クラウザー・ガレオン
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第十六章
********** オーク将軍デブリンガー ***********
私達が詰め所に戻ると、丁度ラック所長が戻って来た所だったらしく、入り口前で鉢合わせしてしまった。
どうやら、ガレオン陛下は私の送った書簡を見て、重要な事態だと判断してくれたらしく、親衛騎士団が大勢一緒にやって来てくれていた。
しかし、私はその中の一人の男に愕然とする。
その男はスラリと背が高く、身体の引き締まった美丈夫で、その長く真っ赤な髪を乱雑に後ろに縛りつけた姿は、歴戦の勇士を思わせる風貌のワーライオンの若い男性だった。
「が、ガレオン陛下! 何故此処に!?」
私が叫ぶとその男は楽しそうに私の元に近付いてくる。
「久しぶりだなぁ、兄弟! 最近全然顔を出してくれんから余は寂しかったぞ?」
にこやかに笑いながら手をひらひらとさせるガレオン陛下。
「そんな事よりも、どうして陛下が此処に・・・って、また悪い癖ですか!?」
「悪い癖とは失礼な。 余は此度の事態を緊急の案件と考えたからこそ、親衛騎士団の腕利きを揃えてこうしてやって来たのだ。」
私はハァ~ッと溜息を吐く。
陛下は昔から、自分だけ安全な所で指示を出すというやり方が性に合わないらしく、事ある毎に現場に赴きたがる癖があった。
その為、王大使であった頃にも、何度も命を狙われる事があったのだ。
「しかし、陛下の身に何かあったら・・・。」
「わははははっ! それこそ心配無用だ。 なぜなら今日は、我が兄弟が一緒に居てくれるのだからな!」
陛下は、公式の場以外では私の事を兄弟と呼ぶ。
「勿論、此度のリドリー捕縛にも付き合ってくれるのだろう?」
さも当たり前と言う風に尋ねてくる陛下・・・。
無論、私も最初からそのつもりだった。
もしかしたら帝国と繋がっているかもしれない領主を捕らえに行くのだ。
陛下一人に危険な真似をさせる訳にもいかないし、何より、ここの領主をこれ以上放っておく訳には行かなかったからだ。
「当然、お供させていただきます。」
「よーし! 皆喜べ、これで百人力・・・否、千人力だ! さあ、皆今直ぐ準備に取り掛かるのだ!」
陛下の号令で一斉に親衛騎士団と、詰め所の王国騎士団の面々が動き出す。
陛下は楽しそうに私の傍に近寄ってくると、ふと私の腰元に目を落とした。
そこには突然の出来事に目を丸くして固まっているリーネが居た。
「・・・・・・。」
暫しの沈黙の後、ニヤリと笑った陛下が私の肩をバン!と叩いた。
「そうか、遂に嫁を貰う気になってくれたか! ん~?しかし兄弟・・・ちと子供過ぎやしないか?」
「え、いやっその・・・。 陛下、このリーネはですね!!」
陛下は慌てる私を無視し続ける。
「ほう、この娘はリーネと言うのか。 見た所ハーフエルフの様だし、年齢的には問題無さそうだな。 うむ、この際個人の趣味はとやかく言うまい。 おめでとう、デブリンガー! わははははははっ!」
「いや、ですから・・・。」
困り果てている私にプドルから助け舟?が入る。
「ガレオン陛下、余りご主人様の事を苛めないで下さいませ。」
「おや、プドル女史。 そなたも一緒に来ていたのか。」
「一応ご主人様のフォローをさせていただきます。 ここに居るリーネは、ご主人様の奥方では御座いませんよ!」
『プドル、助かったよ・・・。』
と、心の中で礼を言う。
「このリーネは・・・今はまだ、ご主人様の婚約者で御座います。」
え・・・・・・。
突然のプドルの暴走に頭が真っ白になる。
「なら、同じ様なものではないか! いや~、めでたい! 当然、結婚式には余も出席するからな!」
「勿論、真っ先に招待状をお送りいたします!」
私の事を置いてけ堀にして、ガレオン陛下とプドルは楽しそうに笑っている。
困り果てた私は、ふとリーネを見る。
するとリーネは、耳まで赤くして私にしがみついていた。
この時、リーネが嬉しそうに、はにかんでいた事を私は知らなかった。
▽
リドリー・ゴルドーを捕らえるべく、領主の屋敷へ向かう事になった私達は、各々準備を始めていた。
今回は流石に危険なので、リーネはプドルと共にこの詰め所で留守番してもらう事になる。
リーネ達から離れ、私とバルドッグが陛下の元へ向かうと、記録水晶で偽伯母カレンの証言を確認していた陛下が私に声を掛ける。
「なんだ兄弟、そんな格好で行くつもりなのか?」
「はっ、今日は鎧を用意しておりませんでしたので。」
今回は私は貴族の衣装のままだ。
バルドッグは騎士団の物を借りていたが、私は身体が大き過ぎて、普通の物は装備出来ない。
まあ、今回は親衛騎士団の面々も大勢居る事だし、このままでも問題ないだろう。
取り合えず武器だけは、王国騎士団の詰め所にある物を借りることにした。
「ふふん、どうせそんな事だろうと思って、装備は余が準備しておいたぞ!」
陛下の言葉で、親衛騎士団が荷車を押して現れた。
そこには銀色に輝く巨大な胸当てと、同じく銀色に輝くフルフェイスのヘルムが置かれていた。
「兄弟が王国の大将軍になってくれた時にプレゼントするつもりだった代物だ。 見た目以上に軽くて頑丈に出来ている。 ・・・全く、それだというのに余の誘いを蹴って、領主なんぞに納まりよって!」
そう言いながらも陛下の顔は笑っている。
私が、故郷の酷い有様に心を痛めていた事を、一番理解してくれていたのは、他ならぬ陛下自身だったのだ。
「有り難く使わせて頂きます。」
私は、陛下に深々と一礼すると、その防具を身に着けた。
▽
防具を着込んだ私の前に、ガレオン陛下が両手に巨大なダブルアックスを二本持って現れた。
「何時も兄弟が使っていた武器も用意してある。 新品だぞ!」
私は陛下から二本のダブルアックスを受け取ると、軽く振ってみる。
うむ、いい感じだ。
最高の一品に満足げに頷いていると、飽きれたように陛下が呟く。
「全く・・・相変わらずだな。 この重いダブルアックスを、よくもそんなに軽く振り回せるものだ。」
「普通の者なら、これを二本も持ったら、とても歩く事もかないませんよ? 陛下も十分お強い。」
「フン、それをまるで玩具の様に振り回す奴に言われたくないわっ!」
そう言って私の背をバンと叩いた。
私は、余りの懐かしさに目を細める。
「昔は、よくこうやって戦いの前にお互いを鼓舞したものです。」
「ああ、懐かしいな、デブリンガー。 ・・・さあ、行くか!」
我々は、シャウエッセンの街の領主、リドリー・ゴルドーの屋敷へと行軍を開始した。
********** ハーフエルフの少女リーネ **********
ご主人様が、国王陛下と一緒に、この街の領主様を捕らえに行く事になってしまった。
何でも、私やランの家が悪い人に奪われたのは、全て領主様が命令していたかららしい。
だから、ご主人様と国王陛下で捕らえに行くのだと言う事だった・・・。
そして、ワタシとプドルさんは詰め所でお留守番になってしまった。
ワタシは足手纏いだから当然だけれど、プドルさんは着いて行かなくて平気なのだろうか?
「プドルさんは、ご主人様と一緒に行かなくても大丈夫なんですか?」
「あら、平気よ。 ご主人様にガレオン陛下、おまけに親衛騎士団の腕利きまで揃っているのだもの。」
プドルさんが全然心配していない様なので、ワタシは一安心する。
「しかし、あの方が国王陛下なんですね。 ワタシ初めて見ました。」
「ん~? まさかリーネちゃん、ガレオン陛下に一目惚れしちゃったりして無いでしょうね?」
ワタシは、プドルさんの言葉に顔をブンブン横に振って否定する。
確かに格好良い方ではあるけれど、ご主人様の方が素敵だと思う。
必死で否定する私を見て、クスクス笑うプドルさん、どうやらからかわれたらしい。
「しかし、国王陛下・・・ご主人様と随分仲良しなんですね?」
「ご主人様は、ずっと昔から陛下とお知り合いだったのよ。 それこそ、私やバルドッグがご主人様と知り合うずっと前から。」
そうだったんだ!だからあれだけ親しい感じなんだ。
「ガレオン陛下がまだ国王になられる前、ガレオン王大使様だった頃に、何度もお命を狙われた事があったの。 その際、刺客の手よりガレオン様をお守りしたのがご主人様。 まだその頃のご主人様は只の一兵士だったらしいのだけれど、その事がきっかけで仲良くなられて、それ以降お互いが困ったときは必ず助け合う親友同士になられたのよ。」
親友同士・・・、国王陛下と親友って凄いことだよね?
「陛下が今もご存命なのはご主人様のお陰だし、ご主人様が此処まで出世されたのは、陛下のお力があればこそなのよ。 そんなお二人は今も定期的に書簡で連絡を取り合っておられるわ。」
そう言いながらプドルさんは口の前に指を一本立てて小さな声で言う。
「実は内緒の事だけれど、ガレオン陛下がお作りになった新しい法律の幾つかは、ご主人様がお考えになったものなのよ。 オーク族やゴブリン族への差別が少なくなったのも、一般奴隷のへの虐待が扱いが禁止になった事も、ご主人様の意見をガレオン様が取り入れられたからなの。」
ワタシが驚く顔をみると、プドルさんはフフフと笑って、椅子に座った。
「実はね、ご主人様がポークビッツの街の領主になられてから、未だにご結婚されて居ない事を一番心配されていたのは、ガレオン陛下なのよ。」
ワタシはその言葉で、さっきの国王陛下とプドルさんの会話を思い出してしまった。
「そ、そういえばプドルさん! さっき陛下に、私がご主人様の婚約者だって・・・ゴニョゴニョ。」
恥ずかしさの余り途中から声が小さくなって行く。
さっきはいきなりご主人様の婚約者と言われて、恥ずかしくて何も言えなくなってしまったのだ。
「あら、リーネちゃんは私に約束してくれたでしょう? ご主人様のお嫁さんになってくれるって。」
ワタシはこの一ヶ月の間、何度もご主人様との事を相談にのって貰っている内に、何時の間にか、私がお嫁さんになるのをプドルさんが全力で応援してくれる事になっていた。
夕べも、その話をしていたら、急に・・・。
『大丈夫! 私がきっとリーネちゃんをご主人様のお嫁さんに相応しいレディにして見せます! 私は、貴女こそがご主人様に相応しいお嫁さんだと思うの!』
・・・と、言い切られてしまったのだ。
ワタシは、”リーネちゃん”と呼ばれた事が嬉しかったのと、ご主人様のお嫁さんに相応しいと言われたことが嬉しくて堪らなかったのだが・・・。
「そ、それでも・・・、いきなりご主人様にあんなこと言って、もしご主人様に嫌われちゃったら・・・。」
ワタシはそれが一番心配だったのだ。
ご主人様に、奴隷の癖にお嫁さんになろうと考えている厚かましい女の子と思われたらどうしよう・・・。
ご主人様に好かれる女の子にならないといけないのに!
そんなワタシの心配を他所に、プドルさんはニコニコ顔で笑っていた。
「心配無いわ、ご主人様はリーネちゃんを絶対に嫌いになったりなんかしない。 私が保証します!」
そんな自信満々のプドルさんの言葉も、自分に自信の無いワタシはどこか複雑な気分になるだけだった。
********** オーク将軍デブリンガー **********
我々は、リドリー・ゴルドーに気取られないように、静かに進軍していた。
街の人々は何事かと不安そうな顔で我々を見る。
時に、先頭を歩くガレオン陛下を見て、皆驚きを隠せないで居た。
そして、現地に到着すると速やかに打ち合わせ通りの配置に着く。
屋敷の周囲の包囲、及び逃亡の防止には、ラック所長率いる王国騎士団の騎士と魔法部隊に一任される。
先ずは、騎士団の護衛と共に屋敷の四隅に散った魔法部隊が、屋敷の中に居る人間が一切逃亡出来ないように、巨大な結界を張るのだ。
今回は屋敷の中での行動なので、極力魔法攻撃は使用しないという結論になり、誰も逃亡させない事に尽力する事となった。
そして、誰も逃亡出来なくなった事を確認したら、突入部隊が一気に正面突破だ。
配備完了の合図の笛が鳴ったら、我々が正面から近付き門番の注意を引き、そのまま我々毎結界の中に閉じ込めるのだ。
残りの王国騎士団員は、街の人が混乱しないように、説明と警戒が任務だ。
私としても極力相手方にも怪我人を出さずに済ませたいと考えてはいるが・・・。
果たしてリドリーはどう出て来るか・・・。
▽
ぴぃ~~~~ひょろろろ~~~~っ!
鳶の鳴き声を模した合図の笛が鳴った。
我々は、物陰から姿を出し、門番の前へ出る。
「親衛騎士団!?」
「な、何だ? ど、どうして此処に?」
門番達は、この国に住む者ならば、知らぬ者など居ない親衛騎士団員が突如目の前に現れて、軽いパニックを起こしている様子だ。
武器で牽制する事も無く、慌てふためいている。
そして、そこにガレオン陛下が一歩進み出た。
「ガ・・・ガレオン国王陛下!?」
突然の国王の登場に、直立で敬礼する門番達。
「此度は、この屋敷の主、リドリー・ゴルドー子爵を、余への背信行為の容疑で身柄を拘束に参った。 そなた達はリドリー・ゴルドーの仲間で無いと言うのであれば、速やかに門を開け我々を彼奴の元へ案内せよ。」
突然のガレオン陛下の言葉に、目に見えてうろたえる門番達。
如何するべきか迷っているのだろう。
此処は、なるべく穏便に済ませる為にも、私が出張る事にした。
「お前達、ガレオン陛下の言葉が聞こえなかったのか? もしも刃向かうというのなら・・・。」
私はズイッっと詰め寄る。
大柄な私が近付くと、門番達は明らかに怖気づいた様だ。
「このデブリンガー・アブラハムが、お前達の相手をする事になるぞ!」
此処で敢えて私は自分の名前を名乗った。
正直言って、私の名は良くも悪くもこの国中に知れ渡っている。
名前を聞いて恐れをなすものは多い。
これで、素直に従ってくれれば、余計な血を流さなくて済む。
地位のある者に使える者は、主人に決して逆らう事は出来ないのだ。
故に責任は、本来上の者がとらなくてはならない。
この寒い中、額に汗を滲ませながら門番達は互いに目配せをし合う。
「承知致しました、領主様の所へご案内致します。」
その言葉と同時に、屋敷の周りを魔法の壁が覆った。
「え? い・・・今のは?」
「心配無用だ、今のは只の結界に過ぎぬ。 抵抗せぬ者には無害だ。」
「は、はあ・・・。」
引き攣った顔の門番に先導されて、我々は正面の扉から屋敷の中に侵入した。
********** 悪徳領主リドリー・ゴルドー ***********
「ゲスパーの奴は、一体何時まで出かけているつもりだ?」
私は二階の自室のソファーに座り、メイドの淹れた紅茶を飲んでいた。
このメイドも、未だに俺に緊張している。
雇って既に半年になるというのに・・・全く、鬱陶しい限りだ。
実は、既にこの部屋の隅には、何時でもこの街から脱出できるように、大事な荷物は全てまとめてあった。
勿論この一年集めまくった金も全部置いてある。
ざっと金貨2000枚以上はあるだろう、これだけの手土産があれば、皇帝も俺を歓迎してくれるはずだ。
ゲスパー以外の屋敷の使用人達には、暫く静養の為に旅行に行くと言ってある。
まあ、俺が本当に病気だと思っている奴など、この屋敷には居ないだろうがな・・・。
待たされる事が大嫌いな俺は、使いに出したゲスパーの帰りをイライラしながら待っていた。
▽
今朝、俺はゲスパーにある提案をされていた。
「リドリー様、念の為に乗っ取りメンバーの内の一人に、敢えて目立つ行動をさせておくというのは如何しょう?」
「ん? どういう事だ?」
「明後日、あの高価な屋敷を売却し次第、この街を出発なさるのでしたら、敢えて一人囮としてこの街に置いて行くというのはどうかと思いまして。 どうせ直ぐに全部ばれてしまうでしょうが、要は我々が逃げおおせる時間があれば良いのです。」
「フム、確かにそれも良いかも知れんな。 荷物持ちに六名も必要無い・・・。 そうだ、メンバーの中で一番年増の女が居ただろう、あの女はどうせ奴隷として売ってもたいした金にもなるまい。」
「カレンで御座いますね、例の高価な屋敷を管理している女です。 丁度本日、定期報告を受ける事になっておりますので、その際に亡命資金を貯める為だとか適当な事を言って、もっと強引に家財道具を売り捌くようにけしかけておきましょう。」
「ああ、よろしく頼むぞ! それと、せっかくだから例の屋敷について行って、あの女の溜め込んだ金もこっそりくすねて来い。 くくくくくっ。」
「承知致しました。 それでは行って参ります。」
▽
コンコン。
俺の自室の扉をノックする音が聞こえた。
やれやれ、ゲスパーの奴めやっと戻ったか。
俺は部屋に居たメイドに指示を出し、扉を開けさせる。
「随分と遅かったではないか、ゲスパー!」
俺は苛立ちを隠そうともせずにそう言い放つ。
しかし、扉から入ってきたのは信じられない人物だった。
「ガ、ガレオン陛下!?」
俺は慌ててソファーから立ち上がり、身構える。
どうしてガレオン陛下がここに居るのだ?
一瞬思考が停止した俺は、何も言えず立ち竦んでしまった。
「久しぶりだな、リドリー・ゴルドー。」
部屋の中にズカズカと入って来たガレオン陛下の背後から、更に数名が姿を現した。
フルフェイスのヘルムを被った大男と、王国騎士団の鎧を身に着けたワードッグの男だ。
それ以外にも廊下にまだ数名待機している様子だった。
此処に来て、俺はようやく事態を察知した。
どうやら、色々とばれてしまったらしい。
俺が犯したのは、明らかに国王陛下への背信行為。
もしも、俺のしでかした事を全て知られてしまったら間違いなく極刑だ。
ならば此処で大人しく捕まる訳には行かなかった。
幸い、俺の足元には、大量の金貨が詰まった背負い袋が置いてあった。
実はゲスパーの助言で、金貨だけは何時でも持ち出せるように他の荷物とは別にしてあったのだ。
こうなったら何としてでも、隙を作って此処から脱出しなければならない。
「こ、これはこれはガレオン陛下。 本日はどういったご用件でしょうか?」
そう言いながら、右手を胸の前に沿え左手を腰の後ろに回す。
これは貴族の礼の一種なのだが、本来国王陛下のような遙かに目上の存在に行うモノではない。
よほどくだけた場ならともかく、それ以外なら片膝を着いて礼をせねばならなかったのだが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。
俺は、後ろに回した左手に、即座に魔法を発動させた―――。
********** オーク将軍デブリンガー ***********
リドリー・ゴルドーの自室に侵入した我々を出迎えたのは、驚き戸惑うリドリー本人だった。
しかし、陛下を確認すると、暫しの混乱の後、思い出したように慌てて礼をする。
その時、私は奴の動きに違和感を感じた。
「食らえ! 氷槍!!」
突然そう叫ぶと、リドリーは後ろに回していた左手を陛下に向けて突き出した。
するとリドリーの左手の前に、一瞬で鋭く尖った氷の槍が生まれる。
そしてその氷の槍は凄まじい速さで陛下に向かって飛んで来た。
私は、即座に右手に持っていたダブルアックスで陛下をガードする。
パリンッ!
硝子が砕けるような音と共に、その氷の槍は私の突き出したダブルアックスに衝突して粉々に砕け散った。
辺りにキラキラと光を反射する氷の欠片が舞う。
当然私の持つダブルアックスは無傷だ。
私は無事を確認しようと陛下を見る。
すると陛下は、別段驚くでもなく平然とその場に立っていた。
「フフン、流石は兄弟。 相変わらすの腕前だ!」
そう堂々と言い放つガレオン陛下・・・。
「信頼して貰える事は大変光栄ですが、万一の為に、出来れば陛下自身でも自衛を考えて頂きたい。 御身にもしもの事があれば・・・。」
私がガレオン陛下に駄目出しをしていると、突如部屋に”ガシャーーーンッ!”と先程よりも大きい硝子の割れる音が響いた。
慌てて音のした方向を見ると、リドリーは既に姿を消しており、リドリーの背後にあった硝子窓が粉々に割れてしまっていた。
私は瞬時に窓辺に移動すると、窓の外を確認する。
するとリドリーは、窓の下にある庭に飛び降りて居た。
背中に何か荷物を背負っている。
私は即座に後を追って窓から一階に飛び降りた。
ダンッ!
大きな音を立て、突如目の前に現れた私を見てリドリーは慌てて踵を返す。
しかし、後ろを振り返るとそこには既にバルドッグが音も無く着地していた。
我々に挟まれたリドリーは、それでも諦めようとはせず新たに魔法を使用してきた。
「しつこいぞ! 火柱!」
そう叫びながら、私とバルドッグ両方にそれぞれの手を向けて魔法を発動する。
すると、私とバルドッグを巨大な火柱が現れた。
バルドッグは咄嗟に背後へと飛び退き、その火柱を何とか避ける。
私は避けずにそのまま、火柱に包み込まれた。
「紅蓮の炎で焼け死ぬがいい!」
「フム、同時に2発の火柱を放つ事が出来るとは、意外と魔法師としての才能はあったようだな・・・。」
別段苦しむ素振りも無くそう言い放つ私を見て、リドリーは愕然とする。
私は、今まで幾度と無く帝国軍の魔法師達相手に命懸けの戦いを繰り広げてきた。
それこそ、無数の魔法攻撃をこの身で受けた事もある。
それに比べれば、幾ら中級魔法とは言え、たいした事は無かった。
「なっ馬鹿な!?」
私は、狼狽するリドリーとの距離を一瞬で詰めると、武器ではなく武器を握った拳で一撃を放つ。
「どげぶっ!」
私の拳の一撃を食らったリドリーは、妙な声を上げて吹き飛んでいった。
そのまま外壁に激突し地面に転がる。
うーむ、かなり手加減したのだが・・・。
「な・・・、どうしで魔法が・・・。」
口から涎を垂らしながら蹲るリドリー。
「わははは、あの程度で殺られるような鬼将軍ではないぞ!」
そう言いながら、ガレオン陛下も下に飛び降りる、まるで羽が生えているかのように軽やかに舞い降りる。
陛下も、私やバルドッグに負けない位身軽なのだ。
「お、鬼将軍!? もしや貴様、あのデブリンガー将軍なのか!?」
リドリーは何故か憎しみに満ちた目で私を睨みつけてきた。
「おのれ・・・、貴様のせいで俺は!!」
リドリーは立ち上がろうとするが、先程の私の一撃で完全に足に来ており、全く起き上がることが出来ない。
「私のせいで、どうかしたのか?」
此処で私はずっと気にかかっていた事を、リドリーにぶつけてみる事にした。
リドリーは思うように動かせない身体のまま、私を恨みがましく睨みつけてくる。
「私は、貴殿とは初対面だったと記憶しているのだが?」
私が一年前この街を守りにやって来た時、この男はずっと屋敷に隠れていて、結局顔を合わせる事は無かったのだ。
それ以前に私がシャウエッセンを訪れた時は、まだ先代領主の頃で、会ったのもあくまで先代のバドリー・ゴルドー卿だけだ。
つまり、一度も面識の無いこの男に恨まれる理由が無いのだ。
もし、この男が私に何かしらの恨みを持つ可能性があるとしたら・・・。
「それとも、この街を守らぬ方が貴殿には都合が良かったのかな? リドリー・ゴルドー卿。」
はっきり言ってこれは、あくまで私の憶測だった。
だが、この男は明らかな動揺を見せた。
「な、貴様何故それを・・・、はっ!?」
慌てて口をつぐむが、もう遅い。
陛下の耳にもしっかり届いた様だった。
「デブリンガー、今のはどういう意味なのだ?」
私は、今まで考えてきた仮説を陛下にお伝えする事にする。
「私はずっと不思議に思っていたのです。 この強固な城壁に囲まれたシャウエッセンの街が、何故ああも簡単に帝国軍の侵入を許してしまったのか・・・と。」
私の言葉に、バルドッグがハッとする。
「まさか、何者かが手引きしていたと?」
その言葉に全てを察したのか、ガレオン陛下の目が明らかに怒りの色を帯びる。
「リドリー・ゴルドー、まさか貴様が手引きをしたというのか!?」
真っ青になり、ガタガタと震え出すリドリー。
「今直ぐこの者を拘束せよ。 直ちに王城へ連れ帰り、厳密な取調べを執り行う。」
その言葉と共に、一斉に動き出す親衛騎士団。
リドリーはあっと言う間に拘束されてしまった。
これで十分だろう、後は王城の取調べ施設において尋問すれば、最早言い逃れは出来ない。
あそこは、王国騎士団詰め所よりも、もっと沢山の魔法道具や魔法審問官が用意されており、それらの前では如何なる嘘も通用しないのだ。
「兄弟、本来ならば今晩は一緒に飲み明かしたかった所だが、どうやらそうは行かないらしい。」
ガレオン陛下は、残念そうに私を見る。
「全てが決着すれば、時間も取れるでしょう。 その際は、とことんお付き合い致しますよ。」
ガレオン陛下は、深く一度頷くと、私の肩をポンポンと叩き、耳元で”約束だ”と呟いた。
そして踵を返すと、周囲の親衛騎士団員に告げる。
「皆の者、直ちに引き上げるぞ!」
こうして、我々は領主の屋敷から撤退した。
領主であるリドリーを連行する事で、シャウエッセンの街を領主不在のまま放置する訳にも行かず・・・。
陛下は、王国騎士団詰め所所長のラックを急遽領主代行に任命し、領主邸は王国騎士団の管理下に置かれる事になった。




