絶対に忘れないから
――その光景が、一瞬で私の脳内で再生された。マユちゃんの、お話だった。ビデオで撮影されたような映像の切れ端や、マユちゃんの心の声が、しっとりと私にしみこんでくる。その情報量に眩暈がしたけど、マユちゃんの張り裂けそうな痛いが、私の中で伸び、棘のように辺りに刺さる。
そこは、狭い部屋だった。黄色と赤色に包まれた小さな部屋で、光以外何も無い。窓も、椅子も、ライトさえなかった。ただ、二色の光が、ぼんやりと、漂っているだけだ。私は落ち着きを取り戻し、一歩進もうとした瞬間、何かに肩を掴まれる。
慌てて振り返ると、そこには、……黒い影が居た。覗き込むかのように、私の顔を見ている。じっと、私は動けなくなったけど、「マユちゃん?」とだけ、口に出来た。
「カナちゃん、ここは駄目だよ」
その影は、口も何も無いはずなのに、ゆっくりと声を吐き出した。「ごめんね、変なの見せちゃって」
「私こそ……ごめん」
「カナちゃんは、何も悪く無いよー。謝らなくていいって。ってか、今のは、アレだね、ちょっと悲劇のヒロイン過ぎて、自分で言うのもなんだけど、微妙……。それよりも、ここは、カナちゃんには、駄目なの。早く戻らなきゃ。そうしないと、私みたいになっちゃう」
ニコッと、マユちゃんは笑った気がする。
「どうやって、戻るの?」
「こっち」
マユちゃんの影に腕を引かれて、部屋を出る。すると、先ほどの廊下がある。でも、あの黒い影はどこにもいない。私の目の前にいる、マユちゃんの黒い影以外、何も存在してはいなかった。
「もう少しで、カナちゃん危なかったね」
「あの、黒い影のこと?」
「あれは、別に大丈夫、ほら、私も黒いでしょ。別に、もう一つあるんだ」
ゆらゆらと手らしきモノを揺らして、マユちゃんは答える。その様子に少し笑ってしまったけど、もう一つとは、一体何?
「ここかな」
そう言って、マユちゃんは止まる。そこは、ちょうど通路の中心くらいで、左右の壁には、何も無い。だけど、マユちゃんが黒い腕を伸ばすと、壁に穴が開き、黄色い光が生まれた。その瞬間、そこに、光の穴が生まれた。
「ここを通れば、元の世界に戻れる。……多分」
「多分?」
私がすっとんきょんな声をあげると、マユちゃんは笑った。ケラケラと、……傍目だと非常に恐い。
「嘘、百パーセント戻れるよ。それに、もう二度と、この世界に迷い込むことは、無い」
そして、マユちゃんは私の手から、指を離す。ふっと、そのまま消えてしまいそうで、「マユちゃん!」と私は大声を出していた。
「な、何?」
マユちゃんは驚いて首をかしげた。
「今、マユちゃんが、消えちゃうかと思ったから」
あははと、マユちゃんはまた笑う。「大丈夫、私は消えないよ」
「よかった」
「でも、そこを通ることは、出来ないんだ」
当たり前のように言う。一瞬意味がわからなくて、すぐに理解して、「なんで?」と私はまた叫ぶ。
「さぁ、私もよくわからないけど、駄目なの。カナちゃんは大丈夫だから、ほら、早く、時間が無い」
「でも!」
「ここで、お別れだね。カナちゃん、今まで私と一緒に遊んでくれて、ありがとう。最後に、あのお化け屋敷に一緒に探検してくれて、ありがとう」
「マユちゃんも、一緒に帰ろう!」
「駄目。あ、そうだ、お兄ちゃんに、罪だけは犯しちゃだめだよ、って注意しておいてね」
マユちゃんがそういい終えた瞬間、足元で、鋭い爆音が響いた。次の瞬間には、窓に、細い亀裂が生じる。
「カナちゃん、お願いだから、早く!」
「やだ、マユちゃんと離れたくない!」
私がそう言うと、マユちゃんの黒い影は、ゆっくりと近づいて、私の肩を掴む。そして、思い切り、押した。上半身が、光の穴へ入る。
「マユちゃん!」
「カナちゃんは、守るって約束したからね。そのためだけに、私はここまで来たんだよ、感謝してよねー。……ありがとう、私のこと、忘れないでね。私はカナちゃんのこと、絶対に忘れないから」
その言葉を最後に、どん! と背中を押されて、ぐるんと、世界が反転して、私は意識を失った。




