ゲスパー ・ 10年前
オーク将軍デブリンガー・アブラハムの栄光への道 第十七章
********** 帝国のスパイ、ゲスパー ***********
今朝、何となく嫌な予感がしたのでリドリーに提案をし、亡命を早める事にした。
諜報員などしていると、こういう予感といったモノも決して馬鹿には出来ないのだ。
それで、乗っ取りの仲間の一人のカレンを囮とし、時間稼ぎに使い捨てにしようと、午前中から待ち合わせの酒場に顔を出していたのだが、あの女は一向に現れない。
結局昼を過ぎても現れないので、例の高級な屋敷にまで直接赴いたのだが、扉には鍵が掛かったままで、呼び鈴の鐘を鳴らしても、出てくる気配が全く無かった。
「確かに、あまり人目に付かぬよう、人が来ても対応は控えろと言ってはおいたが・・・。」
屋敷の中の気配を探っても、中に人の居る気配が無かったのだ。
あの女が、私を欺ける程熟練した盗人だったと言う訳でもなく、当然気配を消す魔法などを使える訳でもなかった。
そもそも、あの女は下級魔法を僅かに使える程度の小物だ。
「まさか何かあったのか?」
一抹の不安を感じた私は、領主の屋敷に急遽戻った。
すると、屋敷は大変な事になっていた―――。
領主の館の周囲に張り巡らせた、逃亡防止用の巨大な結界魔法と、その魔法を張る魔法師を護衛する王国騎士団員。
しかも、その異様な有様に気付いた街の市民が、屋敷の入り口前に人だかりを作っていた。
私は人ごみに紛れて近付き、様子を窺う。
どうやら全て遅かったらしい。
なんでもガレオン国王直々に領主を捕らえに来ているというのだ。
なんと言う事だ・・・全てが失敗に終わってしまった!
私は、一年前の襲撃の失敗を少しでも取り戻すべく、リドリーを操ってニクロム皇帝陛下に献上する資金を集めさせていたのだが・・・。
そろそろ潮時と思いながらも、中々買い手が付かなかったあの高級邸宅の売却がやっと纏まった為に、せめてそれを売ってからと欲をかいたのがいけなかった。
今まで集めて来た、2000枚以上に登る金貨と高価な宝石の数々は全てあの屋敷の中だ。
結界魔法で封鎖されている今、中に進入する事すら不可能になってしまった。
私はどうやって皇帝陛下にお詫びするべきか頭を痛めていた。
暫くすると、中で何やら動きがあったらしく、数名の親衛騎士団に拘束されたリドリーが屋敷の前に連行されて来た。
続いてガレオン国王も姿を現す。
本当に国王自ら、リドリーを捕らえる為にやって来たようだ。
例え国民の前でも、先ず表に姿を現す事の無い皇帝陛下とは正反対の性格の様だな。
『今此処で、この毒針を使ってガレオン国王を暗殺すれば・・・。』
ふとその様な事が頭に浮かぶ。
私は、何時でも邪魔者を消せるように、即効性の猛毒を仕込んだ毒針を常に携帯している。
元々は帝国に亡命した際に、リドリーをこの毒針で始末して、金品を全て奪うつもりだったのだ。
本当にガレオン国王を暗殺出来るのならば、今までの私の失敗の数々を全て帳消しに出来ると言っても良い。
しかし、これを使用するには、少なくとも3m以内にまで近付かなければならない。
そんな距離で毒針を使用すれば、間違いなく私は親衛騎士団に捕らえられてしまうだろう。
確かに、目の上の瘤のガレオン国王を抹殺できるのならば、私一人の命など安いものだ。
私は覚悟を決め、人ごみを掻き分けながら、ガレオン国王の近くへと進んでいった。
しかし、そんな私の目の前に”奴”が現れた。
見上げる様な巨体のオークの戦士。
その両手には巨大なダブルアックスが一本ずつ握られている。
『死神デブリンガー!?』
そう、ガレオン国王の傍に控えていたのは、我等帝国軍を幾度となく苦しめ続けた、あの男が居たのだ。
王国遊撃部隊という特殊部隊の将軍にして、オーク族の中でも極僅かしか存在しないという上位種、オークジェネラルのデブリンガー・アブラハム将軍。
奴等はガレオン国王の命により常に王都に待機しており、王国内に我等帝国軍が進撃を開始すると即座に転送屋を利用して現地に駆けつけるのだ。
今まで幾度となく煮え湯を飲まされ続けて来た我々は、何度も奴の抹殺を企てるも、それら全てを跳ね除けて来た正に我等帝国軍にとっての死神だ。
此度の停戦条約も、奴に潰された帝国軍の部隊数があまりにも膨大な数になってしまった為に、帝国の戦力が半減してしまったからなのだ。
もしも今、王国に攻め込まれでもしたら、帝国側は持ち堪える事が出来ないと判断したからこそ、停戦条約を結ぶに至ったのだ・・・。
その化物が目の前に居る!
私は、帝国軍の諜報員として、様々な訓練を受けてきた。
毒針の扱いも訓練している。
諜報に役立つ特殊な魔法を幾つも習得しており、攻撃魔法も多少は身に付けた・・・だが!
単純な戦闘能力に関しては、そこいらの一兵士と左程変わらないのだ。
そんな私が、あの王国一の強さを誇る死神デブリンガーを掻い潜り、ガレオン国王を暗殺するなど絶対に不可能だ・・・。
これでは、例え命を捨てて掛かっても結果は同じだろう。
その時、私の頭に、ある考えが過る。
『待てよ? だったら代わりにデブリンガーを殺せないだろうか・・・?』
ガレオン国王を狙う振りをして近付けば、間違いなくデブリンガーに取り押さえられる事になるだろう。
その時、デブリンガーにこの毒針を叩き込めば・・・。
額に汗が滲む。
死神デブリンガーさえ亡き者に出来れば、我等が帝国は王国に絶対負けはしない。
ある意味、ガレオン国王を暗殺するよりも大きい功績だと言える。
私は毒針を持つ手に力を込める・・・。
あと少しで攻撃範囲内だ!
しかし、その時私の目にとんでもない物が映った。
死神デブリンガーの左手の指に嵌まった、蝶の模様が掘り込まれた指輪・・・?
『あれはまさか、無毒の蝶!!』
無毒の蝶の彫刻が彫られたマジックアイテムは、あらゆる毒の効果を無効化するという。
製造するのがかなり困難で、滅多に市場に出回らず、存在自体あまり知られていない。
しかし、その絶大な効果故、仮に売りに出されても、直ぐに売り切れると言うレアアイテムだ。
私は身体から力が抜けていくのを感じていた。
あのアイテムの前では、この猛毒の毒針ですら何の効果も発揮できない。
仮に私が、ガレオン国王に毒針を使用する事に成功していたとしても、直ぐにあのアイテムを国王に装備させれば、たちどころに解毒されてしまうのだ。
私は、毒針での暗殺を諦めるしかなかった。
『仕方ない、何とかして出直しだ。』
私は、目の前を通り過ぎるガレオン国王と死神デブリンガーを前に、決して不審に見えぬよう注意しながら人ごみに紛れていった。
なんとかその場を離れると、その足で転送屋に向かう。
『リドリーが私の事を喋る前に、少しでも早くこの街から離れなければ!』
私は逃亡する中、心に誓う。
『死神デブリンガー! 何時か必ず目に物見せてくれる!』
********** オーク将軍デブリンガー **********
リーネやその友人のラン達が奪われた金の返金や、奪われた家を取り返すにはまだ少し時間が掛かるだろうという事なので、事務処理的な事は、本職に任せる事にした。
一応我々は部外者なのだ、あまり口出しはしないほうが良い。
領主のリドリー・ゴルドーの取り調べも、私が参加することは出来そうもなかった。
あの男のせいで、大勢のこの街の人々が亡くなっている。
リーネの両親・・・、あのエルフも・・・。
出来る事なら私自身の手で絞め殺してやりたかったが、その辺はガレオン陛下に任せるとしよう。
陛下と親衛騎士団は、一旦王国騎士団の詰め所に戻ると、すぐさまリドリーを連れて転移屋へ向かった。
バルドッグは、今回の件で集まってくれた仲間達と共に、暫く王国騎士団に協力する事になったので、ここで別れる。
私は、一旦ポークビッツの街へと戻るべく、リーネ達を迎えに詰め所の中に入った。
▽
私は、リーネ達が留守番している詰め所の部屋へ入る。
「きゃっ!」
「誰ですか!? ・・・あら、ご主人様じゃないですか!」
突然そんな言葉で迎えられる。
「え? ご主人様?」
「一体どうしたのですか? その様な格好で!」
むむ・・・何か変だったか・・・?
そう考えて初めて、私が防具とダブルアックスを身に着けたままだった事に気付いた。
この防具は、本当に軽く出来ており、普段の鎧ほど負担になっていなかったのでつい失念していたのだ。
「しまった、お借りした装備を陛下にお返しするのを忘れていた・・・。」
そう言いながら、ダブルアックスを壁に立て掛け、フルフェイスのヘルムを脱いだ。
「ご主人様! お帰りなさい!」
私だと確認すると、リーネは笑顔になって出迎えてくれた。
そして私の手に触れて、急に目を剥いた。
「ど、どうしたんですか!? この手は!!」
その言葉に自分の手をよく見る。
なんと言う事だ、手の皮が焼け焦げて皮が捲れているではないか!
良く見ると、手だけでなく腕中が同じように火傷の痕が付いていた。
鎧の下に着ていた余所行きの服も真っ黒に焦げている。
「あ・・・、そう言えば、火柱の魔法を食らったんだった。」
私がなんでもない事のように、ボソリと言うと、真っ青になったプドルが飛んできた。
「何をしているのですか、デブリンガー様!! 直ぐに治療をしますので、鎧を外してください!」
私は言われるままに鎧を外すと、プドルは直ぐに私の火傷の治療を始めた。
私の身体を淡い光が包み込んで行く。
「あまり無茶は辞めて下さい。 デブリンガー様がお強いのは十分理解しておりますが、だからと言って傷を負って良いと言う訳では無いのですよ?」
「ははは、すまんすまん。 何だか今日はプドルに叱られてばかりだな。」
私は、つい昔を思い出してしまう。
昔から、戦いの度に無茶をして来た私は、事ある毎にこうしてプドルに叱られていたものだ。
「好きで叱っているわけではありません! 今は貴方が傷付いて心配するのは、私だけでは無いのですよ!」
そう言われて、ふとプドルの横を見ると、リーネが額に汗をかきながら、私に回復魔法を掛けていた。
「リーネ、回復魔法が使えたのかい?」
「下級の回復魔法は、お母さんに教えて貰いました。 でも、ワタシは治癒魔法はまだ出来なくて・・・。」
その目に涙が滲んでいる。
これはしまったな・・・、予想以上に心配させてしまったらしい。
「本当はワタシも、プドルさんみたいにご主人様を癒して差し上げたいのに・・・、こんなことしか出来なくて御免なさい・・・。」
恐らく、治癒魔法までは無理だが、せめて体力回復だけでもしてくれようとしているのだろう。
「リーネちゃんは、まだ魔力を上手く扱えないだけです。 これから練習すれば、直ぐに私以上の魔法師になれます。 現に今だって、毎日少しずつ魔法の練習をしているのですから。」
私はリーネの頭を軽く撫でる。
リーネは、上目使いで私の目を見てきた。
「ワタシ、きっと上手くなって見せますから!」
そんなリーネの言葉に、私は心から感激した。
「楽しみに待っているよ。」
▽
私の治療が終わると、ポークビッツの街に帰る為の準備を始めた。
今帰れば、転送屋から歩いたとしても夕暮れまでには屋敷まで辿り着けるだろう。
私も、屋敷の風呂でゆっくり温まりたい気分だった。
しかし、いざ帰ろうと思うと、私の格好が問題だと気付いた。
先程の火柱の魔法で、鎧を付けていなかった部分が、まっ黒焦げだったのだ。
「仕方ない、どの道この鎧も陛下にお返ししなければならないのだし、一旦屋敷まで来て帰る事にするか。」
鎧を身に付ければ、返って黒焦げになっている事が目立たなかったのだ。
私は鎧を再び着込み、ダブルアックスを背中に背負うと、リーネ、プドルと共に詰め所を後にした。
*********** 過去:バルドッグ・ハウル ***********
リドリーが連行されてから、数日が経過した。
デブリンガー様達は、あの日の内にポークビッツの街にお帰りになっている。
領主であるデブリンガー様は、そうそう街を留守にする訳にはいかないのだ。
まあ、屋敷の事に関しては、妻のプドルに任せておけば問題無いだろう。
私はというと、この数日間ラック所長の指揮の下、王国騎士団の面々とかつての仲間達は、事態収拾の為に街中を駆け回っていたが、それもようやく一段落しそうな感じだった。
領主の乗っ取りやピンはねの被害者への返金は、王国での手続きが終了せねばこちらでは動きようが無いので、取り敢えずは一息付けそうだったので、我々は詰め所の食堂で酒を飲んでいた。
時間は既に深夜を回っているが、仲間達は皆眠ろうとはしなかった。
この数日、晩酌すら出来ぬほど忙しかったのだ、飲みたくて仕方が無いのだろう。
更に、今晩はラック所長が大樽の酒を気前良く差し入れしてくれたので、全員既にかなり酔いが回っていた。
今日ばかりは、私も少々酒を飲んでいた。
今晩は久々に仲間内での宴会だ、たまにはこういうのも良いだろう。
勿論、ラック所長も同席している。
酔いの回った私達は、何時の間にか各々昔話に花を咲かせていた―――。
▽
当時の我々は、正に飛ぶ鳥を落とす勢いと言う言葉がぴったりだった。
デブリンガー将軍率いる”王国遊撃特殊部隊・デブリンガー隊”は、帝国軍の兵士から破滅の部隊等と揶揄される程に連戦連勝だった。
特に、帝国軍が我等の部隊を嫌ったのは、何処の街を攻撃しようとも、即座に駆けつけて来る所だった。
陛下が、転送屋に優秀な魔法師を大勢配置する事で、多人数の部隊が一気に目的の街へ移動する事が出来るようになったからだ。
最強の戦闘集団であるデブリンガー隊が!!
それ故に、帝国も様々な手で我等の部隊を殲滅しようと企んできたものだった。
基本的に身体能力の優れている獣人族ばかりのデブリンガー隊相手に、身体能力ではかなり劣る人族が、まともにぶつかって勝てる訳も無く、何時も失敗に終わっていた。
しかし、十年前のあの時、我々は最大の危機に陥った。
あの日は、各地で小規模な攻撃が頻発していた。
規模がそれ程でもなかった為、デブリンガー隊が出撃するまでも無かったのだが、親衛騎士団や王国騎士団は各地に飛んで居た。
そこに来て、普段狙われる事の先ず無いような小さな街が、突如大規模な襲撃を受けたのだ。
小さな街なので、常駐している騎士団の数も少なく、領主の力も弱かった為、彼らを救うべく我等デブリンガー隊が出撃したのだ。
目的のバイエルンの街に到着すると、街のあちこちで火の手が上がっている。
我々は、数グループに分かれて各所に向かったのだが、じつはこれは罠だったのだ。
デブリンガー様を亡き者にする為にやつらの考えた策。
それは我等のチームを複数に分断し、デブリンガー様の居ないサブ部隊相手には、まともに戦う事を避け、逃げに徹して合流させないようにする事だった。
そして、人数の減ったデブリンガー様の居る部隊を、奴等のほぼ全ての戦力を投入して待ち構えて居る場所におびき出すと言う作戦だったのだ。
しかもそれは、我々獣人族が苦手とする魔法師の部隊だった。
元々我等獣人族は、往々にして魔法が不得意な者が多い。
デブリンガー隊の中にも、全く魔法が使えない者は何人も存在した。
私は、長く修練を積む事によってある程度の魔法は使用可能になってはいるが、殆どが諜報活動に向いた特殊なモノばかりで、しかも天才のプドルと比べたら子供騙しのようなものだった。
そもそも、魔法適正の高い人族の、しかも魔法師に太刀打ち出来る筈が無かったのだ。
あの時は、デブリンガー様と私とプドル、そしてラックの四人だけになってしまっていた。
私達は街の中心部で逃げる人々を先導していたが、突如大きな爆発が起こったのだ。
慌てて我々四人はその爆発の場所に向かう。
我々が駆けつけた場所には、木材で作り上げた簡易の櫓が、正面と左右に一つずつ計三基も建てられていたのだ。
そしてその上には、合計十数名の帝国の魔法師達が、何時でも魔法を放てる準備を整え待ち構えていたのだ。
その場所には魔法を防げる様な障害物が一切存在せず。
閑散とした広場の中心には、何かが爆発した様な跡があるだけだった。
おそらく、あそこで何かを爆発させて我々を誘い出したのだろう。
そして、敢えて各々距離を置く形で配置された三基の櫓は、僅か四人の我々では、一気に撃破して敵を殲滅する事は不可能だった。
櫓をよじ登って魔法師を攻撃しようにも、この障害物の全く無い見晴らしの良い広場では、櫓に近付く事すら困難だろう。
仮に魔法を掻い潜り、何とか櫓にたどり着いても櫓を登る時は、奴等の魔法の格好の的となってしまう。
そもそも、敵の初弾を交わす事すら不可能に思えた。
デブリンガー様の体当たりなら、あの程度の櫓など一溜まりも無く破壊できるだろうが、デブリンガー様は一人だけだ。
残念ながら私やラックの力では、櫓の破壊は不可能だ。
恐らく、例えどれかの櫓を犠牲にしてでも、デブリンガー様を亡き者にしようと言う考えなのだろう。
私もラックも、どうしたら良いのか分からず、動きが止まってしまった。
敵の魔法師は、今にも攻撃魔法を放とうとしている。
あの数の魔法の集中攻撃を受けたら、我等ではひとたまりも無い。
防御力が段違いに高いデブリンガー様でも、果たして何時まで耐えられるのか・・・。
しかし、デブリンガー様だけなら、少なくとも初撃は耐え切れる筈だ。
あの時、我々の事を放置して、櫓の破壊を優先すれば・・・デブリンガー様なら三基の櫓を破壊し尽くす事も不可能では無かった・・・。
だが、あの時のデブリンガー様は全く違う行動をとった。
即座に両手のダブルアックスを自分の両サイドに付き立てると、空いた両手で、傍に居た私とプドルとラックの三人を抱きかかえ、そのまま自分の腹の下に隠すように押さえ込んだのだ。
そう、デブリンガー様は我々三人を庇ったのだ。
次の瞬間、様々な攻撃魔法が我々の居る場所に降り注いだ。
火の魔法:火弾、火玉、火柱
氷の魔法:氷弾、氷槍、氷針
風の魔法:風刃
土の魔法:石弾、石刃、
様々な攻撃魔法が次々と放たれるが、我々には一発も当たらない。
当然だ、全てデブリンガー様が代わりにそれらの全てを受けているのだ。
あの時の私は、情け無い事にデブリンガー様の死を予感してしまった。
あの状態からデブリンガー様が生き残れる姿が全く予想できなかったのだ。
恐らくラックも同じ考えだったのだろう、彼の顔も青ざめて涙目になっていた。
しかし、プドルだけは違っていた。
彼女は我々を庇って蹲るデブリンガー様に抱きついていたのだ―――。
当時、プドルはデブリンガー様の事を愛していた。
決して想いを告げる事は無かったが、同じ様に彼女に恋慕していた私にはよく分かったのだ。
多分、身分の違いや年齢の差を気にしていたのだろう。
そんな彼女だ、あのような事態に陥ったら、一番取り乱しても決しておかしくはない、そう思っていた。
彼女は絶望の中、ただ愛するデブリンガー様にしがみ付いているのだと・・・。
しかし現実は違った。
彼女は、全身に薄っすらと光を纏っていた、そう、治癒魔法を使っていたのだ。
次々と己の命を削られながらも、我等三人を庇い続けるデブリンガー様を、少しでもその傷を癒そうと、持てる力の限り全力で治癒魔法を使い続けていたのだ。
彼女はボロボロ涙を流していた。
愛する男が自分達の為に傷付いて行くのを必死で絶えながら、己の使命を貫き通す。
彼女だけは、デブリンガー様の考えをしっかりと理解していたのだ。
その姿を見た時、私とラックは目が覚めた思いだった。
デブリンガー様もプドルも、決して諦めている訳ではない!
私とラックは、来る時に備えて、己の武器に手を掛けた。
そして一瞬、あの凄まじかった魔法攻撃が弱まる。
恐らく、連続使用のせいで、スタミナが切れてしまったのだろう。
その瞬間、デブリンガー様が動いた。
即座に両サイドに付き立てたダブルアックスを掴むと、起き上がりざまにそれを投げる。
高速で回転しながら地面に水平に飛ぶ二本の巨大なダブルアックスは、左右に建っていたそれぞれの櫓の足を一気に破壊した。
メキメキと音を立てて倒れる二つの櫓。
「「今だっ!」」
私とラックは今が好機とデブリンガー様の下から飛び出した。
別に事前に打ち合わせをした訳ではないが、長年共に戦ってきた仲間だ、お互いにどう動くか良く分かっている。
私達はそれぞれ左右の崩れた櫓へ向かって駆け出した。
櫓が倒れた事で、魔法どころではなくなっている魔法師を一気に殲滅する!
我等が飛び出すと同時に、デブリンガー様も駆け出した。
その先にあるのは、もう一基残っている正面の櫓だ。
どぉ~~~ん!!
デブリンガー様が体当たりをすると、大きな音を立てて、最後の櫓が崩れ去った。
櫓が崩れ魔法を使う余裕も無く、しかも接近を許してしまった魔法師に、最早勝ち目など無かった。
我々は、十数名の帝国軍の魔法師を一気に殲滅した。
我等が一息ついてデブリンガー様の様子を窺うと、既にデブリンガー様の元にはプドルが駆け寄って、治癒魔法を再開していた。
「どっちも敵わないな。」
私は心から敗北感を感じていた。
▽
デブリンガー様の傷は酷いものだった。
頭と胸部は、ヘルムと胸当てのお陰で、それ程酷い怪我は無かったが、胸当ての無かった背部の腰から尻、そして腕と脚にかけては、無数の切り傷と火傷の痕と共に、幾つもの石の刃が突き刺さっていた。
そして、全身が真っ赤になるほど血に塗れていた。
流石にダメージが大きすぎたのか、デブリンガー様は力無くその場に手と膝を付いた。
本来なら座りたい所だろうが、背面はほぼ全て傷だらけなので、座る事すら出来なかったのだ。
私は、一言断りを入れ、直ちに回復薬の調達に向かう。
休む事無く全力で治癒魔法を使い続けているプドルの顔色がかなり悪くなって来ていたのだ。
彼女の負担を少しでも軽減せねば!
急遽近くの薬屋で手に入れた回復薬をデブリンガー様とプドルに差し出す。
デブリンガー様は、私から回復薬を受け取ると、数本一気に飲み干してしまった。
しかし、プドルは一向に治癒魔法の手を止めようとはしなかった。
顔色は更に悪くなっている。
すると突如彼女に声を掛けられた。
「バルドッグ、悪いけれど私に飲ませて頂戴。 今手を止める訳には行かないの!」
私は、仕方なくプドルの口元に回復薬の瓶の口を近づけてやる。
彼女は、恥ずかしげも無くそれに食い付くと、グビグビ飲み出した。
プドルには、魔法力を回復させる魔力回復薬も飲ませる。
恐らく魔法力も限界だろう。
そのお陰か、彼女の顔色は大分良くなった―――。
結局、デブリンガー様の全ての傷が塞がるまで、プドルは治癒魔法を止めなかった。
▽
「そういえば、あの時のプドル女史は凄かったな。 鬼気迫るというか・・・。」
酒を飲みながらラックが呟く。
私達は、あの十年前のバイエルンの街の事を話していたのだ。
「ああ、私もあの時は勝てないと思ったよ。 我々を命懸けで守ってくれたデブリンガー様にも、そしてあそこまで献身的にデブリンガー様を癒し続けたプドルにも・・・。」
私は遠い目をして呟く。
「正直バルドッグには悪いが、プドル女史はデブリンガー将軍と結婚するものと思っていたよ。」
それは私も思っていた事だ。
私は、あらゆる面でデブリンガー様に負けていた。
何一つデブリンガー様に勝る所の無い私が、デブリンガー様を心から愛するプドルを妻に出来るなど、想像も出来なかったのだ。
「偶然だな、私もだよ。」
少し冗談めかして、ラックに返す。
ラックは、酒の勢いもありここぞとばかりに追い討ちを掛けてきた。
「しかし、どうしてプドル女史は、バルドッグのプロポーズを受けたんだろうな? 正直、仲間内は全員振られる方に賭けたせいで、デブリンガー将軍の一人勝ちだったんだぞ。」
「何?それは初耳だぞ? 人の告白を賭けの対象にするなんて・・・。 しかし、デブリンガー様の一人勝ち・・・と言う事はデブリンガー様は、私の告白が成功すると思っていたと言うのか?」
思わぬ事実に衝撃を受ける。
確かに、私が覚悟を決めてプドルに告白をする決意をしたのは、デブリンガー様の後押しがあったからだ。
プドルはずっとデブリンガー様に思いを寄せていたが、幼き頃から一途にエルフに憧れ続けて来たデブリンガー様は、最後までプドルの気持ちに気付く事は無かった。
その一方で私のプドルへの想いに気付いたデブリンガー様は、色々と応援してくれたのだ。
結局プドルへの想いを捨てきる事が出来ず、腹を括った私は思い切ってプドルに告白した。
勿論ただ漠然と告白するつもりは無かった。
人生で初めて本気で惚れた女だ。
例え卑怯と思われようとも、彼女の気持ちを自分へ向けるつもりだった。
「私だって、告白する時は色々と作戦を立てていたんだ。」
「ほう、それはどんな作戦だったんだ?」
「何としても彼女に振り向いて欲しかった私は、兎に角デブリンガー様の事を諦めさせる事が先決だと考えたのだ。 だから、様々な説得文句を考えていた。 やれ、デブリンガー様はエルフに恋をされている。 やれ二人は身分が違いすぎる。 やれ、年が20歳も上では難しい等々・・・。」
「おいおい、随分と失礼な言葉が入っているぞ? 良くそれで行こうと思ったな。」
少々呆れ顔でラックは言う。
「私も後先考えては居られなかったんだ。 それほどまでに必死だった。」
「で、結局決め手は何だったんだ?」
「・・・それが・・・。」
私はそこで一気に酒をあおった。
「それが何一つ言う前に、”結婚してくれ!”の一言であっさりと私の求婚を受けてくれたんだ。」
「はあ? どういう事なんだ?」
「私も同じ事を思った、だから思わず彼女に尋ねてしまったんだ・・・。 何故受けてくれるのか?と、デブリンガー様を愛しているのではないのか?と。」
「まさか、本人にそれを聞いたのか?」
「気が動転していたんだ、思わず聞き返してしまった。 すると彼女は、私が考えていた説得文句を全て言い返してくれたよ。 デブリンガー様はエルフに恋している。 身分が違いすぎる。 自分の方が20歳も年上だ・・・。 そういいながら、サバサバした様な笑顔で彼女は私の求婚を受けてくれたんだ。」
今なら分かる、恐らくプドルはずっと悩んでいたのだろう。
どんなに想いを募らせようとも、全く叶いそうも無い己の恋に・・・。
それこそ、私が言おうと思っていたデブリンガー様とは結ばれぬ理由を、何度も何度も頭の中で考えては涙していたのだろう。
そして、結局諦める選択をしてしまった。
たまたまそのタイミングで私が求婚したに違いない。
でも、それでも良かった。
あのプドルと結婚できるのだ、不満などあるはずも無い。
それに・・・、負けた相手はデブリンガー様だ。
勝とうなどと考えるだけ無駄と言うものだ。
なにせ相手は無敵の鬼将軍だ!!
結局私は、明け方近くまで皆と飲み明かした―――。




