異変
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第二十二章
*********** 第三者視点 <見張台> ***********
冬の季節も終わりを告げ、気温は日に日に暖かくなって来ていた。
雪はもう、高い山肌にのみ残っている状態で、麓の森やその周辺には、春の花がチラホラと咲き始めている。
これはそんなある朝の出来事だった・・・。
「あふっ、ふわ~~~~~っ!」
今日も退屈な見張りの仕事に欠伸を噛み締めながら、ホビット族のレッドは、何時ものように辺りを見回していた。
「最近暖かくなって来たな。」
「そうですね、俺は寒いのは苦手なんで有り難いですよ。」
そう答えたのは、キャットマンのグレイだ。
彼は今、見張り台の下にある休憩所で、食事の用意をしていた。
この灯台を兼ねた見張り台は、下の休憩所と梯子で繋がっており、見張り台の上と下の休憩所で直接会話が出来る。緊急時に声を届け易くする為の工夫だった。
「オイラも寒いのは苦手ッス!」
もう一人の見張り仲間のドッグマンのブルーが答えた。
彼は、今さっき交代したばかりで、これから食事を取って仮眠する。
この見張り台では三人で順番に仮眠を取って見張りを交代しているのだ。
ここはパルキー湖に浮かぶ小島の上の見張り台。
小さな家を一件位しか建てるのが精一杯の小さな島で、この見張り台兼休憩所の建物だけで殆ど残りのスペースは無い状態だ。
後は、島の岸にロープで停めてある小型の船が二艘。
一艘は彼等がこの島に渡る為の船で、四人乗りの帆船、そしてもう一艘は、緊急時に街に連絡をする時の為の、魔法で動かす事が出来る一人乗りの高速船だった。
この見張り台のある小島は、パルキー湖西部の端に存在し、広大なパルキー湖の東部に存在するポークビッツの街の反対側に存在していた。
このパルキー湖とポークビッツの街の北部には険しいバイエルン山脈が広がっており、ニクロム領からポークビッツの街に向かうには、このパルキー湖を延々と迂回して行かねばならない。
パルキー湖のこの島がある地点から、街の入り口がある場所まで湖に沿って進むと、徒歩では休み無しでも一日以上掛かってしまう程の距離がある。
しかし、高速船で湖を横断すれば、1時間もかからず街まで辿り着けるのだ。
その為、湖を挟んで街の反対側にあるこの小島は帝国の進軍を警戒する上でも非常に重要な場所であった。
しかもこの小島は、湖岸からはかなり離れた場所にある為に、船が無いと辿り着くのは難しい。
故に敵にこちらの存在を知られても、攻め落とされる心配が少なかったのだ。
ガレオン王国とニクロム帝国の間に停戦条約が結ばれて、もう直ぐ一年が経とうとしていた。
しかし、数ヶ月前のシャウエッセンの街の領主が帝国のスパイと繋がっていた一件もあり、ポークビッツの街の領主であるデブリンガー・アブラハム伯爵は決して油断していなかったのだ。
故に、停戦後も決して見張りの仕事を続けさせている。
▽
「そう言えば、遂にシャウエッセンの街の前の領主が公開処刑されたそうだな。」
「リドリー・ゴルドーッスね、うちの領主様とは正反対の屑野郎だったって話じゃないッスか!」
実は先月末に遂にリドリー・ゴルドーが国家反逆罪の罪で公開処刑された。
処刑は、わざわざシャウエッセンの街で執り行われており、あの男のせいで家族を失った者が大勢集まった。
しかしリドリーは、大勢の市民に罵られながらも、まるで反省の色を見せておらず、最後まで毒づいていた。
「しかし、処刑まで随分時間がかかりましたね、」
「なんでもあの男、かなり魔法に耐性があったらしく、魔法により尋問にかなり時間が掛かったそうだ。」
「へ~、そんな人間も居るんッスね。」
「まあ、凄い魔法の使い手にはそういう者も多いらしい。」
レッドの言葉に、休憩所のグレイとブルーは感心している様だった。
ここに居る三人は、左程魔法の才は無い。
何とか魔力使用の高速船を扱う事が出来るだけだ。
というより、魔法の高速船を操れる事が、この見張台に配属される最低条件だったのだ。
「そういや、リドリーの証言から、帝国のスパイが一人居た事が分かっているんだが・・・。」
「確か、領主捕縛の際に運良く出かけていて、捕まるのを逃れたそうですね。」
「ああ、そうらしい。 しかも、王国騎士団の調べによると、その直後に転送屋から逃亡を図った事も分かっているそうだ。」
「ってことは、そのスパイはどこか別の街に潜んでいるって事ッスか?」
「そうだ、転送屋の記録では、そのスパイはアルトの街に逃げたそうなんだが・・・。」
「アルトの街って、ポークビッツの街の隣の街じゃないですか!」
「うむ、王国騎士団の面々もアルトの街を徹底的に捜索したらしいのだが、全く手懸りが掴めなかったそうだ。 恐らく、直ぐに別の街に移動したのだろう。」
「それじゃあ、そのスパイ、ポークビッツの街に来ているかも知れないって事なんじゃあ?」
「ああ、もしかしたら、今まで帝国側に向かって移動して行った者達の中にそいつが紛れていたかもしれないな。」
帝国と停戦状態になったからといって、二国間に国交が結ばれた訳では無いので、湖岸を通って帝国領に向かう者は極僅かしかいない。
但し、帝国領との間にも幾つかの小さな種族の集落等も存在するので、全てが帝国領に向かっているとも言えないのだ。
中には、一部の帝国領の村と、交流している部族や村なども存在している。
実際、帝国国民の全てが獣人種を毛嫌いしている訳では無く、貧しさ故、背に腹は変えられずに獣人の村と取引を行っている者達も存在した。
またそれ以外にも、冒険者と呼ばれる者も存在する。
彼等は冒険者ギルドと言う国に属さない特別な組織に属する者で、国の垣根無く世界中を旅して回る事が出来
る特別な権利を有していた。
勿論それなりの制約は存在するが・・・。
そんな彼等なら、王国領から帝国領に移動することもありえるのだ。
但し、人族意外は最低の扱いしか受けられない帝国領にわざわざ向かう獣人種の冒険者等は先ず存在しなかったが・・・。
その為、彼らも帝国側に向かう旅人を目撃したとしても、特別不審に思う事などなかったのだ。
「うーーーん、帝国領の方に向かう旅人も、全く居ない訳じゃないですからね。」
「まあ、私としては、旅人の振りでもしてそのまま帝国に帰ってくれていた方が助かるんだがな・・・。」
見張り班の班長であるレッドが、遠くを眺めながらボソリと呟いた―――。
▽
「それじゃあ、お休みッス!」
食事を終えてブルーは仮眠を取りに休憩所の寝室へ向かう。
グレイは自分とブルーの食器を片付けて、梯子を上ってきた。
「班長、交代しますんで飯食って来て下さい。」
「ああ、すまんな。」
レッドはグレイと交代して休憩所の方へ降りて行った。
今日の食事のメニューは、堅パンと野菜のスープと煮魚、代わり映えの無いメニューだ。
1班と2班で五日交代のこの見張りの仕事は、交代時に五日分の食料を一緒に持ち込むので、基本的に食事のメニューは決まっている。
日持ちのする堅パンと、一度に沢山仕込める野菜のスープ、そして安く仕入れられる魚の料理だ。
魚ならば、休憩時間に釣りをして釣り上げて食べる事も出来るのだが、毎日魚料理を食べている彼等は、わざわざ魚を獲ろうとはしなかった。
「文句を言っても始まらないか・・・。」
レッドは、黙々と食事を平らげた。
レッドが食事を終え、食器を片付けていると、グレイが声を上げる。
「班長! あれは、何でしょうか?」
「どうした?」
レッドは食器の片付けを放置して梯子を上る。
「あそこに見えるのは何でしょうか?」
グレイは望遠鏡を覗きながら、南西の方向を指差す。
レッドは見張台に置いてあった予備の望遠鏡を手に取ると、グレイの指差す方向を見た。
パルキー湖の遙か南西の方向の湖岸に、何やら小さな集団が集まって来ていたのだ。
まだかなり距離が離れている為にはっきりとはしないが、何者かの集団が湖に沿って北上しているように思えた。
「あれは・・・、ゴブリンじゃないのか?」
レッドが望遠鏡を覗きこみながら呟く。
「確かに、あの小柄な感じはゴブリンに見えなくも無いですが・・・。」
「・・・確かに、あまりに距離が離れすぎている為に、小さな虫が一塊になって蠢いている様にしか見えないが、恐らくあれはゴブリンで間違いなさそうだぞ。」
「しかし、どうしてゴブリンの集団が?」
「うーむ、確かにパルキー湖の南の方の森の傍には、20年以上前に王国から出て行ったゴブリン達の集落があった筈だが・・・。 まさか、奴等良からぬ事を企んでいるのでは無いだろうな?」
「うわっ、班長! 木々の陰からどんどん出てきていますよ!? 物凄い数です!!」
レッドは暫く思案すると、大声で怒鳴った。
「ブルー!! 悪いが起きてくれ!!」
見張台と休憩室をつなぐ穴に頭を突っ込みながら、ブルーを呼び起こす。
「ふぁい、何なんッスか? はんちょ~。」
やや寝ぼけながら起き出すブルーに、レッドは命令をする。
「取り敢えず上に上がって来い、それから指示を出す。 大至急だ!」
慌てて梯子を登って来たブルーに、レッドは自分の望遠鏡を手渡す。
望遠鏡を受け取ったブルーがレッドの指差す方を見ると、凄まじい数の小さな人影が、ゾロゾロと湖岸に沿って行進をしていた。
「なんなんッスか!? あれは!!」
「私はゴブリンだと思うが、お前はどう思う?」
「・・・ゴブリンと言われればそうッスね。 しかし、あんな数のゴブリンなんて見た事ないッスよ!」
「恐らく、今見えているだけでも、1000・・・否、2000人は超えていると思う。 そんな数のゴブリンが大挙してパルキー湖を北上しているのは、何の為だと思う?」
ゴクリと固唾を飲み込む音がする。
「まさか、ポークビッツの街を襲撃するつもりじゃあ・・・。」
「確証は無いが、私もその通りだと考えている。 だからブルー、お前に命令だ。 今直ぐ高速船に乗って、この状況を街の領主様にお伝えするのだ。」
「あっしがですか?」
「我々は此処でもう少し奴等の様子を探らねばならない。 お前は今直ぐ街へと向かってくれ。 領主様の元には優秀な魔法師が居られるから、奴等の事を詳しく調べて下さる筈だ。」
慌てて下に降りるブルー。
「もしも、奴等に敵対の意思有りと判明した場合は、此処から狼煙を上げる。 その事も伝え忘れるなよ!」
「了解ッス~~~!」
ブルーは、下に降りると直ぐに見張り台の外へ飛び出し、高速船の停めてある場所に向かう。
高速船は、一人乗りの小さな船だが、両サイドに取り付けられた二つの水晶に水流の魔法が封じもめられており、その水晶に魔力を注ぎ込む事によって風などに左右される事なく水上を移動する事が出来るのだ。
「発進ッス!!」
掛け声と共にブルーが水晶に魔力を込めると、ブォ~~~~ッ!っという音と共に高速船が発進した。
ブルーが街に向かった事を見届けると、レッドはグレイの横に立って、再び望遠鏡を覗き込んだ。
すると、またゴブリンの数が更に増えていた。
「おいおい、一体何人居るんだ!?」
*********** 第三者視点 <ゴブリンキング> **********
パルキー湖を北上するゴブリンの大群。
その数は約5000人にも及び、それらが全て湖岸の街道を行進していた。
その大群の中心に、御輿に担がれた一際大柄なゴブリンが一人居た。
このゴブリン達の王であるゴブリンキングのゴブキンである。
「なあ、仮面の人。 本当にあの街を我等の物に出来るだか?」
ゴブキンに声を掛けられたのは、ゴブキンの御輿の傍を歩いている、周りのゴブリン達と比べても明らかに高い身長の仮面を被った男だった。
「勿論でございます、ゴブキン様。 私の立てた作戦通りにやれば、あの豊かな街を手に入れる事が出来るのです。」
仮面の男は、全身を黒いローブで覆っており、声さえ発しなければ男か女かも判別が付かなかった。
「しかし、まさかあの洞窟の魔王、牛王を誘き出すとは・・・。 本当の本当に大丈夫だか? ワシらが逆にやられてしまったりしないだか?」
「あの牛王は、魔物化した際に完全に理性を失っております。 ですので、本能のままに暴れるだけの化物ですが・・・それ故に操る方法もあるのです。」
仮面の男はクククと笑い声を上げる。
「牛王は、移動速度が遅いので、不用意に近付き過ぎない限り安全です。 移動速度だけなら、ゴブリンの皆さんの方が早いですからね。」
「ふーむ、しかし、あんな方法があるとは・・・流石仮面の人は頭が良いだよ。」
ゴブキンが御輿の遙か後方を振り返ると、そこには下っ端ゴブリン達が必死で引いている荷車があった。
そして、その荷車の上には、木製の檻が添え付けられており、檻の中には苦しそうな顔をしている牛人種の女性が身体を縄で縛られて横たわっていた。
「この作戦の為にわざわざ牛人種の集落から攫ってきた、メスのタウロスマン。 あれさえあれば、牛王はこちらの思うままに操る事が出来ます。」
牛人種の集落から誘拐して来た若いメスのタウロスマン。
そのタウロスマンのメスに、常に発情状態が続く秘薬を飲ませ、周囲にフェロモンを撒き散らさせる。
そしてそのメスを餌にして、洞窟の中に居る牛王を誘き出したのだ。
魔物化した事により、最早本能でしか行動しない牛王は、発情したメスの匂いに誘われるまま、ずっとあの荷車を追ってきているのだ。
その為に、風がポークビッツの街の方から吹くようになるこの季節まで待っていたのだ。
そして、牛王がメスを諦めて洞窟に帰ってしまわないように、定期的に牛王にも発情の秘薬を投げつけて、常に発情状態においているのだ。
「取り敢えず街の入り口まで着いたら、あの荷車を城門ギリギリまで持って行き、我等は一斉に距離を取れば・・・。 後は我等に気付いて外に出てきたポークビッツの兵士共を、あの牛王が殲滅してくれる事でしょう。 我々は何もしなくても奴等に勝利できるのです。」
「成る程、ならワシ等は見ているだけで良いだか?」
「いいえ、勿論やる事はございます。 あの牛王が暴れて、向うの兵士が逃げ回っている隙に、何としても街の中に入るのです。 そして転送屋を制圧すれば我等の勝利です。」
「何故転送屋を制圧するだか?」
「転送屋を制圧しないと、何時他所の街から応援が駆けつけてくるか分からないからです。 幾ら洞窟の魔王、牛王と言えど圧倒的な数の敵には流石に勝てないかもしれませんので・・・。」
「分かっただ、部下にもそう命令しておくだよ。」
部下達に大声で指示を出しているゴブキンを見ながら、男は仮面の下で笑っていた。
「ククク、死神デブリンガーめ、今に見ていろ! 幾ら貴様でも洞窟の魔王は倒せまい!」
********** 第三者視点 <見張台> **********
あれから一時間以上経過した。
ブルーは既にポークビッツの街に到着している筈である。
その間も見張り台の上の二人は、ジッと静かにゴブリン達の動きを観察していた。
発見当初よりは大分距離が近くなった事もあり、少しずつ詳細も分かって来ている。
そのゴブリンの人数推定5000人。
その大半が、一般的なゴブリンで、その手には各々に棍棒や剣、槍や弓といった武器を持っている。
そして、大群の後方に御輿に担がれた、大柄なゴブリンが一人居た。
「あれはゴブリンキングか!」
思わず吐き捨てるレッド。
ゴブリンキングと言えば、部族の王だ。力も他のゴブリン達とは比べ物にならない程強い。
そんな存在が何の用もなく集落をでて来る等有り得ない事だ。
十中八九、進軍しているとみなすべきだろう。
「班長、あれは何でしょうか?」
グレイが大群の一番後方を指差す。
レッドも望遠鏡を覗きこんだ。
「何だ? 四角い・・・あれは檻か? 荷車に檻を乗せているようだな。」
「それじゃ無いんです、その更に後ろです! 集団から少し離れた後方・・・。」
そう言われて、望遠鏡を覗いたまま更に後ろを見るレッド。
するとその目にはとんでもないモノが映った。
明らかにゴブリン等ではない、ゴブリンキングすら話にならない程大柄な存在が、前方を進む荷車を追いかけるようにゆっくりと進んでいた。
「ブモォォォォォォッ!」
それは遙か離れたこの見張台にすら聞える程大きな雄たけびを上げる。
それは、全身真っ黒な毛に包まれた大柄な獣人だった。
そしてその頭には、鋭く尖った真っ赤な角が二本突き出ていた。
その獣人の動きは、まるで我を忘れているのかの様に、血走った目で辺りを見回しながら、時折凄まじい雄たけびを上げつつ、ノッシノッシとゆっくり歩んで行く。
まるで前方を走る荷車を追いかけるように・・・。
そしてその謎の獣人の周りを、数匹のゴブリンが時々何かを投げつけたり、音を鳴らしたりしながら誘導している様だった。
「まさかあれは・・・洞窟の魔王じゃないのか!?」
レッドの呟きに、グレイがあせった顔で振り返る。
「洞窟の魔王って、あの牛王の事ですか!? 冒険者殺しと言われるあの魔獣の・・・。」
「分からん、私も見た事は一度も無いからな・・・。 しかしあの様相、噂の牛王そのものじゃ無いか!」
「も、もしかしてあのゴブリン達、あの牛王をポークビッツの街まで連れて行くつもりなんじゃ!?」
「こうしては居れん、直ぐにポークビッツの街に向けて狼煙を上げる。 準備してくれ。」
「了解しました。」
そしてレッドとグレイの二人は、狼煙を上げるべく急いで見張台から降りていった。
*********** オーク将軍デブリンガー **********
その時、私は日課の視察から屋敷に戻った所だった。
牛車から降り、屋敷の中に入ろうとした時に、突如背後から声を掛けられたのだ。
「領主様! 一大事です!!」
その言葉に振り返ると、そこには街の警備を務める数名の衛兵が息を切らせて立っていた。
「どうした、何かあったのか? 兎に角中に入って話をしてくれ。」
私は取り合えず屋敷の中で話を聞く事にした。
▽
「ゴブリンの大群だと?」
「はい、自分がこの目で確認した時点で推定2000人以上のゴブリンの集団が、パルキー湖に沿って北上していたッス! 自分は班長の命令で領主様にご報告に!!」
今私に説明している衛兵は、パルキー湖の灯台兼見張台で見張りをしている者の様だ。
他の数名は、その報せを聞き、彼に付き添って来たのだろう。
「2000人以上だと!? 確かパルキー湖の南西には、かつて自分達の国を作るのだと言って、王国を捨てて出て行ったゴブリン達の一族が存在したが・・・。 もしやそのゴブリン達が進軍してきたと言うのか!」
「自分が確認した時点では、あくまで大群で進軍しているだけだったッス。 だから班長が、領主様の元に居る優秀な魔法師に詳しく調べて貰うようにと!」
「成る程、分かった。 直ぐに魔法師を連れて城壁に向かう。 貴殿達は急いで街中の衛兵や王国騎士団達に、城門近くに集合するように連絡して回ってくれ。」
私の言葉に、皆が直ちに踵を返して屋敷から出て行く。
すると、先程の報告をした青年が、立ち止まって私に告げた。
「そういえば領主様一ついい忘れていたッス! 班長がもしも連中が敵対の意思を持っていると判断したら狼煙を上げて報せると言っていたッス。」
「あい分かった、城門に着いたら注意しておくとしよう。 皆への連絡は任せたぞ!」
「了解ッス!!」
そういうと彼も屋敷を出て行った。
「デブリンガー様!」
傍に立っていたバルドッグが真剣な顔で声を掛けてくる。
「今直ぐプドルを読んで来てくれ、彼女に遠見の魔法を使用して貰う。 それと、魔法に必要な道具の準備も任せる。」
「御意!」
そう答えるや否や、バルドッグは奥へと駆けて行った。
さて、私も準備をせねば・・・。
私は、近くに居たメイドに、屋敷の人間を直ぐに集めるように命じると、一旦執務室に向かった。
▽
私が、執務室から所用を済ませて出て来ると、既に広間には屋敷中の人間が集まっていた。
勿論リーネも居る。
リーネは、急に屋敷中の人間が集められると言う、今までに無い事態に、戸惑いの色が隠せないで居た。
「ご主人様、何かあったんですか?」
心配そうなリーネに、一瞬正直に言うべきか悩んだが、此処で嘘をついても良い事は無い。
私は全て正直に話す事にした。
「今、この街に新たな危機が訪れようとしている。 パルキー湖の見張りの報告によると、1000人を超える数のゴブリンの集団が、この街に向かって進軍しているらしい。」
私の言葉に、広間にどよめきが走る。
「取り敢えず、正確な情報を掴む為、私はこれよりプドルとバルドッグを従えて、調査に向かう。 その間、屋敷の皆は万一ゴブリン達が襲撃をしてきた時に備えて、屋敷周辺の各門の戸締りの確認を行って欲しい。 そして、私の許可が出るまでは、正門以外からの出入りは禁止とする。」
私の言葉で、使用人の男性陣が一斉に屋敷の外に出て行った。
「子供達は、決して一人で行動する事が無いように、全員で同じ部屋に集まって、私が戻るのを待っていて欲しい。 メイド達は、今直ぐ食事の用意に取り掛かってくれ。 なるべく持ち運びしやすく、保存の利きそうなモノを沢山作り置きしてくれ。」
メイド達は、子供達を奥の部屋に連れて行き、そのまま調理場に向かう。
広間に残った私とバルドッグとプドルは、早速城壁に向かおうとしたが、リーネがまだ広間に残っていた。
「ご主人様、ワタシも連れて行ってください。」
泣きそうな顔でそう言われてしまった。恐らく私達の事が心配なのだろう。
別にこれから向かうのは、戦いでは無く、遠見の魔法による調査なので、心配する程の事は無いのだが。
しかし、よく見るとリーネの身体は小刻みに震えていた。
『そうか、そういえば両親が死んだ時も、一人で留守番をしていたんだったな・・・。』
一人残される事が、何より恐ろしいのだろう。
「分かった、着いておいで。」
私の言葉にホッとした顔のリーネを伴って、我々は表で待たせていた牛車に乗り込んだ。




