽しんでおられたからな。」
「そしてネイリー、お前にはリーネがガレオン陛下にお会いするまでの間の、リーネの護衛を頼みたいのだ。 それに、お前も陛下とは面識があるからな。」
「承知しました、お任せくださいデブリンガー様。」
そう言って軽くスカートの裾をつまんでお辞儀をする。
ははは、この半年で随分メイドらしさが身に付いたものだな・・・。
「ネイリー、念の為言っておくが、私がお前に命じるのは、あくまでリーネを守る事であって、リーネを襲おうとした者を倒す事では無いぞ? 今回は最優先なのはリーネの身の安全だ。 だからもしも誰かにちょっかいを掛けられた時は、一切相手をせずに、直ぐにリーネを抱えて走って逃げろ。 だからこそ、素早さが自慢のお前に任せるのだ。」
まあ、料理の腕前が壊滅的に酷いネイリーを厨房に立たせるリスクを減らしたいと言うのもあるのだがな・・・。 でもこれは内緒だ。
「了解致しました。 必ず無事に送り届けます。」
「では今直ぐリーネと共に王都へ向かってくれ、道案内もネイリーに任せる。」
そう言いながら、懐から転送屋のフリーチケットを渡す。
「リーネ、私はこれからやつらを迎え撃つ準備をしなければならない。 だから陛下への連絡はお前に任せる、これは大変重要な仕事だ。 出来るな?」
リーネは私から書簡を受け取ると、私の目を見て答えた。
「ハイ! 行ってきますご主人様!!」
そしてリーネとネイリーは執務室を出て行った。
「さて、私は私のやるべき事をやるとするか!」
私も椅子から立ち上がり、執務室を出た。
▽
屋敷を出た私が向かったのは、冒険者ギルドだ。
冒険者とは、普段は魔物退治や薬草集めなど、街の外での作業をメインに受けてくれる何でも屋的な存在なのだが、彼等の所属する冒険者ギルドは、国に直接属さない独自の組織であり、国からの援助を受けない代わりにどの国とも公平に取引をする事をモットーにしている組織だ。
故に、国と国の争いには、決して力を貸さないと言うルールがあり、幾ら金を詰まれても、戦争行為には決して加担しないのだ。
しかし、戦争行為でなければ、金次第でどんな仕事も引き受けてくれる、それが冒険者なのである。
だからこそ、私は今回の一件で、彼等冒険者達にも応援を依頼することにしたのだ。
そう、今回は明らかな侵略行為で、戦争のソレとはまるで別物だったからだ。
それに、冒険者殺しと呼ばれる洞窟の魔王、牛王の存在もある。
あの魔物が襲って来るとなれば、彼らも黙って見ている訳には行かないだろう。
尤も、あの牛王を倒してくれなどと言う依頼をするつもりは毛頭無いのだが・・・。
『あの怪物は私が相手をする!!』
恐らく、あの牛王の相手が務まるのは、この街には私しか居ないだろう。
他の者では、間違いなく殺されてしまうだけだ。
私は、この街の人間を誰一人死なせるつもりは無い。
ゴブリン達には悪いが、例え彼らを全滅させてでも、守り抜くつもりだった。
私は決意を固め、冒険者ギルドを訪れた。
冒険者ギルドの中には、ギルド職員以外に十数名の冒険者がたむろしていた。
冒険者ギルドの受付カウンター前は、冒険者同士の交流の場でもあり、そこで食事や飲酒も行われている。
今も数名の冒険者が酒を酌み交わしていた。恐らく仕事終わりなのだろう。
建物の中に入った私を、冒険者達が一斉に見る。何時来ても此処はこんな感じだ。
私の素性に思い当たったギルド職員は慌てて私の元に駆け寄ってくる。
人族の受付嬢の様だ。
「これは、領主様。 本日はどういった御用でしょうか?」
受付嬢の言葉を聞き、周囲の冒険者はざわめきを大きくする。
確かに、冒険者ギルドを領主がいきなり訪ねるなど、先ず無い事だろう。
私は、周囲の者は気に留めず、私に駆け寄ってきた受付嬢に要点を伝える。
「緊急事態が起きた。今直ぐギルドマスターを呼んで欲しい。」
「緊急事態ですか? し、少々お待ちください。」
そう言うと慌てて奥の部屋へ駆けて行く。
すると直ぐにギルドマスターと共に戻ってきた。
此処のギルドマスターは、ワードッグの老人で、バルドッグよりもずっと年上の男性だったが、未だにしっかりとした足腰で元気にギルドを仕切っている。
「これはこれはようこそお出で下さいました、領主様。 しかし緊急事態とは穏やかでは御座いませんな。 一体何があったと仰るので?」
私は単刀直入に説明する事にした。
「時間が無いので、端的に話す。 今、このポークビッツの街は未曾有の危機に瀕している。」
その言葉に、周囲のざわつきが一層大きくなる。
「その未曾有の危機とは?」
ギルドマスターは、私の話し方から危機感を感じ取ったのか、神妙に尋ねてきた。
「今、ゴブリンの大群がこの街に向かって進軍してきている。 その数約5000体、どうもこの街を乗っ取るつもりらしい。」
「ゴブリンが・・・、5000!?」
ギルドマスターが目を剥いた。
「その5000体のゴブリンが、ほぼ全員何かしらの武装をしている。 当然、一般のゴブリンでは無いだろう。 皆がゴブリンファイターやアーチャーなどの上位種であると推測される。」
「・・・つまり領主様は、我々にそのゴブリン達の相手をして欲しいと仰るので?」
周囲に緊張感が走る。流石に十数名の冒険者だけで相手をするには流石に数が多すぎるのだ。
「そうだ。 しかし、当然冒険者だけにそれを押し付けるつもりは無い。 今街の衛兵達や騎士団員が街の人々の避難誘導に回っているが、避難が終了し次第、彼等も防衛に回る事になっている。」
その言葉で、一気に安堵の空気が広がる。
王国騎士団や精鋭揃いのこの街の衛兵達が協力するのならば、大変ではあるが決して不可能ではないと判断出来たのだろう。
しかし、私がこれから言う言葉で辺りは凍りつくことになる。
「だが、問題はそこでは無いのだ。 奴等は、どうやら洞窟の魔王、あの冒険者殺しの牛王をこの街まで誘き寄せようとしているのだ。」
「なっ!? 牛王ですと!?」
牛王という言葉に一気に周囲が騒がしくなる。
ザワザワとざわめく周囲を窺うと、その大半の者の顔は青ざめていた。
やはり、多くの冒険者を亡き者にしてきた牛王は、恐ろしいのだろう。
「では・・・、領主様は我々に牛王を・・・?」
震えながらそう言い掛けたギルドマスターを私は手で制する。
「否、諸君らに牛王の相手をして貰うつもりは無い。 あくまでも頼みたいのはゴブリン達の相手だ。」
「し、しかしあの魔王を放っておけば、街は大変な事になってしまいます! それこそ、ゴブリン5000体より余程の脅威ですぞ!?」
「心配は要らない。 あの牛王は・・・。 私が相手をする!!」
周囲が一気に静かになる。
固唾を飲み込む音がそこかしこで聞えてきた。
「な、何を仰る! あの牛王は、正に魔王の名に相応しい怪物ですぞ? 確かに領主様がお強い事は十分把握しておりますが・・・。」
「しかし、あの怪物と互角に渡り合えるのは、恐らく今のこの街には私しか居ない。 私以外の者が奴に挑めば、恐らく確実に殺されてしまう事になるだろう。」
私は冒険者達の顔を見渡した。
「だから私が諸君らに頼みたい事、それは! 私が牛王と戦っている間、周囲のゴブリン達が私に余計な攻撃を仕掛けて来ない様に、周りのゴブリン達を相手にする事だ。」
「・・・・・・。」
周囲は唖然として言葉が出ない様子だった。
「引き受けてくれるかね?」
私の言葉に、ギルドマスターは慌てて答える。
「も、勿論で御座います。 我々は出来る限りの事をさせて頂きますが・・・、本当に我々は牛王の相手をしなくて宜しいので?」
申し訳なさそうな顔のギルドマスター。
「牛王と戦う際の私のサポートは、私の仲間に任せるつもりだ。 しかし、彼等だけでは周囲のゴブリン全てを相手する事は不可能。 だからこそ戦いに慣れている君達に頼みたいのだ。 王国騎士団は街の人々の身を守るのが最優先となる為に城門を守って貰う事になるので、最前線へ向かわせる訳にも行かないのでな。」
私は、その場に居る冒険者達に早速やって貰いたい事を説明する。
「先ずは、遠距離の魔法攻撃が可能な者と、弓を扱える者は城壁の上からゴブリンを攻撃して欲しい。 優先して倒して貰いたいのは、私の邪魔をしそうな個体と、城門に近付こうとする個体だ。」
私の説明に頷く数名の冒険者達。恐らく彼等が弓や魔法が使える者なのだろう。
「近接戦闘が得意な者は、私の仲間や衛兵達と共に、城門に近付こうとするゴブリンの相手だ。 城門前の騎士団の傍には、私の仲間の回復魔法の使い手達が控えているので、怪我を負った場合は即座にそこに戻り治療を受けて再び戦って欲しい。」
剣士と思しき冒険者達が一斉に頷く。
「それと、ここに居る冒険者の中で、実際に牛王を見た事がある者は居ないか?」
私がそう問い掛けると、隅の方で酒を飲んでいたグループの内の二人が手を上げた。
「俺達は一度見た事がありますぜ。 あの時は賞金に目が眩んで仲間数人で噂の洞窟まで向かったんですが・・・。 いざ戦ってみたら、全く歯が立たず、結局仲間の大半は死んでしまいまやした。 俺とこいつだけは何とか逃げおおせましたが・・・。」
真っ青な顔をした二人の男に、私は、投影の鏡で見た牛王と思われる怪物の姿を語って聞かせる。
すると、二人の顔は更に青くなって行った。
「間違いありやせん、あの赤い大きな角は今でもたまに夢に出て来やす。」
「そうか、ならばやはりあれは牛王で間違いないのだな。」
私は、心を落ち着かせ気合を入れる為に、両頬をパンッとはたいた。
私が恐れていては話にならないのだ。
「よし、よく分かった。 今回の一件に関しては、討伐数に関係無く報酬は一律で用意する。 従って、皆で協力して闘って欲しい。 先程私が調査した所によると、恐らくゴブリンの大群がこの街に到着するのは、明日の正午前だと思われる。 だから、明日の戦いに備え、今日は早めに休んでいて欲しい。 明日の朝になったら、北側の城門前に集合してもらいたい。」
私は一応の説明を終え、冒険者ギルドを後にしようとして、一つ重要な事を言い忘れていた事を思い出した。
「おっとそうだ、明日の決戦だが・・・。 私が攻撃を仕掛けるまでは、決してこちらから攻撃を仕掛けないで貰いたい。 無駄だとは思うが、一応向うのボスと対話を試みるつもりだ。」
皆が私の言葉を理解した様子なのを確認して、私は冒険者ギルドを後にした。
さあ、私も今日の所は早めに休むとするか・・・。
私は一人屋敷へと向かった―――。




