第八話 嘘つき
いやー!大舞台を終えた後の飯はうまいのー!
にんじんピューレでさえうまく感じるわい。
おお、クララがブロッコリーの塩茹でを食べておる!さすが未来の大女優だな!
「あっ、おかえりー!どうだった?」
……む?
先生、どこかへ行っていたのか?
「……ヤバかった……!!」
何がだ。
「男前すぎて、失神するかと思った! ヤバい、ヤバいのよ、もう語彙力消失するくらいに美形なの! それにあの低くて甘い声! あんな声で囁かれたら、なんでも自白しそう!」
……ゾランだな。
ん?ゾランに呼び出されたのか?!
何を聞かれたのか詳しく申せ!
「ん? 話? 正直ゾラン様しか見てなかったからあんまり覚えてないんだけど、聖女の親戚の話と、子猫組のお遊戯のことと、あとは……あっ、数週間前の木曜日にどこで何してたか聞かれたかな?」
……それ、一歳半検診のことでは?!
くそ、しつこいやつらめ!
「あとね! 最後に祝福してもらったんだー!」
あやつ、聖紋かどうかの確認をしやがったな。
「いいなー! 私もゾラン様に聞きとりされたかったー! 私なんて園長だよ、園長! なぜかバルシュさんに祝福されたけど……いや、でもかっこよかったな。筋肉と眼鏡のアンバランスさが刺さる」
はぁぁぁぁぁぁぁあ?!
ゾランはともかく、メガネがモテるのは許せん!
ひょろひょろのモヤシ小僧が私の遺言でムキムキになったのだ。だから私の手柄だ!褒めるなら私を褒めよ!
「あー、そんなこと言うから、ジェレンちゃんがやきもち焼いてるじゃない。見てよ、あの顔」
「えっ?! ごめんね、ジェレンちゃん」
違うわーーー!!
「おやおや、賑やかだねぇ」
この声は。
「ゾラン様!」
白いローブを翻し、悠然と子猫組に降り立つ法皇代理。園児さえ、食べることを忘れて目を見開き、クララの手からはブロッコリーが転がり落ちた。
「食事中にすまないね。あの素晴らしい演技を見せてくれた子猫たちに祝福をしたくてね。構わないだろうか?」
「それはもう! ぜひ!」
「お願いいたします!」
……嘘だろ。
ゾランはまずクララを抱っこした。
やつを見上げるクララの目が、潤んだように輝いている。
お前、赤ん坊にまで色香を振り撒くでないわ!
しかし、これは大ピンチではないか。
どうする。
クララの額がぴかりと光る。
あれは……聖紋だ。
力の流れからすると、中級クラスか。
だが、この場合魔力と組み合わせた方がよい結果をうみそうだな。聖女になるより、医療系か研究職……いや、クララは可愛いし、女優になるとよいな、うん。
「クララちゃん、うちで聖女になる?」
お前!見境ないな!
そりゃ人材不足だけれどもな?!
ほら、クララの目がとろんとしておるわ。
ああ、次の子猫が抱っこされてしまった。
ヤバい。どうしよう。
……仕方ない。かくなる上は尊厳をかなぐり捨てるしかあるまい。
遠からん者は音に聞け。
「せんせぇぇぇぇぇえ!! トーイーレーーー!!!」
「ええっ?!ジェレンちゃん、そんなおっきな声で言えてえらいねー!」
いつもは気恥ずかしくて勝手にトイレに行っていたからな。
ふ。このジェレン、もうおむつは卒業したのだ。ハードなトイトレをクリアし、子犬組さんと同じトイレを使用できるのだからな。
………………。
……しかし、どうしたものか。
このままトイレにこもっていても埒があかん。
いっそのこと園を抜け出してしまうか?
……いかん。それでは大騒ぎになってしまう。
ならば……倒れるか。
我が迫真の演技でゾランを騙し……いや、ダメだ。その場で気付かれた挙句、紋まで読まれるわ。
ってかメガネはどこに行った?
そなた、私の願いをまだ何も叶えておらんのだぞ?
丘を駆け下りる私を抱きとめてくれると言うたではないか!
このアホ!
「ジェレン?」
メガネーーーーー!!
バタンと扉を開けると同時に、足にしがみつく。
「ぞらんが、もんをみる!」
「そのようですね。猊下をお迎えにあがったのですが……全員を聖女に勧誘しておられました」
あいつめ。
「わたしにさくせんがある」
「また碌でもないことでしょう」
「しっけいな。……このゆびすべてから、まりょくをとりこむのだ」
そう。全ての指から魔力をとりこめば、魔力酔いを起こす。魔力焼けとの境がよくわからぬが、やるしかあるまい。
しかし、メガネは難しい顔をして、首を振った。
「……それには賛同いたしかねます」
「でも!」
「魔力酔いですら、小さな体には深刻なダメージを残しかねません。ましてや魔力操作に関して、あなたは素人も同然です。魔力焼けにまで進めばどうなるか」
「でも……」
「ジェレン、そこまで聖女となられるのがお嫌なのですか?咄嗟に零式を使うような方が、聖女の役目を放棄したまま生きていけるとは思いません」
それは……でも……。
「大聖女の負担を軽くできるような案を、皆と一緒に考えませんか?その方が現実的です」
そんなこと、もう何度も試みたのだ。
皆は別に、意地悪で仕事を押しつけてくるわけじゃない。結局、私がやるしかないからしてただけ。そして、私がやってしまうから、何も解決されないのだ。
「ジェレン、もうやめませんか?」
やめる?運命に抗うのをやめろと?
私はまだ一歳半で、恋もしとらんし、母上に恩返しもしていないんだぞ?
「……うしょつき」
全力で対応してくれると言うたではないか。
丘ハグ以外の要望、まだ伝えてもおらんぞ?
……まあ、そんなもんだよな。
別にこいつは私の何でもないし、遺言を聞いただけの元部下だ。
はなから期待などしておらぬわ。
「泣かないでください、ジェレン」
泣いてなどおらぬわ!
これは、あれだ。鼻水だ。
「……ジェレン」
メガネが、指先で私の涙をそっと拭った。
どうしてだろう。
その優しい感触に、胸の奥で何かが爆ぜた。
怒りとも、悲しみともつかない。
生まれてから一度も名前をつけたことのない痛みが、喉を締め上げる。
そんな薄っぺらい同情など、いらぬ。
私が欲しいのは──。
気づけば、その手を払いのけていた。
「……うしゅつき! うしょつき! うしょつき!」
目が熱い。鼻が止まらぬ。
八つ当たりにもほどがあるな。
こどもか、私は。
でも──。
しばらくして、メガネが深く息を吐いた。
そして私の手をとり、真剣な目をしてこう言った。
「分かりました。ならば……私が調整をしながら、あなたの中へ魔力を注ぎます。少し苦しいかもしれませんが、我慢してください」
私は、その目にのまれたように頷いた。
指だけを合わせ、私の様子を注意深く観察しながら、一滴、また一滴と落としていく。
ぽたん、ぽたん、ぽとん。
……っ!
痛みが走り、頭がぐらりとして、体が傾いた。
体が熱い。
メガネは私を抱き上げ、子猫組へ向かったようだった。私の意識はそこで途切れた。




