コピー
進むと、すぐに、三つに道が分かれていた。左は、階段のようで、暗いカーテンがかかっているようだ。前方と右は、同じような道だった。上階の窓から見える部屋が一瞬脳裏を駆けたけど、「真っ直ぐだ、この先から、音が聞こえてくる」
と、マユちゃんは勝手に進みだした。
焦っているようだった。
マユちゃんは、嘘をついて、私を無理やり引っ張っているように思ったけど、それは違うと思う。何故なら、マユちゃんは左手を口の前に持ってきているからだ。昔から、マユちゃんは緊張したり、集中したりすると、左手を口の前に持ってくる癖があった。無意識の行動のようで、私はそれをなんとなく覚えていたけど、久しぶりに見る。
そのまま進むと、道が少し広くなり、角を一度曲がると、その先に、光が満ちていた。出口だ、と私は思った。それと同時に、この屋敷の構造に、疑問を思う。まるで、迷路のようだと。全ての窓は閉じられ、リビングや部屋はほとんど無く、ただ、道が続いている。
そんな思いは、その大きな光の下へ辿り着くと、頭の中から吹っ飛んだ。
「どうして?」
目の前には、扉があり、その先から、風景が見えた。
それは、景色だった。
広場が、その先には見えた。黄金色の草が、無数に生えていて、風に揺れている。周りには、黒い大木が囲んでいて、中心に、小屋のような建物があった。
「マユちゃん……」私はほとんど泣きながら言った。あまりに不可思議な光景に、恐さが一蹴廻って感動へと変化して、涙が頬を伝う。
「行こう」
マユちゃんはごくっと唾を飲み込んで、扉を開ける。途端に、鋭い風が、隙間から流れ込んできた。生暖かい風で、一気に体が温まる。マユちゃんは力を込めて扉を開くと、その風の中を進む。私も手を繋ぎながら、後を追って、扉から出た。
扉が閉まった瞬間に、風は止まった。
住宅街の、一角にこの屋敷は建っている。私は、正確な敷地なんてわからないけど、この屋敷の建っている敷地くらいは、想像できる。確かに、周りの家と違い、お金持ちの人が住んでいたのか、広かったけど、……だけど、この広間の大きさは、ありえない。
私の小学校の校庭を二周りほど狭くしたほどの、草原が広がっている。周りをぐるっと巨木が覆い、外の風景は何も見えない。私達の足元付近から、黄金色の麦のような植物が生えていて、……風に揺れている。でも、何かがおかしい。
「風なんて、吹いていないのにね」
私の疑問に、マユちゃんは答えてくれた。そうだ、確かに、今は風なんてほんの少しも流れていないのに、この植物は、一定の間隔を持って、左右へ揺れていた。その揺れが、また規則正しい……正し過ぎるんだ。リズムに乗っているように、ループを繰り返している。全身の鳥肌が立つ。昔、友達に見せてもらった、『蓮コラ』という画像を思い出す。人の足に、蓮の種を埋め込んだかのような画像で、痛そうと思うよりも、その規則多々しく並んだ種の配置が、不気味さを心にずっと残す恐さを持った画像だ。それが、今、目の前で延々と繰り返されている。
よく見れば、周りの大木も、ほとんどが、同じ形をしている。配置は微妙にバラバラで、向きも違うのに、同じ形をしていた。揺れてはいない。
コピーが大量に置かれている。
「カナちゃん、今、何時かわかる?」
「わ、わかんない、なんで?」
「ほら、空見てよ」
空は、既に黄色い夕焼けを超えて、赤色へと染まっていた。真上に黄色があって、それを覆うように赤色が絵の具のように侵食していた。
「私の時計だと、まだ一時にもなっていない」
マユちゃんが差し出す腕時計には、確かにまだ十二時五十分くらいだ。
「おかしいね」
「う、うん」
口が、震えて、上手く喋れない。私は、コクコクと頷いているだけだ。空の色も、よく見てみると、違和感があった。綺麗に色分けされていて、人工的にうつしかえているみたいだった。私が空を見ている間にも、色は変わっていく。ビデオを早回しに流しているみたいだった。
「あの小屋」
マユちゃんが小さな声を出す。
「あそこから、音がする」
相変わらず私の耳には何も音が聞こえない。だけど、マユちゃんだけが聞くことが出来るその音は、あの小屋から聞こえるみたいだった。それ以外に建物は見えないからかもしれないけど、マユちゃんの声色には、自信の色が覗えた。
「入ろう」
と、私が言っていた。
「いいの?」
マユちゃんが驚く。
「どうせ、私が嫌がっても、入るんでしょ、もうここまで来たんだもん、一緒に行ってあげる」
「ありがとう」
マユちゃんはそういいながら、手をぎゅっと、強く、強く握り返してきた。私も、同じように強く握る。
そして、進みだした。小屋までは、ほんの十メートルほどで、足元の植物を避けながら、私達は進む。半分ほど進んだところで、私はふと、振り向いた。
さっきの屋敷が見えた。……でも、色が少し違う。入口と同じような緑色のはずなのに、こっちは輝いているようだった。それに、汚れなんか一つも無くて、綺麗というより、美しかった。
そして、入口と同じ形をしていた。
扉の場所、窓、形、それら全てが私の記憶と完全に一致している。違うのは、庭が無いくらいで、それ以外は、ほとんど一緒だった。でも違う場所もある。
それは窓だった。私の記憶だと、外から植物の鉢などが見えていたはずなのに、今は黒色に染まっている。真っ黒なペンキを塗りたくったようだった。出口の窓からも、同じように、黒色が覆っている。動いた。
「え?」
私は思わず声を上げてしまう。
「カナちゃん?」
マユちゃんが私の顔を見ながら、問う。「ううん、何でもない。多分、私の見間違えだから……」
「そう」
私は、もう一度だけ、窓を見る。一瞬その黒色が人影のように浮き出たように見えたけど、今は、もう動いていない。見間違え、そうだ、それに決まっていると、心の中で叫ぶ何かを無理やり押さえつけて、私は納得しようとしていた。この広間に出てから、急にファンタジーになったけど、もうこれだけで頭が一杯一杯なんだ。これ以上は、無理。
気がつけば、小屋の扉を、マユちゃんが手をかけていた。窓は一つも無く、これまた不自然な姿をしているけど、私には関係ない。関係ない。関係ない、から。「音が、凄い」
マユちゃんは扉を開く瞬間、そっと囁いた。




