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リーネの母




 オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道(ビクトリーロード) 第十五章



********** オーク将軍デブリンガー ***********



 翌朝軽い朝食を食べ終えると、私とリーネとプドルの三人は、早速リーネの家に向かう事にした。


 バルドッグには、他の仲間達と一緒に、王国騎士団員に協力して、他の乗っ取りグループのメンバー捕獲に向かってもらう事になった。


 領主のリドリー・ゴルドーに関しては、ガレオン陛下からの返事を受け取ってから行動を起こすつもりなので、ラック所長が戻り次第、リーネの屋敷まで連絡に来てくれるようお願いしておく。


  

 私達はバルドッグたちと別れ、早速リーネの屋敷に向かった。

 

▽


 リーネの屋敷の前には、徹夜で警備してくれていたのであろう騎士団員が入り口の前に立っていた。

 私は、彼等に礼を言い、戻って休んでくれるよう伝えた。


 屋敷の扉を潜ると、屋内は薄暗かった。

 昨日、まだ日が完全に暮れる前にカレンを連行したので、灯りの類が使用されていなかったのだろう。


 私はリーネに、ランプに火を灯して良いか尋ねると、リーネは奥の方へ駆けて行った。

 しかし、残念そうな顔をして戻ってくる。


 「御免なさい、点火棒・・・無くなってました。」 

 

 点火棒とは、ランプやカマドに火を着ける為のマジックアイテムで、これがあれば、魔法が使えない者も火の初期魔法、”点火”が使えるのだ。


 多少値は張るが、壊さない限り半永久的に使えるので、魔法が使える者の居ない家庭には、先ず置いてある品物だ。

 しかし、魔法が使える者ならば、別に無くても困らない品なので、恐らくカレンが売り払ったのだろう。

 (カレンは人族なので魔法の素質は多少あり、初期魔法位なら使えたらしい。)  

 

 それを聞いた私は、ランプの点火口を開けると点火の魔法を使用して、ランプを灯した。


 「ええ? ご主人様、魔法が使えたんですか!?」


 リーネは随分と驚いているようだった。

 確かに、獣人族は魔法が苦手な者が多い、しかし、全然使えないわけではないのだ。

 中にはプドルの様に、聖女とまで呼ばれる程優れた魔法の才能を持つものも存在する。


 尤も、私の場合本当に苦手なのだが・・・。


 「初期魔法だけなら、少しだけ使う事が出来るんだ。 まあ、才能が無いから殆ど役に立たないがね。」


 私は幼い頃から魔法の才能は全く無かった。

 しかし、成長するに従って、少しだけ魔法の素質も身に付いたらしく、何とか初期魔法の一部を習得することが出来たのだ。


   

 火の初期魔法”点火”

 指先に小さな炎を灯す事の出来る魔法で、焚き木やカマドに点火する事が出来る。

 それ以上でもそれ以下でも無い魔法だ。


 水の初期魔法”錬水”

 グラス一杯程度の水を作り出す事の出来る魔法で、飲み水に使える。

 熟練者なら、一度に大量の水を生み出すことも出来るが、私ではグラス一杯が限界だ。


 風の初期魔法”迅速” 

 術者の行動速度(素早さ)を少し底上げする魔法で、動きが素早くなる。

 私程度の能力では、所詮気休め程度の効果しかないが、それでも、多少の能力アップにはなる。


 土の初期魔法”耐久”

 術者の耐久力を少し底上げする魔法で、耐久力が少し上がる。

 私程度の能力では、僅かに能力アップするだけだが、痛みも多少は軽減してくれる為使い勝手が良い。

 前線で戦う私には大変ありがたい魔法だ。

 

 癒しの初期魔法”回復小” 

 対象の生命力を少しだけ回復し、小さな傷程度なら塞ぐ事が出来る。

 酷い傷は無理だが、ある程度の傷の出血を止める程度には効果がある。

 但し、私は下手なので傷跡は残ってしまう事が多い。



 私が使えるのは、以上の五つだけだ。

 長い時をかけて、優秀な仲間の指導をうけて尚、この程度しか身に付ける事が出来なかった。


 私がその事をリーネに話すと、リーネは興奮気味に答える。

 

 「それでも凄いです! ワタシなんか、魔法の得意なお母さんに色々教えて貰っていたけれど、結局使えるようになったのは”回復小”の魔法だけです。 ワタシ、ハーフエルフなのに・・・。」


 「しかし、リーネはまだ子供じゃないか、幾らハーフエルフとは言え、魔法は簡単ではないだろう。」


 「そうよ!ご主人様の言う通りだわ。 リーネちゃんはまだ子供なんだから使えないのは当たり前よ!」


 私はプドルの言葉に驚いた。

 

 ”リーネちゃん!?”あれ・・・? つい先日まではリーネさんと読んでいたと思うのだが・・・。

 何時の間にそんなに仲が良い感じになったのだ?

 ・・・いや、仲良くなってくれるのは一向に構わないのだが・・・。


 私は普段あまり見ないプドルの様子に少々困惑していた。

 


 複数のランプに火を灯し、室内の明るさを確保した私達は、屋敷の中を見て回る事にした。


 しかし屋敷の中は、かなり閑散としていた。

 恐らく、あのカレンが家財道具を売り払ってしまったのだろう。

 少しでもリーネが大切にしていた物が残っていると良いのだが・・・。


 一方リーネは、キョロキョロと周りを見渡しながら、我々の前を歩いている。

 久しぶりとは言え自分の家なのだから、我々よりはどこに何があるか把握しているだろうし、我々はリーネの後をつけて行くだけで良さそうだ・・・。



 しかし、本当に広い家だな。


 貴族の屋敷と比べたら当然狭いのだが、個人の家と考えたら十分すぎる部屋の数がありそうだった。

 リビングにキッチン、寝室に・・・もしかして此処は武器庫か?

 かつて王国騎士団の戦士だったらしいし・・・。


 私は何気なく武器庫らしき部屋に足を踏み入れた。



********** ハーフエルフの少女リーネ ***********



 久しぶりに戻ってきたお家は、随分と雰囲気が変わってしまっていた。

 部屋に置いてあった様々な家具が殆ど無くなってしまっていた。


 お母さんがまだ魔法を使えないワタシの為に買ってくれた点火棒も無くなっていた。

 

 しかし、ご主人様が魔法が使えたのは驚きだった。

 お母さんから、獣人族は魔法を使うのが凄く苦手だと聞いていたし、ご主人様が魔法を使う所を一度も見たことが無かったので、本当に驚いてしまった。


 ご主人様は、才能が無いけれどがんばって練習して使えるようになったって仰っていたけれど。

 ワタシも頑張って練習すれば、お母さんみたいに色々な魔法が使えるようになるのだろうか・・・?


 今度、プドルさんに魔法を教えてもらおうかな?


▽


 夕べ、私達は騎士団の仮眠部屋を貸してもらって眠る事になった。

 借りる事の出来た部屋は三部屋で、ワタシとプドルさんは同じ部屋に泊まることに・・・。

 ワタシは慣れない場所は苦手だったので、同じベッドで寝てくれるようにお願いしたら、プドルさんは快く了解してくれた。

 明かりを消して、一緒のベッドに入ってお話をしていたら、プドルさんはいつの間にかワタシの事を”リーネちゃん”と呼んでくれるようになっていた。


 それまでの”リーネさん”は、ずっと余所余所しく感じていたので、なんだかもっと仲良くなれたような気がしてとても嬉しかった。

 

▽


 私達は、三人でワタシの家の中を見て回った。

 

 ワタシは、寝室に置いてあったワタシの宝物・・・、ヌイグルミと絵本の事が気になって、一人で先に寝室へと向かった。 


  

 ワタシの部屋に入ると、服やアクセサリーは殆ど残っていなかった。


 しかし、ワタシのベッドの上には、古い絵本とヌイグルミがそのまま残っていたのだ。


 ワタシは嬉しくなって、慌ててその二つを拾い上げる。


 恐らく、あの人には興味が無いものだったのだろう。

 もしかしたら、私が毎日抱きしめていたせいで、どちらも薄汚れてボロボロだったので、売り物にならないと考えたのかもしれない。


 兎に角その二つは、以前と殆ど変わり無い状態で残っていてくれた。

 ワタシは嬉しさのあまり、その二つをそっと抱きしめた。


 「良かった!」


 ワタシは、宝物が残っていた事を、少しでも早くご主人様に報告したくて振り向くと、そこにはご主人様は居なかった。

 

 「どうしたの? 何か大切なものが見つかった?」


 プドルさんが立っているだけだった。


 「あの、ご主人様は?」


 ワタシがそう言うと、プドルさんも周りを見渡す。

 

 「あら、いつの間に・・・。」


 プドルさんもご主人様が居ない事に気付いていなかったみたいだ。


 私達は慌ててワタシの部屋を出て、ご主人様を捜し出しはじめた。   


▽


 私達が、今通ってきた道を逆に歩いて行くと、お父さんとお母さんが昔使っていた武器や道具を保管していた部屋の前にご主人様は立っていた。


 ワタシは急いで近寄り、ボーっと部屋の中を見ているご主人様を見上げて驚いた。


 ご主人様が涙を流していたのだ。



*********** オーク将軍デブリンガー **********



 武器庫らしき部屋の壁に、一張りの弓が掛けられていた。


 見慣れない不思議な模様が描かれているその弓は、その一部が折れて破損していた。

 恐らく、壊れている為に売り捌かれ無かったのだろう。

 他のこの部屋に残っている武器達も、その殆どが壊れてしまっていた。

 

 そして私は、その弓から目が離せなかった。

 私はあの弓を知っていた。

 

▽


 「少年、怪我は無いか?」


 美しい金髪をなびかせて、その美しい女性は幼い頃の私の前に立っていた。


 それはエルフの女性だった。

 そのエルフは、決して美しいだけでなく、右手には銀色に輝く細身の剣を構え、左手には不思議な模様が描かれた弓を持って、敵の残党が居ないか周囲を警戒していた。


 周囲の敵を一掃した事を確認したそのエルフの女性は、腰が抜け小便を漏らして泣いている汚らしい私に優しく手を差し伸べてくれた。  

 そして、その場に逃げ遅れていた私の家族も一緒に、避難所に連れて行ってくれた。

 

 私達を無事避難所に送り届けると、彼女は仲間達と共に、再び帝国の軍勢が暴れる街の中へ駆けて行った。


 私は、走り去る彼女の姿が見えなくなるまで、ずっと彼女の事を見つめ続けていた。

  

▽


 今私の目の前に、あの時の弓が掛かっていた。

 見間違える筈が無い、エルフの女戦士に命を救われてから約35年。

 一日たりとも忘れる事が無かった彼女が、背中に背負っていたあの弓だ!


 私は、何か納得が行った気がした。


 リーネは、何処と無く彼女に似ている。

 初めてリーネを見た時、何気なくそう思ったが、あの時私はエルフやハーフエルフの見分けがあまりついていないだけなのだと思っていたが・・・。


 リーネが彼女の娘だったと考えたら・・・。

 

 「似ているのも当然・・・か・・・。」


 そして、この街を守る為に、命を懸けて戦ったというリーネの両親。

 殆ど壊滅しかけていた街の騎士団達と共に詰め所前に篭城し、敵の軍勢を何時間にも渡って牽制し続けていたという・・・。

 更には帝国軍の部隊将軍すらも倒してのけたのだ。


 しかし、将軍と戦い疲弊したところを物量で押し込まれて遂に命を落としてしまった・・・。


 「あの時、彼女は死んでしまっていたのか・・・。」


 私は流れる涙を抑える事ができなかった―――。


▽


 「ご主人様、どうかなさったんですか?」


 私が、武器庫の前で呆然としていると、リーネに声をかけられた。

 何故か随分と心配そうな顔をして私の事を見上げているが・・・。


 そこまで考えて、私は自分が涙を流していた事を思い出した。

 私は思わず自分の涙に触れる。

 すると、スッと私の前にハンカチが出された。


 「お使い下さい、ご主人様。」

 

 プドルが気を利かせてハンカチを渡してくれたようだ。


 「すまない。」


 私は短く言うと、ハンカチを受け取って涙を拭った。

 悲しみで涙を流すなど、何年振りだろうか・・・。 

 

 「大丈夫ですか? ご主人様?」


 リーネが心配そうに聞いてくるので、私はリーネの頭を優しく撫でた。

 そうだ、リーネはもっと辛かった筈だものな。


 「心配してくれてありがとう、リーネ・・・。」


 「しかし、本当に如何されたのですか? ご主人様。」


 プドルも気にしてくれていたので、私は二人に話して聞かせることにした。


 「リーネ、あそこに掛かっている弓は、誰の物か分かるかい?」


 「あれは、お母さんの弓です。 お母さんが故郷から持ってきた世界に一つしか無い大切な弓だからって、壊れてしまってからもああやってずっと飾っていたんです。」


 やはりそうか・・・。


 「でも、お母さんが使っていた銀色の剣は・・・、無くなっているみたいです。 お父さんの大きな剣もありません。」


 少し残念そうにするリーネ、出来る事なら買い戻してやりたいが・・・。

 売られた時期によっては難しいだろうな。


 しかし、これでほぼ間違いないだろう。

 あのエルフの女性は、あの弓と銀色の細身の剣を持っていた・・・。


 「二人とも、私が子供の頃から憧れているエルフの女性の話は覚えているかい?」 


 プドルは昔から知っているし、リーネにも話したはずだ。

 二人は頷いて答える。


 「私の憧れていたエルフの女性は、この弓とそっくりな弓を持って居たんだよ。」


 「「ええっ!」」


 二人は驚いていた。


 「それはもしかして・・・、リーネちゃんのお母さんが、ご主人様の?」


 「ああ、恐らく命の恩人のあのエルフで間違いないと思う。」


 私はその場にしゃがみ込むと、優しくリーネを抱きしめていた。


 「私は、彼女に恩を返す事が出来なかった。」


 「ご主人様・・・。」


 「すまないリーネ・・・。 私はお前のお母さんを助けたかった!!」


 咽び泣く私がそう言葉を漏らすと、リーネは私の頬を優しく撫で、再び流れ出していた涙を拭ってくれた。

 情け無い話だ、リーネの方がよっぽど泣きたい筈なのに、そんなリーネに慰められるなんて・・・。


 私は暫くの間、リーネとプドルに見守られながら、泣き続けた。



********** ハーフエルフの少女リーネ ********** 



 ワタシは驚いていた。

 ご主人様がずっと憧れていたエルフが、まさかワタシのお母さんの事だったなんて!


 そして、ワタシを優しく抱きしめながら、泣き出したご主人様を見ると、ワタシはすごく辛くなった。

 あの優しいご主人様が泣く姿を見たくない、ワタシはそう思った。

 けれど私に出来る事は、ご主人様の流す涙を拭って上げる事だけだった。 


 ワタシは、役立たずな自分が情けなかった―――。


▽


 暫くして、やっと何時もの落ち着きを取り戻したご主人様に、ワタシはさっき見つけたワタシの宝物を見せる事にした。

 こんな事で元気付けられるとは思わないけれど、きっと優しいご主人様なら、ワタシの宝物が残っていた事を喜んでくれる筈・・・。


 ワタシは、ご主人様に早く笑顔になって欲しかったのだ。 

  

 「ご主人様、見て下さい! ワタシの宝物の絵本とヌイグルミが残っていたんです!」

 

 ワタシのこの言葉に、ご主人様は何時もの笑顔を見せてくれた。

 良かった!

 

 それから私達は、再びワタシの家を見て回った。


 

 結局、殆どの家財道具は売り払われていたみたいで、残っていたのは、ベッドやクローゼットやテーブル等の、大きくて動かしにくい家具だけだった。

 

 ワタシやお父さん、お母さん達の服なんかも、殆ど無くなっていた。


 「ふむ・・・。 この有様では、色々と買い直さねば住みにくいだろうな。 少しでも買い戻せれば良いのだが・・・。」



 ワタシは、ご主人様がボソリと仰ったこの言葉に、言い知れない不安を覚えた。

 一体誰が住むの・・・? まさかワタシじゃないよね?


 不思議な事に、ワタシは今の今までこの家にもう一度住みたいと、全く考えていなかったのだった。

 確かに此処は、ワタシとお父さんとお母さんの三人で、ずっと暮らしてきた家だけど・・・。

 もうお父さんもお母さんも居ない・・・。

 ワタシにとって、この家は、半年間ずっと一人で過ごしてきた寂しい思い出の詰まった家なのだ。

 

 そしてなにより、今のご主人様のお屋敷での生活が楽しかったのだ。

 

 最初の頃は、他の子供達とも余り馴染めなかったし、他のメイドさん達の前ではついつい緊張してしまったけれど、皆凄く優しく接してきてくれたお陰で、今ではすっかり仲良しになれた。


 お屋敷のお手伝いも、大変だけどとても楽しかった。

 何より、ワタシはご主人様の傍に居たかったのだ!!



 不安に押し潰されそうになったワタシは、何と言って良いか分からずに、ご主人様の服を掴んだ。

 

 「ご主人様・・・?」


 「ん? どうしたんだい、リーネ。」


 「このお家・・・。」


 言葉が続かない、何と言えばいいのだろう?

 ワタシの思い過ごしならいいのに・・・。

 いっそ、誰かに売ってしまってくれた方が・・・。


 ワタシが何も言えずにいると、遂にご主人様が恐ろしい言葉を発した。


 「リーネが奪われたお金は全部取り戻す。 そうしたらリーネは、この家に戻っても良いんだよ?」


 一番聞きたくない言葉だった。

 ワタシはご主人様に必要とされていないのだろうか?

 悲しくなったワタシは、ボロボロと涙を零し、首をブンブン横に振って否定した。


 「嫌です!!」


 ワタシの突然の大声に、ご主人様は驚いていた。


 「お願いですご主人様! もう、ワタシを一人ぼっちにしないで下さい!!」


 そういうワタシに、プドルさんが助け舟を出してくれた。


 「ご主人様、私は反対ですよ! リーネちゃんを一人でこの家に住まわすなんて、絶対賛成できません!」


 「しかしだな、そもそもリーネは奴隷になる必要など無かったのだ。 この家と金さえ戻ってくれば・・・奴隷でいなくても良くなるのだぞ?」


 「奴隷だとか、そういう事はどうでも良いのです! 大切なのはご主人様の傍にリーネちゃんが居るという事なのです!!」


 「しかし、私の様な醜い者の奴隷でい続けなくても、リーネならきっと幸せになれる・・・。」


 「黙らっしゃい!!」


 突如家の中に響くプドルさんの怒声が、ご主人様の言葉を遮った。

 今まで聴いたことも無いプドルさんの大声に私も驚いてしまった。


 「ご主人様! 私は前々から何度も言っているではありませんか! 自分を醜いと卑下するのはおやめなさいと! デブリンガー様。 貴方は、私の知る限り最高の男性なのですよ!?」 


 ワタシはこの時、初めてプドルさんがご主人様の事をデブリンガー様と呼ぶのを聞いた。

 この感じだと、昔はそう呼んでいたのかな?


 ご主人様も、いきなり使用人のプドルさんに怒鳴りつけられて、怒るでもなく少し困った顔をしていた。


 「す・・・すまん。」


 タジタジとして謝るご主人様に、プドルさんは続ける。

 

 「貴方は、部隊を率いる将軍としても、ポークビッツの街の領主としても、お屋敷の主としても、申し分の無い百点満点の御方です。 しかし、女性の気持ちを理解する事に関しては全然駄目です!」


 「うう・・・。」


 「私は何度も言ってきた筈です。 貴方は十分魅力的な男性ですと!」


 プドルさんのその言葉に、ワタシも心から同意していた。 

 ご主人様の優しさは、傍に居れば直ぐに分かる・・・、ワタシがそうだったもの。


 しかし、もしかして、今までもご主人様はこうしてプドルさんに叱られてきた事があるのだろうか?

 暫くプドルさんのお小言を大人しく聞いていたご主人様の姿は、まるで一回り身体が小さくなっている様に見えた。


 「だったら、どうすれば良いというのだ?」


 「どうすればもこうすればもありません、これからもずっとリーネちゃんをご主人様の傍に置いてあげれば良いだけです。 少なくとも、リーネちゃんはご主人様の元から離れて、此処で一人で暮らしたいなどと思ってはいませんよ!?」


 「そ、そうなのか? リーネ。」


 ご主人様のこの問いに、ワタシははっきりと答えた。


 「はい! ワタシは、これからもずっとご主人様のお傍で暮らしたいです! それに・・・。」


 『ご主人様のお嫁さんに・・・。』


 そう言いかけて、思わず言葉を濁す。


 「それに、このお家は売って下さって構いません。」


 「それで良いのか? 此処はリーネとご両親の大切な家なんだろう?」


 「此処は、今はもう寂しい思い出しか残っていません。 お父さんとお母さんの思い出はこの宝物さえあれば・・・。」 

 

 ワタシはそう言って、宝物の絵本とヌイグルミを抱きしめる。

 お父さんとお母さんはここに居てくれる。


 「ご主人様との、今の生活が一番幸せなんです。 ですから、このお家は売って下さい、そして―――。」


   

********** オーク将軍デブリンガー ***********



 結局、リーネの願いにより、この屋敷は売りに出す事になった。

 私達はリーネの宝物以外にも、数点のリーネの家の品物を持って、一旦王国騎士団の詰め所に戻る事にした。

 その中には、リーネの母が使っていた、不思議な模様の弓も入っている。


 私達は、偽伯母カレンより取り返しておいたリーネの屋敷の鍵を使って扉に鍵をかけると、詰め所へ向かって歩き出した。



 私は、リーネの家を売却する事に一応賛成しはしたが、本当にそれで良かったのかと今も悩んでいる。

 先程私は、プドルからこのような事を言われた。


 「どんなに大切な場所でも、より悲しい思いの残る場所というのは、近付く事すら辛いものなのです。」


 この言葉で、私は売却を認めたのだ。

 確かにその気持ちは分かる。


 

 もう少しで騎士団の詰め所という所で、リーネが私の服にしがみ付いている事に気付いた。

 しかも、周りを見ないように私の服に顔を埋めている。

 

 「この場所は・・・。」


 そこは騎士団の詰め所の傍にある街の広場だった。

 此処は、一年前リーネの両親が帝国軍から街を守る為に命懸けで戦い、命を落とした場所だった。

 そして、リーネ自身も襲われかけた場所・・・。 

 

 リーネの屋敷に向かう際は、ずっと私の服を掴んでいたので気が付かなかったが、恐らく先程もこうしていたのだろう・・・。


 あの時リーネの両親は、身体中を滅多刺しにされ無残な姿を晒していた。

 余りの姿に、私もそれがあのエルフなのだと気付きもしなかった訳だが・・・。


 その様な恐ろしい思いをした場所に恐怖を覚えるのは当然だ。

 そして、今のリーネの家はその恐怖が思い出される場所の一つでもあるのだろう。


 リーネは両親を惨殺された後、たった一人であの家に住み続けたのだ。

 身体の傷はプドルによって癒されたが、心の傷は全く癒えていなかった。


 それなのに、私は彼女に十分な金を与える事しかしなかった・・・。

 もしも、信頼できる人物を後見人に据え、毎日様子を見に行ってくれるように頼んでいれば、きっとリーネも偽者の伯母に騙されたりする事も無かったに違いない。


 『全く、プドルの言う通りだな。 私は全然駄目だな・・・。』


 私は震えるリーネの肩をそっと抱いてやり、その広場の前を足早に通り抜けたのだった。




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