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めたもるふぉうぜ  作者: 八澤
システムE ver.夢 
21/24

 有野間麻友 ver.000


 他人ではありません。

「お母さんッ」

 私のお母さんでした。

「お母さんッッ!」

 私は立ち上がって無我夢中で走ると、ホームの先――黄色い線を乗り越えて立ち止まります。近くで見ると、あぁ、やっぱり私のお母さんだ。私のお母さんは、その子供を抱きかかえると、子供をあやすように、小さく揺れました。

「お母さんッ」

 私は懸命に怒鳴って、お母さんに声をかけるのに、お母さんには聞こえていないようでした。私のことなんか見向きもせずに、その腕の中にいる、私の知らない別の子供を可愛がっているのです。

「こっちを見てぇぇえええ!」

 私は大きく息を吸って叫びました。だけど、その瞬間に電車が私の目の前を通り過ぎていきます。私の声なんか簡単に掻き消されてしまい、お母さんは気づきません。

 それでも、私は必死に叫びました。泣きながら、声を絞り出すように、全身全霊をこめて。だけど、面白いことに、私が声を出すたびに、電車が通り過ぎていくのです。おかげで、お母さんは、私のことなんか一度も見てくれない。

 私はぺたっとしゃがみこむと、ふと後ろを振り返りました。ホームのベンチの背後に階段が続いていることに気づきます。必死の想いで立ち上がると、私は走ります。階段を下りると、地下の通路が真っ直ぐに続いています。鈍い黄色に包まれた、綺麗な通路でした。


 ここを通り過ぎて、階段をのぼれば、向かいのホームに行ける。そうすれば、お母さんに会える。あ、でも、お母さんは、また私のことを殴るかもしれない、蹴るかもしれない、もう近寄らないで、と言ってくるかもしれない。そのたびに、私はどういう顔をすればわからなくて、ごめんなさいと謝っていた。この前、学校で変なカードが配られた。子供相談室と書かれていて、電話番号が載っている。虐待を受けている子供は、ここに電話してください。相談に乗ります、みたいなことが書いてあった気がする。……うん、私のは、違うよ。あれは、お母さんは、私に暴力を振るうかもしれないけど、違う……。私が悪いんだ。私が気持悪いから、馬鹿だから、子供で頭が悪いから、それをお母さんは許せないから、怒るんだ。私に躾をしているんだ。私が将来、周りの人から見ても良い子に育つように、と。今は、私は悪い子だから、お母さんは仕方なく殴ってくるんだ。もし、私がお母さんの望む――気持ち悪くなくてこの世に生まれてきてよくて可愛くてウザくなくて勉強もちゃんとできる子供だったら、……また、私の手を握ってくれる? そのまま、一緒にお買い物、行こうよ。私ね、今欲しいお洋服があるの。今度のお誕生日でいいから、買ってよ、お願い。あ、ごめんなさい、またわがまま言ってるね、私。本当に自分勝手で、キモチワルイ子供だね……。でも、でも、私って、そんなに悪い子なの? だって、私、勉強だってちゃんと毎日しっかりと予習復習しているよ。クラスでよく百点取るの私だけなんだよ、頑張っているんだよ、凄いでしょ? 体育だって、女子の中で足が速いほうなんだよ。それに友達が万引きした時があっても私は絶対にそんなことしなかったよ。テストでカンニングもしたこと無いし、掃除の時間だって真面目にやっている。友達もいるし、皆で仲良く楽しく学校で勉強しているよ。虐めなんて一度もしたことないもん。もちろん虐められたこともないよ。それに、カナちゃん……。私ね、カナちゃんが仲良くしてくれたから、クラスの子とも、お話できるようになったの。あの子は、とても可愛い子で、一緒に居ると面白くていつも、いつだって一緒に遊んでいるんだ。……あ、そっかー、私、あまり可愛くなかったね。お母さんは凄い美人なのに、私がこんなブスだから、困っちゃうよね、可哀想、ごめんなさい。でも、今度から、もっと可愛くなるから。お洋服とか、雑誌を買って、私に似合う服を着て、少しでもお母さんみたいに、綺麗になるから、オシャレになるから。それに、いいよ、お母さん、私のこと殴っても。たくさんぶって、それで私が良い子になるから、お母さんの気が晴れるのなら、私は大丈夫、気にしないよ。パチンコもどうぞたくさん遊んできて。知らない男の人と一緒に居ても私はもう嫌な顔しないから。ねぇ、私超頑張る。他にも、お母さんが駄目だと思うところ、全部教えてよ、私ね、それ治すからッ。一生懸命、お母さんの言う通りに、生きるから、だから、だからだから、お願いします、私のことを嫌いにならないで……。死ねって言わないで。産まなきゃよかったって言わないで。キモチワルイって、言わないで。ウザイって言わないで。私のお母さんを辞めないで。無視しないで。恐い目で、私のことを睨まないで。私が、ぎゅっと、掴んだ手を、嫌そうに振りほどかないで……。ねぇ、お母さん、私、お母さんの子供で本当に良かったと思っている、だから、いつも、みたいに、いつもみたい……に、え、笑顔……で、私のことを、……ひぐっ……うっ……うっ……。今のお母さんのこと考えると、痛い、痛いよー、体とか、腕とかじゃないの。心が、えぐられるみたいに、辛い。

 ――せめて、お母さんが生きていなければ、こんな想いはしなかったかもしれません。生きているから、生きているのに、自由に会うことが出来ない。それが、私には理解出来ないからこんなにも苦しいのです。でも、もし、お母さんがこの世にいなければ、……死んでいるのなら、建前上は、納得できるかもしれません。死んでいるから、もう会えない。それは仕方ない。いい加減諦めようと、思えるはずです。あ、そうだ。この駅のホームは、何故か電車がたくさん通り抜けます。凄いスピードです。人なんか当たったら、木っ端微塵になってしまいそうです。そこに、お母さんを……ポンと背中を押せば……。私には、それが出来る気がした。

 でも、長い通路を走り抜け、階段を登り終えると、お母さんは、いませんでした。誰もいません。黄色と赤が混じったような光が、ずっと私と照らし続けているだけでした。

あぁ、よかった。


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