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めたもるふぉうぜ  作者: 八澤
システムE ver.夢 
23/24

後頭部を全力で殴ります


 私は、自宅の布団の上にいた。時計を見ると、夜中の三時で、いつの間にか私は、自宅に戻っていたようだ。起き上がり、台所で水を一杯飲む。今のは、私の夢? 全て、私の夢だったのかも、しれない。

 ふと、鞄の中を覗くと、忘れたはずの宿題が入っていた。そのプリントの上の部分に、『忘れちゃ駄目だよ』という文字が書いてある。

 マユちゃんだ……。たったそれだけで、私はもう二度とマユちゃんと会うことが出来ないと悟ってしまい、涙を堪えきれずに、泣いた。


 学校も、マユちゃんが居ないだけで、後は全ていつも通りだった。あの時みたいな、世界に変わることは無い。私は、何をすればいいのかわからず、ぼぉーっと授業を受けているだけだった。

 その日の放課後、私は一度家に戻り、鞄を置くと、外に出る。

 向かうは、あのお化け屋敷だった。

 黄金色の夕焼けに照らされて、あの屋敷は立っている。あの時より、また少し古ぼけた気がするけど、他は、特に変わった様子が無い。窓からは、また変な植物が見えているだけだ。

 私は少し考えた後に、庭に入り、入口の前に立った。

 インターホンを見る。

 これを、押して、中に入った。そして、あの黒い影に追いかけられたんだ……。恐怖はもう感じなかった。それよりも、マユちゃんがいなくなったという想いが、ぎゅっと胸を締め付けてくる。

 扉を開く、……勇気は、私にはもう無い。くるっと踝を返し、戻ろうとした時、足元に白い何かが転がっているのが、目につく。そっと拾い上げてみると、それは、白いボールだった。『有野間麻友』と、名前が書いてある。

「こらぁー!」

 突然、ドスの効いた声が聞こえ、私はぴょんと飛ぶほど驚いた。「勝手に入っちゃ駄目だろー!」

「す、すいません」

 私は内心ビビリながら、頭を下げて道へ戻った時、その声に聞き覚えがあることに気づく。

「俺だよ、俺」

 頭を上げると、……マユちゃんのお兄さんが立っていた。学生鞄をかかげ、笑いながら。

「……こんにちは」

「ごめんごめん、可愛い小学生がいたから、ちょっと驚かせてびびった顔を見たくなったんだよ、気にしないで。いや、でも驚いた顔も良いけど、今の人を蔑む表情も、素晴らしいなぁ。太ももで、俺の顔を圧迫してくれない?」

 相変わらず意味がわからない。「こんなところで何しているんですか?」

「ん、まぁ、散歩なんだけど、……君を探しに着たんだ」

 そう言って、お兄さんは鞄を開く。咄嗟に身構えたら、「これ」と数枚の写真を私に見せてきた。

「これは……え、私?」

「そう、俺のカメラの中に、君が映っているデータが残っていた。しかも、かなりの枚数がさ」

 そこには、暗い夜道を歩く私が、一人で映っていた。私は、体を少し曲げて、誰かと話しているような格好をしている。だけど、そこには、私しか映っていない。

「俺は、趣味で、時折女の子を撮影することがあるんだけど、女の子に嫌な思いをさせないため、絶対に気づかれない距離から、撮るんだ。……あ、引かないでね。別に写真をとっても、何もしないよ。ただ、アルバムに収めるだけだから……ホントだよ、信じてください、警察には言わないで下さい」「……はい」「ありがとう。で、この写真は、見ての通り、あまりに君に近すぎるんだ。絶対に気づかれてしまう。だけど、君は、普通に誰かと話しているように、映っている。俺は君と会ったのは昨日だから、この時知り合いでもない。しかも、君を見つけた時、俺はずっと監視したと言ったけど、アレは少し違うんだ。俺は、何故か気がついたら、あの場所へ必死に向かっていた。カメラを片手に、心をウキウキと鳴らして。何故か、俺の中で、可愛い女の子を見られる、確信があったんだよ」

 お兄さんの言いたいことが、少しわかった。お兄さんは、マユちゃんのことに気づき始めている。あと、お兄さんに確信があったのは、やはり、あの私とマユちゃんでお化け屋敷を行くと計画を立てた時、盗聴していたんだろう。

「しかも、ちょっと気になって、部屋のアルバムver42をあさってみたら、思惑通り、誰も映っていない写真が、かなりの枚数である。写真に、『理性のタガがハズレそうだなぁ』や『俺の中で何かがぼっきりと音を立てて折れそう』と書いてあったんだ。俺は、そういう感想は気がついたら書いてあるんだけど、その何も映っていない写真に限って、書きなぐってある」

 途中で変な文字があった気がするけど、今は無視する。

「そのアルバムは、約一年前、ちょうど、俺の親が再婚した時だった」

「そこには、マユちゃんが……」

「俺の、義理の妹?」

「そうです。写っていた、はずです」

 マユちゃんの存在は、かなり雑な方法で消されている。私達が、普通に気づいてしまう程度だ。

「やはりそうか」

 お兄さんはそうため息をつくと、ポケットに手を突っ込み、……白い布を取り出した。

 メガネを外す。

 そして、――その布を被る。

「そ、それは」

「あぁ、俺の部屋には、家宝ボックスと呼ばれる俺の宝が詰まっている箱があるんだ。その中に、コイツがあったんだよ」自分の頭部を指差しながら、お兄さんは唸る。

 その白い布には、ポップな猫が印刷されていて(反対に被っているから向きが逆)、可愛らしいモフモフ感のそれは――、

「どう見てもパンツです 本当にありがとう」お兄さんはそう言って、私に礼をした。

「何故、お礼を?」糞どうでもいい理由だと思うけど、一応問う。

「ん、いや、なんとなくお礼を言いたくなってさ。このパンツを被っているという事実に。このパンツは、真空パックの中に入っていた。『履くのは禁止。被るのみOK ※許可貰っています』という紙も入っていた」

「マユちゃんから聞きましたけど、昔、お兄さんはマユちゃんを笑わせようと、マユちゃんのパンツを盗み、ズボンの上から履いたんです。でも、マユちゃんは怒ってしまい、お兄さんは謝る時に、もう履かないから、とパンツを被りながら、宣言したんです。それで、マユちゃんは一応お兄さんのことを、許したらしいです」自分で何を言っているのか、途中でわからなくなった。

 お兄さんは、小さく息を吐くと、パンツを取り、ぐっと掴んで、ポケットにいれる。

「俺に、妹、いたんだなー」

「はい」

「仲良さそうだった? 俺さ、絶対領域アフター(蛹から蝶が羽化する刹那)の女の子に目が無いから、ど真ん中の女の子が近くにいたら、ずっと目で追っていたり、残り香を嗅いでいたり、色々変なことしそうでさー。嫌われたりしていない?」

 自分を過小評価しすぎだ。確実にそれ以上の奇行を行っていた。残り香を嗅ぐ? あなたはもう喰っていましたから。でも、マユちゃんはある意味面白がっていたかもしれない。

「楽しんでいましたよ。お兄さんがおかしな行動を起すと、いつも後頭部を殴っていました。多分、それは照れ隠しで、マユちゃんは、一人っ子だったので、お兄さんが出来て、うれしいと、感じていたと思います」

「そうか……」

 空を見ると、もう冬が近いから、既に黒色に染まりかけている。あの時見た色と違い、複雑に色の組み合わせに、私は安心感を得る。この空は、自然な色合いをしている。

「マユは、カナちゃんに、最後になんて言ったの?」

「私のことを、忘れないで、と」

「そっか。うん、じゃあ、マユのこと、忘れないでやってください。これが、今、駄目な兄として、マユにしてやれる、唯一のことだから」

 少し照れながら言うお兄さんがなんだか可愛くて、苦笑してしまう。本当は良い人かも、と思うと――刹那カメラを私に向けて、写真を撮った。疾い……。

「わかりました。あ、それと、マユちゃんは、お兄さんに、罪だけは犯さないように、と言っていました」

 お兄さんは、小さく笑った。

「……難しいなぁ。いやね、俺は別に犯罪行為をしてるとは、微塵も思ってはいない。だけど、世間の偽善者はそれを罪と見なしている。このままじゃ、俺は捕まるのも、時間の問題かな……と、ミクロの大きさで思っていた」

「いや、ほんと冗談じゃなくて。今みたく、写真撮るのも、駄目ですよ。女の子に変なことしたら」

「そうだな、それなら、……その世間という奴を変えるしかない、か――」

「は、はぁ? 頑張って、ください」私の言葉はこの人には伝わらない。

 

「うん。それじゃあ」

 お兄さんは鞄を持ち上げて、歩き出す。五メートルほど進んだところで、お兄さんは小走りで戻ってきて、鞄をゴソゴソと探ると、一つのDVDケースを取り出した。

「これは?」

「俺の部屋には、家宝とは別に、……王道な、ベッドの下に、俺が必死に編集したDVDを保管しているんだ。で、そこを漁っていたら、これを見つけた」

 そのDVDのケースには、『カナちゃん以外見ることを禁止します。もし見たら、後頭部を全力で殴ります』

と書いてある。

「マユからだな」

 お兄さんは頭を痛そうに抑えながら、ぐいっと私にそれを押し付けると、一気に走り出した。私が声をかける間も無く、消えてしまった。


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