記憶を消して
お兄さんに助けられた時は、午後五時を過ぎていた。小屋の外は、明るみを帯びた黄色が、世界を緩く照らしている。お兄さんはおんぶしてあげると、脅迫するように迫ってくるので、嫌々ながらも背中に乗った。
「くはぁー、やっぱり絶対領域アフターの暖かみは、いいね! もうなんか世界を救えそうだよ」
お兄さんの気持ち悪さは変わっていないから、この人は別人じゃない。
私に嘘をついているのか?
でもあの言い方からして、嘘をついている感じじゃないし、そもそも嘘をつく意味がない。
……本当に、マユちゃんはいないのかな?
涙が出そうになるのを必死に堪える。お兄さんは何か話しかけてきたけど、適当に流していた。そのうちに私の家にたどり着き、「いやだ、このままカナちゃんをおぶっていた、カナちゃんの馬になりたい」と意味不明に喚いていたけど、私が本気で嫌がっていることを伝えると、異様に私の体を触りながら渋々降ろしてくれた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございますだぜ。でもね、まぁ、今回は俺に助けられたからいいものを、世の中には恐い人達がいるんだ、そいつらに捕まったらどうなるかわかったもんじゃない。くれぐれも、一人で危ない所にはいかないでくれよ」
「はい」一人じゃない。
「じゃあね」パシャ!
デジカメで私を無断で撮ると、お兄さんは風のように消えて行ってしまった。
――お兄さんは、教えてもいないのに、私が六年生だと知っていた。私は背が小さいので、初見では四年生くらいに間違えられる。それに、名前だって、私は「カンナ」だと伝えたのに、「カナちゃん」と言ってきた。「カナちゃん」というあだ名は、マユちゃんしか言わない。それを、お兄さんは知っている。
でも、マユちゃんのことは、何も知らない。
どうして?
家に帰り、夕飯の時、マユちゃんのことを、母に思い切って聞いても、新しい友達? と返しただけで、知らない。あんなに問題になっていたはずだから、忘れるはずがないのに……。
次の日、学校へ行っても、同じような展開を繰り返した。誰一人として、マユちゃんのことは知らず、先生も知らないという。名簿を見せて貰うと、マユちゃんの部分だけ消えていた。
「ねぇ、この前さ、私の家の近くにお化け屋敷があるって、話したじゃん」
「……あ、そういえば、そんな話したね」
あの時、一緒に話していた鈴山さんに聞いてみる。
「それでさ、私、確か別の人の席に座っていたよね」
「そうだっけ?」
「うん。で、休み時間が終わる時、その人が来たんだけど、誰だっけ?」
「さぁ? そんな一週間も前のこと、覚えていないよ」
「よーく、思い出してみて」
「……わかんない。なんでそんなことが気になるの?」
「え、えーっと、最近物忘れが激しいから、その、訓練」
適当に笑って言うと、鈴山さんは、難しい顔をする。
「それよりも、テストの勉強したほうが……あ」
鈴山さんは、小さく声を挙げた。「あ、そういえば、あの時、テストがあるって、教えてくれたよね」
「覚えてるの?」
「誰かはわからないけど、確かに、教えてくれた気がする。おかげで、テストを思い出して焦ったよ」
それ以外、鈴山さんは、覚えてはいない。だけど、……断片的には、マユちゃんのことを覚えている。
他にも、クラスの人に聞くと、マユちゃんのことは知らないけど、マユちゃんを匂わせる程度に、何かを記憶している人が、多々いた。
それを聞くたびに、私の妄想なんかじゃない。マユちゃんが、この世界に居た、記憶があると、安堵する。
でも、皆、無理やりマユちゃんの記憶を消してしまったかのように、マユちゃんという人物に対して記憶している人は、誰一人としていなかった。




